その260 新人教育

「このように、総合的に見れば被害者の数が一番多いのはゴブリンの仕業によるものだという事です。したがって冒険者ギルドでは、定期的にゴブリン討伐の依頼があるのです」


 うんうん。サッチのヤツ、教官姿が中々サマになってるじゃないか。

 新入生も百人近くいるし、ナタリーのハーフエルフ公開ショーも穏便に済んだし、言う事ないのではないだろうか?

 そう思っていた矢先、一人の冒険者が立ち上がった。


「そういうのいいからさ、出来れば手っ取り早く強くなれる方法を教えてくんないかな?」


 ……まぁ、いるよな。こういうやつ。

 希少種ではあるが、ランクS程珍しくもない。

 英雄志望の若い芽。サッチはどのようにして対処するのか。


「ふむ、では丁度いい被検体がいるので、手伝ってもらいましょう」


 今、被検体って言わなかったか? 俺の方を見て。


「まだ知らない人もいるかもしれませんが、彼はミケラルド様。この国の元首にして冒険者ランクSの傑人と言えるでしょう」

「「おぉ~~」」


 ナタリーとマックスのニタニタとした視線が何かムカツクのだが、それは置いとこう。


「ではあなた、名前は?」

「カインだ!」


 ニカリと笑ったカイン。

 ナタリーとそう変わらない年頃の血気盛んな男子……といったところか。

 するとサッチは、懐から一本のナイフを取り出し、刃先を持ってカインに渡した。

 きょとんとした様子のカインに対し、サッチが言う。


「それで思い切りミケラルド様を刺してください」


 一瞬ざわつく教室内。そして一瞬ざわつく俺の心室内。


「大丈夫、彼はよけませんから」


 何が大丈夫なのか全くわかりませんけども?

 ほほ笑みと共に爆弾を投げて来たサッチだったが、彼の笑みの裏に色々な意図が読み取れたので、俺はそれに付き合う事にした。


「はぁ……仕方ないな。カインだったね、真っ直ぐ狙って来い」

「え、ちょ……マジで? でも元首なんだろ? やって捕まったりしないのかよ?」

「いいからいいから。これも授業だよ。手っ取り早く強くなりたいんだろ? サッチ教官はこれが一番の近道だって言ってるんだよ」

「ふ~ん、ま、俺っちは別にそんな事で物怖じしねぇけど……なっ!」


 直後、カインが真っ直ぐ俺に向かう。

 懐に抱えたナイフが俺の腹部へ。直後響く悲鳴。

 それは、まだ戦闘で怪我すらした事がないであろう新人たちの悲鳴。


「へ、へへへへ……へ?」


 カインから漏れた声は当然素っ頓狂なものだった。

 何故ならナイフは、俺の腹部に一ミリメートルすら刺さらなかったのだから。


「はい、刺さりませんでしたねっ!」


 パチンと両手を合わせ嬉しそうに言うサッチ。


「カイン君の速度、力を考えるとそれなりに鍛えているようですね。年齢の割に成人男性以上の力と瞬発力と言えるでしょう。そんな彼が全力で攻撃し、ミケラルド様には傷一つ付けられなかった。ここまではよろしいですか?」


 頷くのはクレアとかナタリーとかマックスくらいだぞ、これ。

 メアリィなんて半周しそうなくらい首を傾げていらっしゃる。


「では次はナタリーさん」

「え、え? 私っ? 何でっ?」

「カイン君、ナタリーさんにナイフを」

「え……? あ、あぁ……」


 何が何だかわからない様子のカインだが……何となく読めてきたな。

 サッチのヤツ……中々性格が悪い。

 がしかし、まぁ、いいか。必要な事だろうし。


「ナタリーさんは魔法使いタイプの戦闘職を目指しているとの事で、そこまで力は強くありません。とは言ってもゴブリン位にはあるでしょう」


 はい、出てきましたゴブリン。


「ではナタリーさん、先程カイン君がミケラルド様にしたのと同じ事をカイン君に」

「「へっ!?」」


 揃ってしまうのはナタリーの驚いた声と……そしてカインの間の抜けた声。

 次の瞬間届くのは、サッチの声。


「大丈夫、彼はよけませんから」


 それは当然、俺の時と同じ声色だった。

 だが、彼には、彼だけには違って聞こえただろう。

 カインは凍ったように固まり、震える瞳でナタリーが持つナイフを見つめる。


「え?」

「えっと……じゃあ……いくよ?」


 そう、ナタリーとて多くの修羅場を潜っている。

 こんな事で物怖じする事はないのだ。

 何たって魔界で腕を失くし、回復し、ワイバーンの巣を潜り抜け、ミナジリ加入前のリィたんと対峙した事すらあるのだから。


「っ! えぇ~~いっ!」


 それは、どこか演技がかったような掛け声だった。


「ちょ、待っ! 待ってっ!」


 鋭い切っ先を前に慌てるカイン。

 その切っ先がカインの腹部に届く一瞬。

 当然、止めるのはサッチ教官。

 瞬時にナタリーの身体を止め、腰を抜かすカインを見下ろす。

 そして言うのだ、淡々と。


「どうやらアナタにはゴブリン程度の腕力でも刺さりそうですね」


 そして腰を落とし、声を落とし、最前線に立つ冒険者の顔をしたサッチが告げる。


「いいか坊主? 手っ取り早く強くなる方法なんてねぇんだよ。てめぇが持った手札の中でりすんのが人生であり冒険者だ。ゴブリンの腕力如きで死ぬ確率があるなら、それを減らす努力をしろ。ランクS以上ってのはな、化け物しかいねぇんだよ。いいか? まずは自分が化け物じゃねぇって自覚から始めるこった。わかったか?」


 つまり、今俺は化け物呼ばわりされた訳だ。

 まぁ、少なからず自覚はあるよ。うん。

 サッチの威嚇染みた説教に対し、小刻みに震えるように頷くカイン。

 腰を上げるサッチはいつの間にか教官の顔に戻っていた。


「はい、それでは十分の小休憩の後、ゴブリンの生態について学んでいきたいと思います」


 サッチの給料少し上げてやるか。

 そう思ったミケラルド君だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る