その104 奴隷商コバック
尋問は既に終わってる旨をダイモンに伝えた俺は、彼ら四人を空き家内の柱にくくりつけ、その見張りをダイモンに命じた。
そう、この見張り役が重要なのだ。何故ならダイモンの動きを封じる事が出来るからだ。
彼の命の安全のため、彼の身の丈に合った仕事を振るのも重要なのだ。
俺は宿の後始末を名目に、再び宿へと戻る。
当然、これはダイモンへの口実である。
帰ったら情報を渡すと言い含めてあるが、ここから帰るまでが勝負だ。
夜も深い頃、ダイモンが尾行して突き止めた奴らのアジトへ向かう。
……裏通りではあるが、表向きは雑貨屋。
鍵はかかってるが、白ターバンの男から拝借している鍵を使い扉を開ける。
当然、中は雑貨で埋め尽くされている。
値札を見るに、相場の倍はするであろう法外な店。
まともな神経の持ち主であれば、こんな店で買い物をする人間はいないだろう。
だが、奴らにとってはそれでいいのだ。ここは身を隠す場所なのだから。
さて、奴らの尋問から得た情報によれば、この壁際にある棚の後ろに……っと。
「……雑だな」
思わずそう零してしまった俺を誰が責められよう。
尋問の結果、棚の後ろに隠し扉があると聞いていた……がしかし、某公爵家のような隠し扉ではなく、剥き出しの通路があらわれたのだ。
……まぁ、あれだけの仕掛けには金がかかるだろうし、こんなものなのかもしれない。
しかしおかしい。【探知】に反応しない?
一体何故? 念のため【呼び戻しの風】を発動すると、更に疑問は募った。
人の臭いはする。この奥に向かった人の臭いが。だが、【探知】には反応しない?
ひょっとして特殊なスキルや魔法? 別の場所への出口がある? そこから店外へ出た?
そう思いながら歩を進めると、意外な理由が判明した。
通路の奥には部屋はなく、ただ緩やかに地下に向かう階段があったのだ。
その階段を降りると【探知】が反応を見せた。
なるほど、そういう事か。風魔法に該当する【探知】ではあるが、万能ではないという事だな。階層が変わると反応しないという穴があるという事。勉強になった。
確かにダンジョンに潜った時もそうだった。気付けなかったのは反省だ。
と、反省が出来たところで更に歩を進める。
徐々に【探知】で捉えた反応に近付いていく。やがて見える観音開きの扉。
【罠感知】も【危険察知】も反応はない。……開けるしかないな。
どんなに身体能力が優れていようが、出入り口が一ヶ所しかない以上、そこから入る他ないのだ。そして、このタイプの扉を開ければ、どうしても音や風で気付かれてしまうものだ。
ギィとなる扉と共に聞こえてくる怒声と警戒が交じった声。
「誰だっ!?」
振り返ったそいつと対面する。
額から右頬にかけて大きな裂傷痕のある、オールバックの男だった。
年齢はおそらく四十代。
なるほど、流石最奥にいるだけはある。正直そんじょそこらの冒険者では相手にならないだろう。
「こんばんは」
俺の挨拶を聞くや否や、奴は腰の剣を引き抜いた。
刃先に微量の液体を目視。あれはおそらく毒。やはりダイモンを連れて来ないで正解だったな。
「コバックって男を探しているんですが、こちらにいらっしゃいますか?」
「……探してどうするというんだ?」
警戒は増すばかり。
どうやらこいつがコバックで間違いなさそうだ。
「子供を探してるんですよ」
「ふん、客には見えないがな?」
「えぇ、奪いに来ましたから」
「出来ると思っているのか? この私から?」
「こちらとしては、出来るだけ穏便に進めたいんですけどね」
【呼び戻しの風】が俺に伝える。この部屋、更に奥があるな?
【探知】に反応しないところをみると、更なる地下、そこにコリンがいるのかもしれない。
そう考えていると、いつの間にかコバックは俺の眼前から消えていた。
「――ふっ!」
背後からの斬撃。
しかし、俺もそれをくらう程間抜けではない。
「おっと」
「な!? かわしただとっ!?」
コバックは前方に跳んで攻撃をかわした俺に驚いているようだ。
……速いな。正直リーガルのギルドマスター《ディック》に近い動きをする。
実力はランクA~Sといったところか。
コバックは円を描くようにジリジリと動き、俺を警戒する。
何だこの不自然な動きは? っ! 【危険察知】が反応した!?
ニヤリと笑みを浮かべるコバック。
「くっ、罠のスイッチか!」
コバックは床のスイッチを足で踏み、何かしらの罠を発動させた。
瞬間、上下左右から無数の槍が突き出て来た。
「っ!」
俺は唯一の逃げ道だったコバックの方へ移動するも、当然そこではコバックが剣を振りかぶって待っていた。なるほど、上手い事誘導するものだ。
コバックの剛剣を受け、俺は後方に吹き飛ばされる。
突き出切った罠の槍をへし折りながらも、怪我する事はなかった。
まさか飾り用の
あの剛剣を【斬撃耐性】だけで防げるとは思えなかったからな。まぁ、リィたんなら生身で受けられるんだろうな。
次に視線をコバックに戻した時、やはりそこにコバックはいなかった。
「用心深い奴だな……」
扉から出た訳じゃない。それは【探知】でわかる。
やはり奥か。
用心しながらも足早に部屋の奥を進み、コバックの後を追う。
すると、薄暗くカビ臭い部屋へと出た。
どうやらここから出られる場所はないようで、当然そこにコバックもいた。
しかし、コバックは俺を見ていなかった。焦った様子で周りにある檻の一つに手を伸ばしていたのだ。そしてその檻が開いた時、コバックはようやく俺を見た。
「ふっ、あれだけの動き……どこの誰かはわからないが、かなりの手練れと見た。生憎私は用心深くてね?」
「身に染みてわかりましたよ」
「正直、商品に手を出したくはないが、そうも言ってられないようだ」
「……商品?」
「ふふふふ、既に契約は終えている。こいつは私の言う事を何でも聞く……圧倒的強者!」
檻の上部から見える鋭い爪、やがて見える檻が小さく見えるような隆起した身体。
振り向き光らせる眼光、剥き出す鋭い牙。
…………鰐だな? それも人型の。とてもよく見覚えがある。
「ふはははははっ! 強力なる魔族を前に無残に散りゆくがいい! こいつこそは魔族十魔士が一種! ダイルレックス種、元第五席の――――」
「――――ドゥムガ」
「…………へぁ?」
コバックが変な裏声を出した瞬間だった。
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