その164 竜の尾

 ミケラルド君が最近得た【固有能力】、【透過】は非常に有用な能力である。

 この能力を使用すると、壁を通り抜けられる……というのは当たり前の話なのだが、壁の中で留まる事も出来るのだ。

 これを利用するだけで、ギュスターブ子爵――アンドリューの屋敷に忍び込む事が簡単楽ちんなのだ。益々人間離れしてきたミケラルド君のかよわい心、、、、、にはひびくらいは入っているだろうが、回復魔法があれば安心だね。

 本日はこのアンドリューさんのお宅の壁から、ブライアン王の怒りの矛先――ドノバン君鑑賞をしてみたいところだ。まぁ、ほんの少し顔を出さなくちゃいけないが、【擬態】能力を使えば俺は最早壁と言っても過言ではない。


「ドノバン様……お手紙が届いております」

「何?」


 これまでどれだけの悪事に手を染めたのかわからない程のご尊顔くそじじいしわが多く整えてはいるが所々跳ねた白髪。眼光は鋭く使用人を見る目は疑いに満ちている。歳の頃合いは七十前後といったところか。

 使用人から手紙を奪うように受け取ったドノバンは、まじまじとそれを見た。


「……馬鹿なっ」

「ドノバン様……?」

「くっ! いつまでそこにいるのだ! 下がれ!」

「は、はいっ!」


 使用人の女性を下がらせたドノバンは、震える手で手紙を見つめる。

 手紙とはすなわち――首都リーガルへの召喚状、、、

 当然、これは俺がブライアン王に頼んで作ってもらった本物である。

 さて、この後のドノバンの行動が気になるところだ。

 逃げるならその経路と交友関係を調べ、徹底的に叩く。

 とぼけるのであれば、表だって踏み込んで捕らえる。

 こちらとしては前者が望ましいところだが、奴がそこまで愚かだとは思えない。

 自国の不利益に繋がる事を、間者がするというのは考え難いのだ。


「くっ、背に腹は代えられぬか……!」


 ドノバンが向かった先は部屋の隅にあるクローゼット。

 そこには、俺が先日見たばかりのアレがあった。

 冒険者ギルドに代替品の販売約束を取り付けた――アレ。

 まさか間者にこんなものを用意していたとは、リプトゥア国のリーガル国への攻撃は本気だという事か。

 アレとはすなわち遠隔連絡が可能なギルド通信用の水晶。

 一体どこから手に入れたのかが甚だ疑問であるが、一国の力と考えれば普通なのかもしれない。


「……聞こえるか」


 ドノバンが通信相手にそう言うと、しばらくの後水晶が静かに発光した。


『何だ?』


 低くしゃがれた男の声だった。


「仕事だ」

『……条件次第だ』

「報酬はリーガル白金貨五十枚」


 何とも法外な報酬内容だ。


「仕事内容は儂の警護」


 そうきたか。おそらくドノバンはもう気付いている。ブライアン王がドノバンの正体に気付いた事を。

 当然、リプトゥア国はドノバンを切る他なくなる。ならばドノバンが自国に頼る訳にはいかない。逃げる訳でもとぼける訳でもない……第三の選択。自分の身を守るという結論。


『何をそんなに怯えている』

「お、怯えてなどおらんっ」


 どもっちゃったらダメだろう。


『対象は?』

「……ミケラルド・オード・ミナジリ」


 やはり、俺の脅威に気付いていたのか。


『新進気鋭の王商おうしょう、冒険者、貴族……なるほど、竜の尾を踏んだか。奴が襲ってくると?』


 どうも竜です。


「……用心のためだ」

『嘘はよくない』

「っ!」

我々、、を甘く見るな……貴族がお前に刃を向ける理由なぞ一つ。にしき御旗みはたの下、お前を捕らえるため。対象は本当にミケラルド・オード・ミナジリか? リーガル国の間違いだろう?』


 我々――というところが気になるな。

 しかし相手は有能だな。ちゃんとドノバンの足下を見ていらっしゃる。

 この後は破談か条件変更か……。


リプトゥア、、、、、白金貨で百枚、、、それが条件だ』

「っ!?」


 そう、リーガル国を相手にするんだ。その段階でその人間にとって、リーガル国の金の価値は下がってしまう。何故なら、お尋ね者になってしまうからだ。使うにしても危険が増えるだけ。ならば他国の金を要求するのは当然の事である。


『我々を甘く見るなと言っただろう。お前が屋根裏に貯めている逃走資金くらい把握している』

「くっ!」


 格は……相手のが上か。

 ドノバンの屋根裏貯金の存在を知りながら盗まないという事は、仕事には忠実な相手……という事か。だが、それだけに厄介だ。『我々』とは一体何者なんだ?


「……わかった。リプトゥア白金貨で百枚だ、ただし成功報酬だ」

『いいだろう』

「……こちらへはいつ?」

『報告のため一度ギルド、、、に寄る。明日の早朝には着くだろう』

「急げ……」


 この場でドノバンを捕らえる事は容易い。しかし、相手の存在も気になるところだ。

 ここは泳がせる他ないか。

 それに、調べる事も出来たしな。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 それからシェンドの町に戻った俺は、受付をするネムの下に来ていた。


「あ、ミケラルドさん!」

「やぁネム」

「今週で最後なんですよ、ここのお仕事っ」

「ミナジリの冒険者ギルドには、もう色々準備しておいたからね。引っ越す時は俺が護衛するよ」

「本当ですかっ!」

「勿論、タダで」

「やったぁ!」


 ぴょんぴょんと跳びはねて喜ぶネム。

 リーガルのニコルとの話がついたので、ネムとニコルはミナジリ領の冒険者ギルドへ移る事が決まった。来週からその準備、来月あたりには正式稼働が出来るだろう。


「あ、そうだネム」

「何です?」


 キョトンと小首を傾げるネム。


ギルド、、、って冒険者ギルドと商人ギルドの二つだけだよね?」

「えぇ、そうですよ。公式には」

「何だそれは……」

「あくまで噂の範囲ですけど、世界にはあるらしいですよ。闇ギルド、、、、ってやつが」


 なるほど、そういう事か。

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