その124 大迷宮の果てに

 ◇◆◇ ヒミコの場合 ◆◇◆


 ふふふふ、流石は【リッチ】様。あの方の深淵なる知略は魔王様にすら匹敵する。

 まさかこのような方法でシェルフを狙うとは思いもしませんでしたわ。

 闇魔法【闇空間】……この魔法だけでも異常だというのに、転移魔法のような使い方を考案なさるとは……!

 エルフを好む魔族は多い。ならば我々魔族でエルフを管理し、繁殖させれば魔族は永続的なエルフ供給を受けられる。かつ、シェルフという領域を確保する事でリーガル国への足がかりとする。素晴らしい……本当に素晴らしいですわ、リッチ様。

 今はこの闇空間の魔法の中で静かに待つだけ。そう、あそこにいるダークマーダラーたちと共に。


「ヒミコ様」

「なぁに【サイトゥ】」


 ダークマーダラー第一席の【サイトゥ】。彼も可哀想な人。

 けれど魔族は実力至上主義。吸血公爵ワラキエル家に付いたのが間違いだったのよ。スパニッシュ様は、勿論素晴らしいお方。けれどあの方はもう四天王の中では落ち目。

 どう頑張ったところで地位の失墜は免れないわ。これからはリッチ様の時代。

 この作戦の成功を機に誰もがそう思う事でしょうね。


「間もなく開門の時刻です」

「作戦は変わりないわぁ~。まずはダークマーダラーの皆でシェルフの出入り口を確保。それから重要拠点の制圧。族長の家はシェルフの一番奥……そこは私の管轄よ」

「かしこまりました」


 完璧な計画。

 モンスターが数多くいるからこそ、拠点の出入り口は非常に少ない。

 そこをふたしてしまえば……だぁれも逃げられない。


「開門したぞ! 皆存分に食え! 余ったエルフは生け捕りだぁ!」

「「おぉおおおおおおおおおおおっ!!」」


 さぁ、カーニバルの始まり。鮮血のカーニバルが……!


 ◇◆◇ ◆◇◆


「………………何?」


 目の前に広がるのは巨大な壁。いえ、壁ではないわ。

 ダークマーダラーの一人がギリギリ通れそうな細い道が……沢山分かれている。

 ここはどこなの? シェルフではないの?

 天も土で覆われ……なのに昼間のようなこの明るさ。

 あれは……光魔法? おそらくトーチの魔法……いくつもトーチを放ち、この異空間を照らしているの?

 これは……どういう事?


「っ!?」


 瞬間、私の後ろに巨大な壁が構築された。

 馬鹿なっ!? 闇空間への進路が絶たれた!? こ、これではもう……戻る事が出来ない!


「くっ! 進め進めぇ!」

「だ、ダメよっ!」

「いえヒミコ様! こ、これは……行くしかありません!」

「なっ!?」


 背後に構築された土壁が……動き出した!?

 これは最早もはや……あの細道に入るしかっ!

 そこからの私は無我夢中で走った。何故なら背中から不可侵の壁が迫って来るのだから。

 走って、走って、走った。

 ダークマーダラーたちもパニック状態にあった。少しでも詰まれば土壁に挟まれて死んでしまうのだから。

 途中で土壁の進行が止まる事もあった。……理由は後でわかったわ。

 それからしばらくして……ダークマーダラーたちのパニックが収まったわ。

 だって、誰も叫ばなくなった、、、、、、、んですもの。

 出口があったのでしょう。ちゃんとシェルフに着いていたのでしょう。命令通り出入り口を確保したのでしょう。

 けれど、おかしな事にエルフたちの悲鳴は聞こえてこなかった。

 でもそれは杞憂だったとわかったわ。

 何故なら彼らは迷宮の出口で整列して、、、、待っていたのだから。

 ふふふふ、余計な心配だったようね。さぁ、気を取り直していきましょう。

 偉大なるリッチ様の威光をエルフ共に見せてあげなければいけないからね。

 優雅に彼らの間を通り抜け、エルフの族長の家――――……ぇ?


「な、何をするのサイトゥ?」


 最初にサイトゥが私の腕を掴んだ。


「ちょ、やめ……やめなさい!」


 そう叫ぶけれど、ダークマーダラーたちは次々に私の身体を、四肢を掴み……持ち運んだ。


「め、命令がきけないの!? 放しなさいっ!!」


 一体何が起こっているのかわからなかった。

 彼らに私を傷つける気はなかったのでしょう。それどころか、彼らから敵意も殺意も感じ取れなかった。無機質な目。まるで眠ったまま起きているかのような不気味な目。

 一歩、また一歩と歩く。そう、迷宮の果て、出口へと。

 陽光が見えるその先に一体何が待つのか。私はそれを震えて待つ事しか出来なかった。


「やめて! お願いやめてっ!」


白紅びゃっこうの眠り姫】と恐れられた私には、死が存在しない。

 いくら殺されようと、恐怖を感じた事などない。何故ならそれが私の普通だから。

 痛みも苦痛も、今の私にはただの存在証明にしか過ぎない。

 切り刻まれても喜ぶ私を見た人間共は皆恐怖した。

 私は恐怖を与える側。ずっとそう思っていた。

 そんな私が今感じているコレは何? いえ、正体はわかっている。これは恐怖。

 何が起こるかわからない恐怖。これは……あの方を、魔王様、、、を前にした時にしか味わった事のない感覚。

 震え、涙し、動けぬ身体から発せられるのは恐怖の絶叫だけ。

 そんな私の悲鳴だけが響く中、私の耳が捉えた異質な音。


「こんにちは」


 首を向けたその先。

 屈託のない笑顔を見せる黒銀の髪を持った青年。

 それは、私の恐怖の源だった。

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