その100 新生ミナジリ村
「「…………っ!」」
誰もが言葉を失っていた。
周囲で働く大多数は人間である。
しかし、その中央で働く異質な存在。
指揮を執り、屈強な元悪人である人間たちをまとめているのは、何を隠そう魔族であるリザードマン。
皆と契約をし、ミックバスに喜んだ奴隷たち。国境を越え、リーガル国に入り、ミナジリ村へと着いた時、皆は俺との約束を思い出す事になるだろう。
箝口令を敷いたのはこのためか、と。
「「魔族……!」」
皆、口々にそう言う。
腰を抜かす人間までいる程だ。
しかし、ここで立ち止まってはいけないのだ。俺が目指すのは、差別や偏見の先にある。
俺は皆に振り返り、元の姿に戻る。といっても、大人の吸血鬼であるが。
「驚かれた方も多いと思います。私はミケラルド。世間一般では吸血鬼と呼ばれる魔族です。しかし、どうか怯えないで欲しい。私はこの地に、ミナジリ村に差別と偏見のない場所を作りたいだけです」
彼らには契約こそあるが、罪を禁じているだけで、その他は何も縛られてはいない。だからこそこの先の言葉が重要となる。
「もし、この場から逃げ出したい。この場にいたくないという方がいらっしゃれば、申し出てください」
ここで、皆は気付く。
自分たちに課せられた契約のその意味を。
「あ……」
「我々が何か企んでいると、そう思うのでしたらそれはその方の自由です。しかし、その企みこそ多種族の共存にあります。ここには魔族、人間の他、エルフ、そしてハーフエルフもいます。せめて、せめて二ヶ月。その身を買い戻す期間だけでも構いません。魔族に、エルフに、ハーフエルフに、共存に……触れてみてはくれませんかっ!」
自然に下がった頭。
前方からはまだ戸惑いの声も聞こえる。
しかし、直後一瞬ざわついた後、周囲の喧噪がピタリと止んだのだ。
それは、俺にも理解し難い事だった。何やらそれは、誰もが息を呑んだ――そんな瞬間だったから。
片目を開け、徐々に頭を上げるも、皆が見ているのは…………あれ? 何で俺じゃないの?
四百の視線の先は、おかしな程高い位置にあった。
彼らは一体何を見上げているのか。ジェイルも、シュッツもランドも……皆目を丸くしているのだ。その視線の先は俺よりも遥か高い位置にあった。そう、先程まで俺の背後にいた、ある女の姿形が変わっていたのだ。
見上げる巨大な体躯は正に大海獣。
「リ、リィたん……!?」
水龍リバイアタンと呼ばれた彼女は、長い首をしならせ、先程の俺より低い位置まで頭を下げていたのだ。皆が驚く? いやいや、俺だって驚くさ。
何故ならリィたんが人界に入ってからというもの、ずっと人型だったのだから。
ここの住民でさえ、その姿を見た者は俺とジェイルのみ。
クロード一家は現在各町のミケラルド商店にいるし――って、違う!
「リィたん! リィたんはいいんだよ!」
「何を言うミック。これはミケラルドの野望の第一歩。そのためならば、この頭など軽いものだ」
「そういう問題なの!?」
「いや、そういう問題なのかもしれないな」
俺の背後まで歩いて来たのはジェイル。
ジェイルはリィたんと俺の間に入り、無骨な表情のまま、皆に頭を下げたのだ。
「魔族は人を食う。敵視されて当然だ。しかし、それが全てだと思わないで欲しい。少なくともここにいる魔族は、温かいシチューを飲み、パンを食らい、ほんの少しの酒で満足するようなそんな魔族ばかりだ。人間に姿を変えていたとはいえ、ミックは
リィたんとジェイルは、強く目を瞑り、皆に訴えかけた。
それは何故か、皆の胸に…………そして俺の胸に、熱いナニカが届いたのだ。
「ま、まぁ二ヶ月くらいなら……」
「給料もいいって言ってたし……」
「俺、今水龍に頭下げられてるのか……? はははは、爺様が聞いたら驚くだろうな……!」
「あの人たちも楽しそうに仕事してるしなぁ……」
「おう! そこのお前!」
皆をかき分けて出て来たのは、犯罪を犯した奴隷。
その視線は、どこか強く、どこか不安に満ちていた。
水龍の射程範囲に入るのだ。怖くなくてどうする。俺だってコイツがリィたんじゃなければビビっているだろう。
警戒しながらも、一歩、また一歩と俺に近付いて来る。
「俺は、俺様の名はダイモン!」
豊かな髭と、鋭い眼光。ボサボサの長髪。まるで古代の戦士のような体躯。
ダイモンは、俺に確認するように名を名乗った。
「ミケラルドです」
「お、お前は……本当に罪人の俺を裁かねぇってのか!?」
「よく聞きますね。犯罪奴隷の末路を。天に代わって主人が罰するとか言って、異常な拷問にかけるとか」
「俺様は……パンを盗んだ! 金を持ってそうな奴から宝を盗んだ!」
……なるほど、どうしようもない奴じゃなさそうだな。
「盗みは罪だ! 俺様を買ったお前にはそれを裁く権利がある!」
「……盗みは罪です。しかし、盗みをしなければ生きていく事が出来なかったこの世も罪です」
「っ!?」
【看破】を使ってみても、この男からは強烈な色は出てこない。
つまり、仕方なく罪を犯したという事か。そういえば、ドマークが言っていたな。
重犯罪人が奴隷市場に並ぶ事はほとんどない、と。
「働き口があれば、罪を犯す事はなかったはずです。そして、ここにはその働き口がある。お金を稼いで自分を買い戻した後、謝罪に行きましょう。なんなら、私も同行しますよ」
俺が真剣な目をしながらそう話した直後、ダイモンは一瞬で顔を歪ませ、リィたんよりも頭を下げた。
大地に額をこすりつけるダイモンに、俺は何が何だかわからなくなった。
「娘を! 娘を助けてくれぇ!!」
そうだ、俺は忘れていた。
奴隷にされた者たちにも…………家族がいるのだ。
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