その188 本戦第四回戦
「ふっふっふっふっふ」
「あの……」
「ふっふっふっふっふっ」
「あの、すみません?」
「ふっふっふっふっふっ!」
ずっと腕を組んだまま、やたら強者感をアプローチしてくる男はサッチという名の…………武闘大会本戦、第四回戦の俺の相手である。
眼帯をした厳ついオッサンではあるが、帯びている魔力を見るにそう強くはなさそうである。
この第四回戦、既に審判による開始の合図は告げられた。
だが、サッチは何を思ったか動こうとしないのだ。
仕方ない、相手の出方を見て学ぼうと思ったのだが、こちらから動いて様子を見るか。
そう思い、俺は剣を持つ手に力を込める。
「おっといいのかな?」
突如サッチは言った。
「何がです?」
「いいのか、と聞いている」
「だから何がです?」
「お前程の実力者がわからない訳あるまい?」
……大変だ、全然わからない。
何か罠でも仕掛けているのだろうか。それとも後の先をとる準備が?
どちらにせよ、動かなくては始まらない。
「おぉっと、本当にいいのかなっ?」
やたら語気が強い。
「いくしかありませんから」
「だがしかし待てぇえい!」
とても語気が強い。
「よく考えた上での行動だなっ?」
「考えてもわからないので」
「愚考よりかは直感! それもわかる! だが時として直感は
「……………………はい」
「いや! ちょっと! ちょっと待とう! 私はお前の身を案じているのだ!」
「はぁ?」
「大人しく身を引く選択肢というものもあるのではないか!? な!?」
鈍い俺でもわかってしまう。
彼はノープランであると。
くそ……付き合ってた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「そうだ、妙案が浮かんだぞ!」
是非、浮かんだまま戻ってこないで欲しい。
いや、だが待てよ?
もしかして彼は、過去リィたんを前に土下座した俺のようではないか?
強者を前に、ハッタリでもトンチでも何でもいいから武器にしようとしているだけでは?
なるほど、そう考えればこの戦いにも意味が見出せるし、収獲にもなる。
もう少しサッチに付き合ってみるのも悪くない……か。
「うぉおおおおおおっ!」
妙案はどこにいったのかと思う程、真っ直ぐ俺に向かってくるサッチ。
しかし何とも大ぶりな攻撃だ。まるで受けてくれと言わんばかりだ。
これはつまり……そういう事なのか?
俺はサッチの剣を受け、
ニヤリと笑うサッチ、やはりこれが正解だったようだ。
「実はな、俺には娘がいるんだ」
一人称は「私」だったはずだが、これが彼の素なのだろう。
だが、おかしい。妙案はどこいった?
「そろそろ学校に通わせたくてなぁ……法王国にある法王立聖騎士学校に入れたいんだよ」
「はぁ」
「それには何かと物入りでな」
「ほぉ」
「ランクAの冒険者の稼ぎじゃちょっと足りないんだよ……ははは」
「なるほど」
「だから、俺はこの戦いに負ける訳にはいかないんだ」
「ランクSになれば知名度も依頼も多く、大きな収入も見込める……と」
「いやぁ~、物わかりがよくて助かるぜぇ。なぁ兄ちゃん、悪いようにはしねぇ。ここは引いちゃくれねぇか?」
「引くとどんな特典が?」
「へ、へへへへ……」
なるほど、特典内容は考えていなかったと。
しかし、ランクA冒険者の収入で通わせられない学校ってどんな場所だよ。
サッチの案はここまでか。なら今回は俺もサッチに倣ってみるか。
勿論、【交渉】を発動してな。
「そうだ、妙案が浮かびました」
「へ?」
「娘さんの学費、この私が持ちましょう」
「な、何だって!?」
「しーしー! 声が大きいですってっ」
「す、すまん! それで、本当なのかその話はっ」
「本当です。ですが私はどうしてもランクSに上がりたいのです」
「俺は金が欲しい。あんたはランクSに上がりたい」
「いやぁ~、物わかりがよくて助かります。ねぇサッチさん、悪いようにはしません。ここは引いてはくれませんか?」
「あ、甘い話には罠があるってのが相場だっ」
「ふふふ、実は私貴族もやっておりまして、ランクA冒険者を領地に呼びたいんですよ」
「アンタ確かリーガル国の出身だろ? リーガルっていったら弱小モンスターばかりじゃねぇか」
「なので、新たな事業を始めようと思いまして、優秀な冒険者を探しているんですよ。見たところサッチさんは長年冒険者を続けているご様子」
「た、確かに。ランクAになってもう五年になる」
「素晴らしい。どうです? サッチさんは仕事の補償と娘さんの学費を得て、私は優秀な冒険者と勝利を得る。互いに利のある素敵な交渉かと思いますけど?」
「乗った」
即答だった。
「ありがとうございます。では、この後はお任せしても?」
「へっ! このサッチ、
最初から芝居がかってた気がしたのは気のせいなのか?
「ぐぁ!?」
何もしてないのにサッチが倒れた。
「何だ今のはっ!? み……見えなかったっ!? この私が!?」
凄い、ちゃんと一人称も戻ってる。
「こ、このっ! うぉおおおおお――ぐはぁ!?」
今度は後ろに吹っ飛んだな。
俺は一体どんな攻撃をしたのだろう。彼は一体どんな攻撃を受けたのだろう。
しかし驚いた。あの密談、普通は疑って
ま、娘の将来を考えている悪い人間でない事は確かだ。
それに、この武闘大会の本戦を勝ち上がるだけの実力は持っている。そして、俺との実力差を考え、交渉を武器に挑んできた状況判断も悪くない。後半はノープランだったけど、限りある手札で勝負したのは評価出来る。
総合的に見て、サッチは優秀な冒険者。是非ともミナジリ領に欲しい人材である。
「お前……一体…………何も……の……?」
自動気絶機能が働いたのか、はたまた狸寝入りかはわからないが、サッチはプルプルと震えながら目を閉じた。
「勝負あり!」
後に、ミケラルドさんは言うでしょう。
お金も力、言葉も力と。
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