その275 オベイルの質問
「ウチの硬貨ですね。ガンドフにも出回り始めてるとは驚きです」
ミナジリ銀硬貨をテーブルに置き、オベイルの言葉を待つ。
すると、オベイルはそのテーブルに肘を突いて声を落として言ったのだ。
「こいつは突拍子もない話だが……」
そんな前置きを述べ、オベイルは一度天井を見てから続ける。
「ミナジリ共和国、もしかしてミケラルドの
おっと、当たらずとも遠からず。
俺は硬貨に彫られた水龍リバイアタンにトンと指を置き答える。
「その理由がこれだと?」
「伝説とまで言われる水龍リバイアタン、ミナジリ共和国の紋章にそれが描かれる理由、そして何よりお前の護衛の一人」
まぁ、ジェイルではないよな。
「あのリィたんって女、その名前。流石に安直過ぎて疑いたくもなくなるが、あの戦闘力を間近で見りゃ誰もが信じるだろうよ。ヤツが
安直とは心外だな、ストレートと言って欲しい。
何故ならあのニックネームはナタリーが一瞬で決めたものなのだから。
「……そう、とは?」
「全部を語らせる気か?」
「そういう場だと思っているので」
「……ミケラルド、俺様はな、正直お前の事が気に入っている」
「それは嬉しい事ですね」
直後、オベイルの視線がほんの少し鋭くなる。
「だがな、お前のそういうところは嫌いだ」
そう、ほんの少しだけ。
「私は一国の元首、それに元々商人です。他を守るために嫌われるのも仕事の内ですよ」
「そういう風に、もっともらしい理屈をこねるところも嫌いだ」
「貴重なお言葉という事で、今後の参考にさせて頂きます」
「あー言えばこう言うところもな」
「オウム返しよりはマシかと」
「チッ」
やたらどでかい舌打ちだった。
まぁ、ここまで煽れば少しは怒るか。
「……リィたんは水龍リバイアタン……違うか?」
なるほど、やはり踏み込んで来るか。
俺がそれを答えようか迷っていた時、個室にノック音が響く。
入って来たのは、当然注文をしたウェイター。
俺とオベイルの飲み物を配膳し、静かに頭を下げて去って行く。
というより逃げて行った。配膳したところまでは流石プロだったな。
殺気こそないものの、オベイルの迫力は来店時とは完全に別物だったからだ。
彼は、そんな嫌な空気を感じとったのだろう。
まったく、料理を注文するのはいつになる事やら……。
「……答えが返ってくると思ったんですか?」
「答えないつもりかよ?」
「別に、そんなつもりはありませんよ。ただ一つ、先に答えて頂きたい事があるだけです」
「……何だよ?」
不機嫌そうな顔をしてオベイルは、腕を組んでからすんと鼻息を吐いた。
「この答えを知った後、オベイルさんはどうするつもりですか?」
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味ですよ。当然、ミナジリ共和国は誰がいらしても原則拒否する事はありません。ただ、その相手が
「入国拒否ってやつか」
「いえ、存在そのものをね……」
「…………澄ました顔でとんでもねぇ事言うな、お前」
「当然の警戒ですよ。こちらは立国したばかりの身、
「どうやらその部分は、ミケラルドとしての言葉じゃねぇみたいだな」
「当然、国のトップとしての答えです」
「なるほどな。だったら俺様も答えは慎重にならなくちゃいけない。そういう事だな」
「そういう事です」
すると、オベイルはエールが入ったジョッキを持ち、そのジョッキと俺を交互に見た。
「乾杯……は、出来ないよな」
「今のところは」
そしてオベイルはエールで数回喉を鳴らした後、静かにジョッキを置いた。
「こちらの答えもお前と同じだ」
「というと?」
「どんな答えを聞いたとしても、現状敵対する事はないだろう」
「現状、ですか?」
「おう、現状は、だ」
「ではその理由を聞きたいところです」
「あぁ? さっき言っただろう」
「……聞き逃したつもりはなかったんですけどねぇ?」
首を
そして再度言った。
「お前のそういうところは嫌いだ」
「……嫌いなのが理由だと?」
「その前の話だっ」
ちょっとムキになったオベイル。
はて? その前の話? 一体何の事を言ってるんだ、この人は?
「嫌い以外の回答があっただろうが! 全部言わせんな!」
声を荒げ、しかし少し恥ずかしそうに言うオベイルの顔を見て、俺はようやく思い出した。ほんの数分前の話を。
――――俺様はな、正直お前の事が気に入っている。
「……あ」
その言葉を思い出した時、俺はきっと何とも言いようのない表情をしていただろう。
そして、何とも言いようのない溜め息を吐いたのだ。
「何の溜め息だそれ」
「最近、男性にばかりモテるんですよ、私」
直後、オベイルが立ち上がり俺を
「俺様の『気に入ってる』はそういう意味じゃねぇからなっ!」
「わかってますよ。多分」
「っ! また嫌いなところが増えたぜ……!」
「おや、オベイルさんの存在拒否までまた近付きましたね」
「また一つ……」
「あー言えばこう言う部分は既にカウントされていたはずでは?」
「揚げ足をとる部分だ!」
「それじゃまず、乾杯からいかがでしょう? あ、これ美味しいですね」
「とか言いつつ飲んでんじゃねぇ!」
「オベイルさんだって先に飲んだでしょう? あ、さっきの答えですけどね、そうですよ」
「重々しく答えろや!」
俺がくすりと笑い、オベイルが半笑いでテーブルを持ち上げた後、溜め息を吐いたウェイターが注文を取りに来た。流石プロである。
何故ならあの張り詰めた空気は、いつの間にか消えていたのだから。
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