その220 荷馬車の中身

 一日目の夜。

 荷馬車を中心に野営が始まる。

 剣鬼けんきオベイルはトイレに行く以外ずっと荷馬車にいる。

 あれが彼なりの護衛と気付くのに時間を要してしまったが、いかんせん働いているのは俺だけなのだ。

 グリーンワーム亜種を四匹倒した後、襲ってくるモンスターは全て俺が対処した。


「ミケラルド殿、食事だ。オベイル殿と交代でるといい」

「ありがとうございます」


 カッサカサのパンと、薄味の野菜スープ。

 金はあるのに不幸せとはこの事だろう。


「オベイルさん、先に召し上がります?」

「任せる」


 この全自動任せるおじさんの電源ボタンはどこにあるのだろうか。

 そう思うも、俺が出来る事は少ない。


「先にいただきます」


 野菜スープで不味いパンを流し込み、腹だけ満たした俺はオベイルと交代し、周囲を警戒していた。その際、気になるのはやはり馬車。

 ストラッグが食事を届けているようだが、馬車の中から見えるのは光だけ。

 という事は……光魔法? 中の人……トイレはどうしているのだろうか。

 そう思っていると、馬車の中から一人の女が現れた。

 ひざまずくストラッグを横切り、まずは背の高い老齢の女が出てきた。

 あれは……神官服? 大層なローブを羽織ったその女は、只者ではない様相、雰囲気を漂わせていた。

 中からはもう一人の女……慎ましい衣服を着た侍女風の女だった。

 彼女ら二人はストラッグを引き連れ、誰もいない森の木陰へと向かったのだ。


「多分、アレだよな?」


 高貴な身分故なのだろう。トイレにも気を遣ってるんだなと思い、俺は月夜を見上げる。

 しかし、解せない。あの先頭の女、かなりの魔力保有者だ。

 あれだけの存在が何故この輸送隊にいるんだ? ガンドフに向かう理由は?


「もしかして……?」


 荷馬車の積み入れ口は、二人の騎士が守っている。

 そして天幕の上にはオベイル。なら、攻略すべきはオベイルだろうな。物凄く面倒だけど。


「オベイルさん」

「何だ?」

「内緒話がしたいのでそこから下りてきてくれません?」


 俺はそれをわざと騎士たちに聞こえるように言った。


「内緒話だぁ?」

「剣についてなんですけど」

「何だ?」


 一瞬で下りて来たな。

 なるほど、根本はレミリアと同じで剣への執着が強いタイプか。


「この剣の情報を教えたら、別の話付き合ってもらってもいいですかね?」

「話によるな」

「オリハルコンの話ですね」

「ふん…………いいだろう」

「この剣は打刀うちがたなっていってですね、私が打ちました」


 小声でそう伝え、ミックなスマイルを振りまく俺。

 固まるオベイルだったが、思いの外すぐに口を開いた。


「…………そうか」


 驚きこそすれ、態度には表さないか。それとも、始めから気付いていたか。


「それで、別の話ってのは何だ?」


 俺は更に声を落とし、オベイルに言う。


「輸送されているオリハルコン、確認しました?」

「いや? あそこに入ってるんだろ?」

「見せてくれますかね?」

「何が言いたい?」

「別に、護衛対象が本当にあるのか確認したいだけですよ」

「…………そうか」


 そう言うと、オベイルは俺の肩をとんと押し、騎士たちに向かって歩き始めた。


「どけ」

「っ! いえ、そういう訳にはいきません。我々はオリハルコンを――」

「どけと言っている」


 瞬間的に放出する圧倒的な殺意と魔力。これを前にビビるなというのは無理な話だ。

 しかしオベイルのヤツ、俺の意図がわかるや否や協力してくれたな。

 倒れる騎士二人の足の間を歩き、オベイルは荷馬車を覗く。


「……なるほどな」

「オリハルコン、ありました?」


 その背中に向かって俺が声を掛けるも、オベイルは身体をよける事で荷馬車の中を俺に見せた。

 荷馬車の中はやはり……空っぽだったのだ。


「なるほどね」


 騎士たちを見るも、顔を逸らすばかりで答えを得られそうにない。


「どうします?」

「決まっている。契約違反で冒険者ギルドへの報告だ。俺が戻り、お前はここに残れ。場合によっては全員ふん縛っても構わん」


 何それ、山賊か何か?

 しかし、SSダブルは伊達じゃないな。予想外の事が起きても動じずに対応している。


「待たれよ」


 そんな剣鬼けんきオベイルの行動を止めた声。

 張りのある強く芯のある女の声だった。

 振り向くとそこには先程ストラッグと消えて行った女がいたのだ。

 女の登場と共に騎士たちが跪く。

 オベイルはその女を見るなり瞳に驚きを宿した。


「なるほどな、アンタが絡んでたか」

「彼女は?」


 俺が聞くと、オベイルが静かに語る。


「法王国の皇后様だよ」

「へぇ、皇后……様? はぁっ?」


 女を二度見した俺にオベイルが更に続けた。


「旧勇者レックスと共に魔族と戦った英傑の一人、【聖女アイビス】だよ。ま、【元】だがな」


 法王国の皇后で元聖女のアイビスが、一体何故ここに?

 そして何故、契約違反をしてまで俺たちをここへ呼んだのか。

 どこいった、退屈な護衛任務……!

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