その261 緊急事態

 じっくり仕込んできただけあってサッチの教官ぶりには満足だ。

 あれ以降、カインも大人しくなり、新入生たちは真面目に講義を受け始めたのだ。人数も百人近くいたし。このぜろ期生が上手く成長すれば、定期的に新人冒険者は集い、そして増え続ける事だろう。

 講義の過程の中で生まれた新たな課題は調整次第で何とでもなる。

 そう思いながら屋敷までの道を歩いていると、目の前にリィたんが現れたのだ。


「リィたん、どうしたの? 訓練は夕方からじゃなかったっけ?」

「ミック、時間が惜しい。すぐに来てくれ」


 そんなリィたんはいつもと様子が違い、まるで事を急いているように感じた。

 俺はこくりと頷き、リィたんの言われるがままその後に付いて行った。

 屋敷のリィたんの部屋に入った俺は、彼女の部屋にあるテレポートポイントからいつもの訓練場へと飛んだ。


「急ぎ……の割にはいつもの訓練場だよね?」

「ミック、この場で訓練を始めてからどれくらいになる?」

「え、ちょうどサッチが来た頃から始めたから……そろそろ一ヶ月?」

「その間、モンスターがここへ寄り付いた事は?」

「初めの頃は迷い込んで来たよね。それでも最初の数日間だけで、それ以降は俺とリィたんの魔力を避けるように無人になった……はず」

「そう。だが今、ここへ向かっている反応がある」


 なるほど、確かにリィたんが急いでいた理由もわかる。

 俺とリィたんが付けたマーキングを気にせずこの何もない荒野に近づいている存在。それは一体誰なのか。気になるところでもあるが……逃げたいところでもある。


「ミナジリ共和国で、そいつがここを通り過ぎるのを待つって手は?」

「これだけの相手だ、魔力の残り香を追ってミナジリ共和国に来る恐れがある」

「となるとここで迎え撃つしかないって事か」

「出来れば戦わずに済ませたいところだが……そうも言ってられないようだ」


 徐々に迫る重圧。

 リィたんの顔が険しくなる。

 やがて響く足音。俺の心臓の音は、その音が大きくなるに比例して大きくなっていった。


「なるほど、私がここにいるからこその相手という事か……!」

「どういう事っ?」


 俺がそう聞くも、リィたんは答えてくれなかった。

 いや、答えられなかったのだ。


「すまない、待たせたか」


 着地したのは我がミナジリ共和国の剣のいただき――ジェイル師匠。


「ジェイルを呼んだか」


 リィたんが言う。


「えぇ、戦力は多ければ多い程ってね」

「状況は?」

「俺とリィたんの魔力を感知した存在がここに向かってます。ミナジリ共和国にまで追いかけて来そうって事で、ここでやるしかなさそうです」

「二人の魔力に物怖じしない存在が相手という事だな」

「来る……!」


 リィたんの言葉の後、俺の探知も反応を見せる。

 大地を駆けるこの異常な速度。これは俺の全速以上?

 あっという間に俺たちとの距離を縮めた存在が、岩肌の上に降り立つ。


「人間? いや、魔族か。龍族の匂いを感じたと思ったのだがな」


 巨大な獅子のようなフォルムと、体を取り巻く紫電。

 だが、獅子ではない。あれは正しく龍。

 まるで神の如き高みから俺たちを見下ろす姿は、決して油断からではない。

 奴は知っているだけだ。この世に奴の敵となるべく存在が皆無に等しい事を。


「雷龍シュガリオン……!」


 剣を抜いて構えるジェイルから出てきた言葉は、驚きと共に恐怖を孕んでいた。なるほど、まさか五色の龍の一角が現れるとは思っていなかった。

 しかし、何故こんなに急に?

 シュガリオンは目を細めて俺たちをじっと見る。

 そして視線が止まるのだ。彼が追っていた同族であるリィたんを見て。


「…………なるほど、お前が水龍リバイアタンか」

「自己紹介をした覚えはないが?」

「この狭き世界でこれまで会わなかったのは果たして偶然か? それとも奇跡か? そこの二人を見て納得した。お前は私から逃げていたのだ」


 それは初耳だな。


「なるほど、魔界に好き好んで行く龍族などいやしまいと思っていたが、まさか水龍とはな。地龍の奴が口を割るかと思っていたが、奴もまた姿を消してしまったからな」

「地龍が消えたのはお前がちょっかいを出していたからか」

「ちょっかいとは心外だな、我は地龍に勝負を挑みに行ったに過ぎない。そう、龍族らしく正々堂々とな」

「わかっていないな、それがちょっかいというんだ」

「ふん、龍族のなり損ないが。何だその姿は? 人間なんぞに擬態し、溶け込んで生きていくというつもりか? はっ! 虫唾が走るな」

「ではそのまま走ってどこかへ消えろ。私は今忙しい」

「そうはいかぬ。これ程の強者に会えたのだ。勝負せずして引く事など出来ぬ」

「こちらは不戦敗で構わないと言っている」

「何故そこまで戦いを拒む? そこの二人が原因か?」

「お前には関係のない事だ。去れ」

「では、その二人からお前への挑戦権を得ればよいのかな?」


 直後、リィたんの魔力が辺りにあふれ出た。

 怒気以上の殺気が充満し雷龍シュガリオンを睨む。


「我が友に手を触れれば、その四肢を噛み千切ってやるぞ」


 文字通り水龍の逆鱗に触れたのは雷龍シュガリオン。

 だが、当のシュガリオンは嬉しそうにニタリと笑うばかりだった。


「ミック!」

「えぇ、ジェイルさん!」


 最初から全力でやるしかない。

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