その219 過酷なる輸送護衛任務

 輸送部隊はとてつもなく巨大な組織が率いていた。

 磨きあげられた鎧に身をまとった、仰々ぎょうぎょうしい兵たち。

 杖に羽が生えたようなエンブレムが剣に付いている。それが法王国の紋章なのだろう。


「全たぁああああい! 止まれ!」


 気合いの入った指示で、二十近くの兵たちはピタリと止まる。

 荷馬車から更に幾人か下り、列を作る。その間から下りて来たのは剣鬼けんきオベイルにも負けない大男だった。満面の笑みを浮かべた角刈りの男は、大手を振って俺たちの前へ歩いて来た。


「オベイル殿とミケラルド殿であるな? 私はストラッグ! 法王国騎士団、アルゴス団長直轄、第二部隊隊長である」


 名乗るだけで百回くらい息継ぎしたい気分だな。

 今回は冒険者として呼ばれているので、貴族として名乗らない方がいいだろう。


「ストラッグ殿、私がミケラルドです。どうぞよろしくお願いします」

「うむ、時間の猶予が余りない故、詳しい話は道々みちみち話すとしよう。では出発!」


 オベイルは一言も発さなかったな。

 整列しながら馬を歩かせる様、その錬度は見事と言えるが、ストラッグは荷馬車に入ったまま出て来ない。

 オベイルは荷馬車の天幕の上で胡座をかき、全く動く気配はない。

 俺は、御者の隣に乗せてもらい、正面の馬のケツをずっと眺めている。

 何の説明もないまま、移動が始まり、放ったらかし状態ではあるが、これも仕事と割り切り【探知】の魔法を発動させている。

 気になるのが、荷馬車の後ろを走る馬車である。

 荷馬車には当然オリハルコンが載っているのだろう。【探知】で反応を見る限り、そこにはストラッグ含む四人が乗っている。だが、馬車の中の二人は誰だ?

 馬車の造りこそ簡素であるが、彫り細工や装飾は一級品である。高貴な身分の者が乗っているのだろうか。

 出発して三時間程経っただろうか、木々の木陰を背にストラッグが皆に休憩を指示した。

 オベイルは相変わらず天幕の上である。

 俺は自分の尻をトントンと叩き、硬い御者席に座ってた疲れを癒す。

 すると、ストラッグが首をくいと動かし、遠目に俺を荷馬車の方へ誘導する姿が見えた。

 これはオベイルが天幕の上から動かないからだろう。

 まぁ、あの場所が一番護衛には適しているからな。


「ガンドフまでは三日の道程である。この休憩の後、四時間程馬を歩かせると森が見える。その森の手前で野営。翌早朝に出発。二日目は三回の休憩を挟みロッソの町へ。三日目の昼には首都ガンドフが見えるだろう。何か質問は?」


 情報が少なすぎて聞くに聞けない状況である。

 ランクSの仕事ってこんなのばっかりなのだろうか。

 正直、闇空間に全員ぶっ込んでガンドフまで走りたい気分だが、それを提案する訳にもいかないのが辛いところだ。

 ……法王国騎士団、か。武力的には全員がランクC程度。ストラッグもBといったところか。集団行動という点での錬度は高いが、確かにこの面子ではオリハルコンの輸送は心許こころもとない。

 御者の爺ちゃんからカップをもらい、ウォーターで水を一杯にして返すとニコニコと喜んでくれた。今回の旅の癒しはこの爺ちゃんかもしれない。

 休憩中に一度、俺たちの陣営にモンスターが現れた。

 と言っても襲って来たというより、紛れ込んでしまったという印象が強い。

 数匹のホブゴブリンは、騎士たちの剣によって打ち倒された。

 俺も戦いに参加するべきだったのだろうが、ストラッグに止められてしまったのだ。

 勿論、怪我を負った者に対しては回復魔法を施した。

 ホント、全然やる事がなかった。

 モンスターのランクが高いという噂の法王国領内ではあるが、見かけるモンスターは皆低ランクばかり。


「もしかして聖水使ってます?」

「当たり前じゃろう?」


 御者のお爺ちゃんの鋭い突っ込みにより、俺は納得に追いやられた。

 そうか、輸送隊って聖水使うんだ。

 直接振り掛けられなければ問題ないのだが、近くに聖水があると聞くと気が気じゃない。

 だが、そわそわすれば爺ちゃんに怪しまれてしまう。

 と、そんな俺への助け船があった。


「北から強い魔力反応」


 俺が後方のストラッグへ声を掛けると、ストラッグが騎士団を止めた。


「グリーンワーム亜種……か」


 四匹のグリーンワーム亜種が這うようにこちらへ向かっていた。

 騎士団の皆の顔が緊張に染まる。


「オベイルさん?」

「任せた」


 彼の依頼料を、全て俺にくれないだろうか。

 そう思ってしまうのも無理はない。


「力を見せてくれたまえ」


 ストラッグの指示もあり、深い溜め息を吐きながらグリーンワーム亜種の下へ走るミケラルド君。


「一、二、三、四っと」


 輪切りではなく、長い胴体を縦切りする事により攻撃回数を減らしたエコノミー斬撃。

 小走りに戻る俺を、騎士団の皆は安堵の笑顔で迎える。

 彼らは高ランク冒険者との行動も多々あるのだろう。そこまで驚かれはしなかったが、少なくとも俺の実力の一端は見せられたはずだ。


「うむ、では先を急ごう」


 ストラッグからの感想はなかった。簡潔無欠という感じだった。

 やっぱり法王国ともなると、強い人間が多いのだろう。

 いや、もしかして騎士団の団長……確かアルゴスとか言ったか? そいつが強いのかもしれない。

 退屈極まりないこの輸送護衛任務、もう少しミケラルド君のボケどころが欲しいところだ。

 そう思いながら、御者の爺ちゃんと世間話に華を咲かせる俺だった。

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