その89 リーガル国王

「はぁはぁはぁ……つ、着いた!」


 途中から首都リーガルの皆に見つからないように、【ミックバス】を空高く持ち上げ、サマリア侯爵家の別宅まで運び、下ろす。

 空に持ち上げる時のラファエロの悲鳴。ランドルフ、レティシア、ゼフの嬉しそうな叫び声。

 空から下ろす時のラファエロの悲鳴。ランドルフ、レティシア、ゼフの嬉しそうな叫び声。とても滑稽だったが、ラファエロは今度眠らせてやろうかと思ったくらいだ。


「はっはっはっは! とても愉快だったぞ、ミケラルド殿!」

「ミケラルドー! またしてくださいませ!」

「か、帰りに……」

「はい! 楽しみにしていますわ♪」


 侯爵家の庭で大の字に寝ている俺を許してくれるランドルフもそうだが、こき使ったのはあの人だという事を差し引けばこれは許されて当然なのではないだろうか?

 レティシアは屈んで俺の疲れ果てた姿を嬉しそうに見つめている。

 ゼフは既に馬車の準備を始めている。日が完全に落ちているというのに、これから王城に行くのだろうか、ランドルフは?


「では早速行ってくるぞ! ミケラルド殿は我が屋敷で休んで行かれるがよろしい! はぁーっはっはっはっは!」


 剛胆だな、あの人。

 まぁ、そのくらいじゃないと国の重鎮は務まらないか。

 ゼフと共にリーガル城に行ったランドルフの厚意は有り難いが、俺はこれから魔導書グリモワールマラソンをしなくてはいけないのだ。

 疲れはあるが、このマラソンをおろそかに出来る程、店の在庫は安定していないのだ。

 まぁ、リィたんは延々と潜り続けてるけどな。ただ、あの人の場合、闇空間の魔法がないから一々ミケラルド商店の倉庫に届けに来るんだよな。


「お、リィたん。奇遇じゃん」

「ミックか! ここは楽しいな!」


 リーガルのダンジョンの前には、まるで泥棒の如き風呂敷を抱えたリィたんがいたのだ。

 まぁ、二十階層分のお宝だしな。どれも無駄に出来ないのを考えるも、そろそろ宝箱を意識しなくてもいいとも思える。他の在庫は増えてきてるからな。

 にしてもリィたん。本当に楽しそうだな。遊園地にでもいるかの少年少女のような屈託のない笑顔である。


「……おし、リィたん。ちょっと宝箱意識せず。最終階の魔導書グリモワールと宝箱だけ…………って、そうだ。俺が魔導書グリモワールに闇空間の魔法を込めればいいのか」

「おぉ! それは盲点だったな! そうだ! ミック! この魔導書グリモワールを使うといいぞ!」


 リィたんの風呂敷から採れたてホヤホヤの魔導書グリモワールが出される。

 俺はリィたんからそれを受け取り、闇空間の魔法を込めた。


「ほい」

「うむ!」


 魔導書グリモワールを持ったリィたんの手がぼやっと光り、闇色の光が包む。

 瞬間、リィたんの瞳に闇色の光が吸い込まれていったのだ。

 頭をカクリと後ろに跳ねさせ、元にもどってくる。目を瞑っていたリィたんが目を開くと、ニカリという笑顔を向け、闇空間の会得を俺に知らせた。


「これならばもっと早くなるぞ! ミック! 先に行ってる!」

「あ、ずりぃ!」


 首都リーガルのダンジョンに夜潜る者は皆無である。

 この時間は俺たちの時間という訳だ。休息であれば早朝の数時間で事足りる。

 俺とリィたんの魔導書グリモワール回収大作戦は、明け方まで続いた。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「うぇ!? 今すぐですか!?」

「うむ、非公式の場故、他の貴族が登城していないタイミングは、この時間しかない」


 何とも精力的な王様だこと。

 ジェイルからエルフの姿で助けた冒険者や商人の情報をテレパシーで聞いていた俺は、ダンジョンから帰った直後やってきたゼフによってランドルフに呼ばれた。

 応接室でその話を聞いた俺は、すぐにクリーンウォッシュの魔法を使い、以前この屋敷に来た時に新調したスーツを着る。

 ランドルフに話を聞いてから、ゼフが馬車をひくまでの時間は、ものの十数分の出来事だった。

 ……まだ白い霧が見える中、俺とランドルフを乗せた馬車が城内に入って行く。

 何度か忍び込んだ事はあるが、正面から入るのは初めてだな。

 まるで全ての手続きが終えていたかのような迅速な案内によって、俺は早朝の謁見の間という異空間に連れて来られたのだ。

 中央奥の玉座……そこに座っていたのは、寝間着姿の人の良さそうなオッサンだった。

 目を点にする俺だったが、隣のランドルフはすぐに跪き、こうべを垂れた。

 まじか。確かに非公式ではあるが、寝間着の王が迎えるとはビックリだぜ。

 だが、火急の用件の際は、どこもこんなものなのかもしれないな。

 俺はランドルフに倣い跪いて頭を下げる。


おもてをあげい。……余が、ブライアン・フォン・リーガルである」


 長く続くリーガル王家の親玉ドン

 よく鍛え込まれた身体なのはガタイを見ればわかるが、表情はとても柔和にゅうわである。視線からは敵意も好意もない。ただじっと俺を見つめている。

 その温かな瞳に吸い込まれそうになるが、少しだけ目を外す事で耐える。


「ほぉ、外すか」


 ……なるほど、どうやら俺の知らない【特殊能力】を持ってるな?

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