その111 シェルフの問題
声を落としたバルトは、静かに語り始めた。
「クロード殿……でしたかな。彼にシェルフの事はどこまで聞いているのでしょう」
「争いのない平和な国だと」
「然り。故に我が国の兵は非常に弱い。ここにいるダドリーとクレアはその中でも精鋭中の精鋭。シェルフの族長に願い、借り受けた貴重な人材です」
ランクB程の人材が精鋭と聞くと、確かに兵としての質は低い。
「当然、兵の錬度を上げるため我々も試行錯誤しております。しかし、それでも抗えぬものがあります」
「というと?」
「魔族」
どうも魔族です。
そう言えないのが苦しいところだが、しかしシェルフに魔族が?
魔界からは離れているというのに何故そんな事が?
「素晴らしい胆力でいらっしゃる。魔族と聞き眉一つ動かさぬその剛勇、やはり我々の目に狂いはありませんでした」
「……シェルフが魔族に狙われているという確証はあるのですか?」
「先月の事です。狩りに出たシェルフの民がその消息を絶ちました」
「それだけ……ではないという事ですね?」
バルトは静かに頷く。
「その後も行方不明者が続出。死体が見つかれば原因が特定出来た。探せども探せどもそれすら見つからない。しかし、ようやく見つけたのです。……ダドリー」
バルトが言うと、ダドリーが一歩前に出た。
「そこからは俺が話します」
となると、見つけたのはこのダドリーという事か。
「行方不明者の多い中、狩りに出られるのはエルフの精鋭だけ。当然、俺にも声が掛かりました。だから俺もあの日は狩りをしていました。風上から獣を追い、静かに、しかし確実にその距離を詰めていたところ、獣はある洞窟へと入りました。長年森で狩りをしている俺でも知らない洞窟。それが魔法で作られた洞窟だという事はすぐにわかりました」
となると、相手は土魔法の使い手。
「漂う魔力から中に入る事は出来ず、仕方なく俺は監視を続けました。獣が出て来る事はなく、三日三晩寝ずに監視を続けたその時、洞窟から一匹の魔族を確認しました」
魔族を見たというのか。
「あれは間違いない。あの巨躯、腹部に見える大きな口……」
聞き覚え……いや、見覚えのある特徴だ。
「行方不明者たちは消えたんじゃない! 食われたんだ! 奴に! あのダークマーダラーに!」
かつての俺の世話役、アンドゥを思い出した俺は、いつの間にか強く拳を握っていた。
十魔士の一種が何故シェルフに? 疑問は募るところだが解せない点もある。
「ダークマーダラー……聞き及んではいますが、徒党を組めば倒せない相手ではないのでは?」
冷静に見積もれば、アンドゥの実力はランクSの冒険者ほど。そのアンドゥはダークマーダラー種の元第一席。現一席のサイトゥよりも強かったという話だ。
ともなれば強くともランクA程度。それを倒せないというのは
「当然、それも視野に入れました。しかし、相手は一匹ではありませんでした」
「その後の調査でわかったと?」
「……奴らは、数十単位の群れで動いている事が判明しました」
それは最早、十魔士が動いていると言っても過言じゃないな。
なるほど、徒党を組めば一匹倒せる相手そのものが徒党を組んでいれば、それは脅威に他ならない。
それも、国が滅びかねない脅威だ。
「狩りも出来ず、畑や木の実でまかなう食料にも限界はあります。……このままではシェルフの民は飢えて死ぬ事になるでしょう。ミケラルド殿、どうか我々に力を貸してもらえないでしょうか」
これが、今のシェルフの抱える問題。
シェルフの国にも冒険者ギルドはある。それを経由しないという事は、冒険者ギルドが機能していない。もしくはギルドに対し国家要請しているのだろう。
何故ならギルドにその仕事を依頼すれば、各国にそれが知れ渡ってしまう。
つまりそれは、シェルフという国家の弱みとなる。情報規制がとられて然るべき……か。
兵力を有する国家に目をつけられれば、傘下同盟……いや、属国支配への道が待っている。
ならば多少危険をおかしてでも、個人の武力に頼った方が得策。
なるほど、その考えは間違いじゃない。
だが、見ず知らずの俺にそれを知らせる事の危険もあるはずだ。
この情報がリーガル王へ伝わらないという判断はどこから導き出した?
「……何故、私に?」
これだけでバルトには伝わるだろう。この質問の意図に気付かぬ彼ではない。
「ミケラルド殿の事、少なからず我々も調べさせて頂きました。その凄まじい躍進劇に、私自身大きく驚きました。しかし、一点だけ不可解な点があった」
「というと?」
「底の見えない……欲」
……なるほど、ドマーク商会のドマーク以上の曲者だな、このバルトって商人は。
「あいや、誤解を招く表現でしたな。私の言う欲とは強欲などという己の利ばかりを追求したものではありません。ミケラルド殿の欲は
この依頼……、
「ミケラルド殿……あなたはあなたの国家を作ろうとしているのではありませんか?」
受けない手はないな。
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