その78 リィたんの帰還

「ほぉ、エルフとの関係とは、中々良いタイミングに来たな、ミケラルド殿」

「へ?」


 マッキリーの町で三号店を造った数日後、俺はランドルフが本家に戻ったと噂を聞き、マッキリー近くにあるサマリア侯爵家に来ていた。

 アルフレドの公爵家とは別で、サマリア侯爵領はマッキリー以上に賑わいを見せていた。

 それに驚きつつも、サマリア侯爵家の本家に着いた俺は、応接室でランドルフと向かい合って座っていた。


「どういう事ですか、ランドルフ様?」

「何、シェルフからの書状が王家に届いたのだよ」

「王家から連絡があったという事ですか?」

「うむ、緊急だった故、ディック君が急ぎ届けてくれたのだ」


 ギルドマスターのディックも王家からの指示には逆らえないか。

 普段貴族との隔たりのある冒険者ギルドがこれを請け負うのは珍しいが、それ程緊急だったという事か。


「シェルフってエルフの国ですよね? それがなんでまた? 確か人間の国とは仲良くなかったはず……」

「うむ、こちらとしても驚いている」

「しかし何故ランドルフ様の下に? 何かリーガル王が判断に困る内容でも?」


 俺が聞くと、ランドルフは俺を指差してニコリと笑った。


「ミケラルド殿が原因だ」

「へ?」

「実はな、ミケラルド殿の下にゼフをやろうと思っていたところだったのだ」

「私に? それに原因って?」

「私も聞き及んで驚いたが、ミケラルド殿、どうやらあなたの商店は魔導書グリモワールを扱い始めたようだね?」


 ますますわからない。この会話のどこに魔導書グリモワールが入る余地が?


「ここまで大量に魔導書グリモワールが出回ったのだ。シェルフがその情報を仕入れたとしてもおかしくあるまい?」

「まぁ、確かにそうですけど?」

「実はな、エルフの商人が魔導書グリモワールを購入したいとの事で、リーガル国に入国許可を求めてきたのだよ」


 あー、なるほど。


「そういう事でしたか」


 魔導書グリモワールが世界的にどんな価値があるかわからないが、リーガルのダンジョンで得られるものが、当のリーガルで品薄なのだ。他国の興味を引くのも無理はない。

 人間の国同士。リーガル国とリプトゥア国を隔てているのは関所のみだが、相手がエルフの国ともなれば話は別だ。関所以上に、エルフと人間では大きな違いがあるからだ。

 種族の差は偏見を起こし、偏見は差別を生み、差別はあらゆる問題を起こす。


「それで、ミケラルド殿に頼みがある」

「……何だかデカそうな頼みですね」

「ふふふふ、わかるかね?」


 そう言ったランドルフの顔は、物語で読んだような侯爵らしい、ある程度の腹黒さを兼ね備えた、満面の笑みだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「まぁ報酬がいいから受けるけどな。それに、こちらの利とも一致するし、悪い事じゃない。これは、クロード一家のためでもあるし、仕方ないか」


 サマリア侯爵領を出て、俺はマッキリーの町に戻って来た。

 どうやら貴族の領地には冒険者ギルドなどを置けないようだ。こういった縛りも、今後どうにかしたいものだ。その領地に人が住んでない訳じゃないからな。


「ミック、戻ったぞ」

「ふぇ?」


 俺の背後をいとも簡単にとれる存在はそういない。しかし、少なからずいるのだ。俺以上の、規格外の大海獣という存在が。

 久しぶりに聞く声に反応しながら、俺は振り返る。

 一体どこに行ってきたのか、やけに服がボロボロだった。

 しかし、それ以上の嬉しそうな顔が、俺を捉えて放さないのだ。


「リィたん! お帰りっ!」

「っ!? ミ、ミックッ! べ、別に数千年会わなかった訳ではあるまいっ。そんなに掴まれるとおおおおお驚くぞっ!」

「あ、え、いや。ごめん。久しぶりに会ったら嬉しくなっちゃってさ」

「ふ、ふん! そうだろうそうだろう。少しは私の有り難さがわかったというところかっ」

「何そんなに焦ってんの?」

「そうではない! うん! そうではないぞ! 私がいないとやはりミックはダメだという事だ! それがわかっただけの事!」


 まぁ、リィたんがいないとこの計画は難度が上がってしまうから、あながち間違いじゃない。


「あはは、そうだね」

「っ!? そ、そうか……!」

「とりあえず店に来なよ。新しい仲間も紹介しなくちゃいけないからな」


 ◇◆◇ ◆◇◆


「それで、新しい仲間というのがコイツか? ミック」


 凄い、さっきまで機嫌良かったのに、一瞬で龍の目付きになった。


「リィたん! 魔力! 魔力出てるって! カミナが怖がってるよ!」

「何故私が人間に合わせなければならない?」

「そりゃごもっともだけど、ダメなんだって! 俺たちはこの世界で生きてくんだから!」

「……むぅ! ふん! いいか、ミックの命は私が握ってるのだ! 文句があるならいつでも私を倒しに来い!」


 コクコクと頷くカミナも大概だな。

 普通はここで首を横に振るものだろう。


「ご、ごめんねカミナ。ちょっと奥使わせてもらうよ」

「は……はひ……」


 まだ完成して間もない簡素な応接室。

 シェンドの町の二号店とは違い、まだソファとテーブルしか入れていない。

 まぁ、見切り発車だしこれが限界だよな。


「それで、地龍との話はどうだった、リィたん?」

「まったく、私が知らない間にこんな店などという俗世に塗れたモノに手を付けて……」

「あの、リィたん?」

「これからは片時も離れられぬではないか! ふっ、しかしこの難行こそ私、水龍リバイアタンにふさわしい。さぁミック! 次は何をするんだ!?」

「いや、だから地龍に会いに行ったんだろ?」

「ん、会えなかったぞ?」


 あ、ご不在でしたか。

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