その278 薄口? 濃口?

 俺が木の枝から降りると同時に、イヅナが攻撃を仕掛ける。


「神剣、飛焔ひえん!」


 イヅナが次に飛ばしてきたのは熱を帯びた斬撃だった。

 だが、【灼熱耐性】を手に入れた俺からしたら、それはただの飛ぶ斬撃。

 とは言え、相手は剣神イヅナ。その実力は冒険者随一と名高い相手だ。

 そのイヅナが本気を出すと言ったのだ、ここは用心して手甲で受ける。

 俺が受けに回った途端、その斬撃が無数に飛んで来た。

 矢玉の如く迫る連撃に、俺は顔に焦りを浮かべた。


「ちょ、ちょちょちょ! 多い! 多いですって!」

「問題ない、もう終わる」


 そう聞こえたのはイヅナからではなかった。

 正確に言うと、イヅナがいる場所から聞こえなかったのだ。

 何故、イヅナの声が俺の真上から聞こえたのだろう。

 それは幻聴だと思いたかった。だが、現実は違う。


「神剣、雷槌らいつい!」


 これは……ジェイルとの戦闘時に使った剣技か!


「ぬっくっ!」


 身体をよじり、上段からの直撃を防ぐ。

 だが、直撃を避けたが故に、多くの飛焔ひえんを受けてしまう事になった。


「あいちちちちちっ!?」

「本当ならそれで即死なんだがの」


 手甲と剣のせり合いの中、イヅナが呆れながら言う。


「丈夫に生まれたもので!」

「本当にそれで説明がつくと思っているのか?」

「イヅナさんの事信じてますから、私!」

「そりゃ過信だのう!」


 おっもっ!?

 あの細腕にどんな力が!? いやいや、ここは異世界。特殊能力がふんだんにある世界だ。ならば、イヅナも強化系の能力を持っているのだろう。

 というかイヅナに【鑑定】使うの忘れてた。



 イヅナ:人間

 ◆魔法◆

 火魔法:フレイム

 水魔法:ウォーター

 土魔法:ストーンバレット

 雷魔法:サンダー

 風魔法:エアスライス

 ◆技◆

 神剣・壁走り・暗殺術・硬気功・集気・化勁・軽身功

 ◆特殊能力◆

 身体能力強化・身体能力超強化・硬化・隠形・超感覚・剛体・身体能力極強化

 ◆固有能力◆

 闘志・剣神化



 …………見なきゃよかった。

 THE達人って感じの能力で、おっさんが羨む能力ばかりである。

 何だ、【身体能力極強化】って? 超強化の上があったとは驚きだ。というか、この人は、自力でそこまでたどり着いたのか。

 ……いやいや、相手は超が付く大天才であり、達人である。

 それに引き換えこっちは元コンビニ店員の三歳児。

 張り合おうというのがそもそもの間違いである。

 ならば、だ。こちらの手札は手数が多い事なのだから、受けに回ってちゃ意味がないって事だよな!


「おらぁ!」

「ぬっ! ボンも本気か!」

「よく言いますよ! そっちは本気って言いながらまだ全力ではないじゃないですか!」

「ほっほ! ボンは【鑑定】持ちだったか! ならば、遠慮はいらぬのっ! カァアアアアッ!!」


 気合いと共に剣神イヅナからあふれ出す白い蒸気のようなオーラ。

 あれが正に剣神化というやつだろう。

 さっきまでとは雰囲気が全く違う。おそらく手甲で受けなければ、即ダメージだ。


「頬、よいのか?」

「…………おかしいですね。攻撃を受けた記憶はないんですけど?」


 いつの間にか垂れていたのは俺の血。

 イヅナは微笑と共に、歩を進める。


「剣気をな、飛ばしただけの事よ」

「鋭利化する剣気は聞いた事がありませんねぇ……」

「ほっほっほ……徐々にわかってきた」

「何がです?」

「ボンの正体が……そう、少しだけ見えた気がするのう」

「おかしいですねぇ、ここまで包み隠さない人間も珍しいと思うのですが、私が何か隠していると?」

「皆が知らぬのは聞かれぬから、そうだろう?」

「うわぁ、痛いところを突きますね……」

「聞かれれば……おそらくボンは答えるだろう。無論、はぐらかしもするだろう、拒否もするだろう。それは皆が気付いている事」

「皆って……?」

「剣聖然り、勇者然り」

「…………はて? 勇者?」


 やべぇ、イヅナ爺ちゃんもエメリーの事気付いてるのか。


「剣聖が騙せぬのに私が騙されるとでも思ったかの?」

「レミリアさんには女の勘というのも付いているのかと」

杜撰ずさんだのう」

「ははは、あ、今度よかったらエメリーに手解きをお願いしたいんですけど」

「既にしておる」

「あ、はい…………ん? 然り、、って事は?」

「言葉通りだ。皆お主の正体に薄々感付いている。ただ口に出さぬだけよ」


 キョトンと首を傾げる俺に、イヅナが言う。


「今の関係が崩れるのを恐れている。私にはそう見えるがのう」

「それ、薄くないやつですね、多分」

「ほっほっほ! 正に女の勘と言ったところかの。さてボン?」

「何でしょう?」

「私の過去に遠慮はいらぬ。ボンの本気を見せてみなさい」


 なるほど、イヅナも気付いているのか。俺が魔族だという事に。

 そしてイヅナであれば魔族の切り札の事も重々承知なのだろう。

 戦友が魔族に殺されたのだ。調べぬ訳がない。

 イヅナは、「そんな過去に気を遣うな」と言った。

 ならば発動すべきだろう。イヅナの剣神化に対抗出来るのは、魔族の【覚醒】を置いて他にない。

 だが、ガンドフのダンジョンで底上げされた俺の【覚醒】は、俺自身まだ体感していないものだ。正直、自分で発動するのが怖いくらいだ。

 がしかし、相手は本気の剣神。

 雷龍シュガリオンの先を目指す、俺の最初の壁。


「じゃあ、一度は言ってみたかったセリフ言いますね」

「ほぅ?」


 俺はニヤリと笑ってからイヅナに言う。


「お願いだから、死なないでくださいね」

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