その165 闇ギルドの質

 ドノバンとその相手との通信内容。

 互いの名前を漏らさなかったのは流石ではあるが、相手が零した『ギルド』という言葉。

 冒険者ギルドや商人ギルドがあるからこそ、ギルドという言葉にはある程度の汎用性がある。

 しかし、闇に潜むであろう者が公式オフィシャルなギルドを利用しているとは考え難い。隠れ蓑としてなら使っているのかもしれないが、あの会話の流れから出た「ギルド」とは、ネムの言っていた【闇ギルド】という可能性は非常に高い。

 まさかそんなアンダーグラウンドな世界があったとは思いもしなかった。

 だが、あるとわかれば警戒もアプローチも出来る。まぁ、現段階では警戒という事か。

 ドノバンの魔力量を見るに、やはり密書の輸送が出来る程には強い。カミナでは相手にならないだろう。ランクA寄りのBと言ったところか。

 水晶の通信だけでは密約として効果が薄い。必ずサインなどの証明は必要なのだろう。しかし流石間者なのだろう。アンドリューの屋敷を調べたところ、リプトゥア国との繋がりを示すものは何もなかった。あの通信用の水晶を調べたら何かわかるかもしれない。

 今手元に置くのは危険……か。まずはドノバンを捕らえてからだろう。

 あれから二日、そろそろ踏み込む段階と思い、俺はジェイルとリィたんを連れてギュスターブ領内へ入った。

 王命の名の下に、ギュスターブ辺境伯の了解は必要なく、すんなりと入る事が出来た。

 公的権力って本当に素晴らしい。端から見ると無体ではあるがな。


「……強いな」

「え?」


 リィたんの意外過ぎる言葉に、俺は思わず口を開いてしまった。

 しかし、ほんの少し遅れて俺とジェイルも気付いた。


「「……っ!」」


 実力は魔力の多寡で決まるものではないとわかる程の強烈な殺気。

 それを涼しげに浴びるリィたんは流石であるが、ジェイルの顔には緊張が見てとれた。


「囲まれてるぞ、ミック」

「えぇ、ジェイルさん。迂闊過ぎました……かね?」

「いや、今回はこれ以外に方法はなかった。これ以上を求めるのは強欲というものだ」

「右は私がやる。ミックとジェイルは左を任せた」

「「おうっ!」」


 俺とジェイルがそう言った直後、四方から無数の匕首ひしゅが飛んできた。


「竜剣、稲妻いなずま!」


 ジェイルは一瞬にしてそれらをたたき切り、地を這うように現れた黒ずくめの敵を警戒した。


「八人か……ミック、三人を――」

「――四人やりますよ」

「そうか、では四人任せた」


 正面では腰を落とした敵がただただ静かに武器を構える。

 凄いなこいつら。俺たちを侮る事もなく、ちゃんと脅威として見定めている。

 実力からしてランクSに近い。【解放】と【身体能力超強化】は必要か。

 俺はオリハルコンの打刀を抜き、それを奴らに向けると、その目は細く鋭くなった。

 なるほど目敏めざといな。金目のモノには目がない訳か。

 これだけの実力を持ちながらも、野で生きているのは冒険者ギルド内の善良な規則のせいかもしれないな。


「ふっ!」


 風魔法エアスライスがこちらに向かう。

 俺はそれをスライディングしながらかわし、魔法使いに近付く。しかし、周りの三人がそれを防ぐかのように襲いかかる。俺はそれを跳んでかわすも、着地点に移動していた魔法使いが罠を張っていた。


「くっ!?」


 地面から炎の柱がり上がる。フレイムピラーってところか。

 身体を捻りそれをかわすも、体勢が不安定。ここぞとばかりに三人が俺の背後を狙う。


「にゃろ……!」


 更に【身体能力強化】を発動する事で、強引に振り返って三人を打ち払う。


「「ぐっ!?」」


 吹き飛んだ三人に驚いた魔法使いが新たな魔法の発動を試みる。

 しかし、それは俺がさせない。

 風魔法【ヘルメスの靴】を発動し、一瞬で間を詰める事で相手に緊張が生まれる。

 その緊張の隙を衝き、背後に回った俺は魔法使いの首の根元に爪をサクッと刺したのだ。


「何をっ!?」


 前方に跳んだ魔法使いは、背に流れる自身の血を確認し、俺を睨む。

 俺は俺で爪に付着した血をペロリと舐めていた。


「奇っ怪な! もう一度だ!」


 三人が再び襲いかかる。


「竜剣、竜巻!」

「何だとっ!?」


 風を裂き、三人の敵が宙を舞う。三人は宙返りをしながら着地した。これは流石である。しかし、その一ヶ所にはフレイムピラーという罠が置いてあるのだ。


「ぐあぁあああっ!?」

「な、何故……!?」

「貴様! どういうつもりだ!?」


 仲間だった魔法使いが裏切るなんて、相手のシナリオにはないだろう。

 この動揺は油断となり、油断は隙を生む。


「あっ!?」


 間抜けな声を出して武器を落とした男が、俺を見上げる。

 その目には、驚きと、不可解と、恐怖が宿っていた。


「お疲れ様」


 打刀の峰で頭部をごつんと殴ると、男は白目を剥いて倒れてしまった。

 見事なコンビネーションだったが、相手が一人になればこっちのものだ。


「や、やめ――」

「――やめないよ」


 最後の一人も同じ手順で倒し、俺は四人の敵を倒したのだった。


「終わったか、ミック」

「いや、流石ですね」


 流石師匠である。ジェイルが担当した四人はその場で倒れていた。

 どうやらジェイルは既に俺を待っていたようだ。

 おそらくこれは戦闘プランの差だろう。まだまだ先は長いなぁ。


「リィたんは?」

「心配するだけ損だ」


 リィたんが受け持った右側の敵。

 その数、九人。

 しかし、人間の山となった彼らの上で、リィたんは足を組んで座っていた。

 なるほど、損はした。が、あれはあれで絵になるから得もしたな。

 俺たちの戦闘が終わったのを確認したリィたんは、そこから飛び降り、屋敷にハルバードを向けた。


「出てこい、いるのはわかっている」


 いえ、俺はわかりませんでした。


「これはこれは……流石は音に聞くリィたんとミケラルド。もう一人の男は見ない顔だが、なるほど優秀だな。ミナジリ領は本当に侮れないな。くくくく……!」


 景色が歪むように現れたのは、初老で細い目をした男だった。

 この低くしゃがれた声は……あの時のドノバンの通信相手か。


「ぬかせ」


 リィたんの声に油断がない。

 この男……強い。

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