その60 ミケラルド商店大流行
◇◆◇ ネムの場合 ◆◇◆
私の名前はネム。
リーガル国にあるシェンドの町。その町で冒険者ギルドの受付員をやっています。
冒険者ギルドのギルド員といえば、冒険者の味方であり、窓口。それ故、どの冒険者とも平等に接する事を最初に教わります。
私がそれを教わったのは、リーガル国の首都リーガルの冒険者ギルドでお世話になったニコルさんからでした。ニコルさんはとても美人で気さくで、誰にでも分け隔て無く手を差し伸べるギルド員の
最近になって気になる冒険者の方が現れました。
彼の名前はミケラルドさん。
端正な顔つきをした戦いとは無縁のような……そう、王子様みたいな人です。
最初に冒険者ギルドに現れた時は、もの凄い褐色美人を連れていました。まぁ、そのリィたんさんって方もとんでもない方だったのですが、ミケラルドさんはこう……何でしょう?
何とも言いようのない雰囲気を持っている方です。
依頼の数も一瞬でこなしてしまいますし、先日の一件――サマリア侯爵家のご令嬢、レティシア様の事件の時も、捕まったと思った数日後に、ケロっとした様子で戻っていらっしゃいました。
そして何よりも驚いたのが、捕まってたはずのミケラルドさんが、ランクAになって帰って来たという事。
首都リーガルですら珍しいランクAの冒険者。そんな方がこんな田舎のシェンドの町をホームタウンにしているなんて、本当におかしい。いえ、そういう事を言いたいのではありません。何よりおかしいのは、ミケラルドさんが捕まって護送された時、ミケラルドさんはランクCだったはずなんです。
お仲間さんのリィたんの快進撃も異常でしたが、ミケラルドさんのは本当に理解出来ません。
だからこそ、ミケラルドさんは他の冒険者の皆さんから
「美人冒険者でランクAになったリィたんさんといつも一緒で羨ましい」とか。「サマリア侯爵に取り入って冒険者ギルドに口利きしてもらったからムカつく」とか。「ミケラルド様♪」――あ、これはカミナさんだけでしたね。単純に「凄い」と言う方がほとんどですが、やはり悪く見られる方も多いようです。リィたんさんがいつも一緒なのはともかく、たとえリーガル国の国王様であろうと、冒険者ギルドに口利きするなんて不可能だというのに。
けど、ミケラルドさんの凄いところは、そういった風評被害を全く気にしないのです。実害こそ出ていないからいいものの、血の気の多い他の冒険者さんたちとここまで違うのも珍しいのです。
「凄い」、「珍しい」、「カッコいい」。どれをとっても目を引くミケラルドさんです。平等を掲げる冒険者ギルドのギルド員ではありますが、当然、私の目もミケラルドさんに引き寄せられてしまいます。いえ、冒険者ギルドの扉が開くと、必ず彼の姿を探す程に、私はミケラルドさんを追っていました。
冒険者ギルドには、各冒険者ギルドを繋ぐギルド通信という技術があります。
これは、遠方の人間と話す事の出来る技術です。テレパシーという特殊な技能を持った方もいらっしゃいますが、当然使える人なんてほとんどいません。だからこそ、この技術は非常に重宝されています。何でも、もう作れる人がいないらしいのです。
なので、滅多な事では使えませんが、先日リーガルにいるニコルさんとお話する機会がありました。しかも、ニコルさんから私に指名で連絡が入ったのですから驚きです。
内容はそう、ミケラルドさんの事でした。
リーガルの冒険者ギルドでランクAになったミケラルドさんを、ニコルさんは当然知っています。その話の中で聞いたのですが、何でもミケラルドさんはリーガルのギルドマスターであるディックさんを一瞬で倒したそうです。
ランクSの冒険者だったディックさんを倒す程の実力。当然冒険者ギルドはミケラルドさんの実力を高く評価し、いつでも高難度の依頼を掛けられるように、彼のホームタウンであるこのシェンドの町。そして彼とよく話す私に白羽の矢が立ったのです。
監視……というのは大袈裟ですが、ミケラルドさんが「いつ、どこにいるか」という情報は、常に最新の状態でなくてはならない。というのが冒険者ギルドの判断です。
ギルド通信でニコルさんに「ミケラルドさんならいつも目で追っちゃってますから安心してください!」って言ったら怒られてしまいました。そうです。冒険者ギルドは全ての冒険者に平等。そう教えてくれたのはニコルさんでした。
独り立ちしてもまだまだ怒られてしまう半端な私ですが、ニコルさんには褒められもしました。「今でこそそれは悪くない行動だった」と。ニコルさんが、いえ、冒険者ギルドが悪い言い方をしているように聞こえますが、それは違います。
それだけミケラルドさんの存在感、重要性を、冒険者ギルドが認めたという事です。
……本当に、本当にミケラルドさんは凄い人です。
そんなミケラルドさんが、またおかしな事を始めました。
シェンドの町の冒険者ギルド。その前にあった空き地をずっと見つめていたのです。
冒険者ギルドの前にいるのだから、用があるのは冒険者ギルド。そう思うのが普通でした。だから私は彼に声を掛けました。
「あれ? 何されてるんですか? ミケラルドさん? ギルド、入らないんですか?」
けれど、彼は空き地の方を向いたまま。
この空き地に何か興味があるのでしょうか?
「そこは長い事空き地になってる場所ですよ? じーっと見つめてどうしたんです?」
その後、ミケラルドさんは少しだけ笑みを見せた後、手を前に出したのです。
あれはまるで合奏の指揮者のようでした。
ミケラルドさんの手の動きに合わせて土が盛り上がったり、掘りが出来たり、真っ暗な空間から岩とか木材が出て来て、空き地に向かいました。ほんの数分。けれど一瞬のような時間でした。周りのギャラリーの方々も、きっと同じ気持ちだったでしょう。
扉の上に掲げられた看板に刻まれた文字は「ミケラルド商店二号店」。
それだけで理解出来ました。何故二号店なのかとかそんな疑問は置いときます。
ただ、理解出来たからといって納得出来る訳ではありません。
私は思うままに口を開きました。
「ミ、ミケラルドさんっ!? も、もしかして商人になられたんですかっ!? い、いえ! 今の何ですか!? 闇魔法は知っていましたが今のは土魔法も使っていらっしゃいましたよね!?」
「うん」
凄い。彼はこれだけで話を終わらせる気です。
これは負けていられません。
「う、うんじゃないですぅ!」
けれど、彼はどうやらまだやる事があったようです。
だから私とのお話が続かなかったのです。そうに違いありません!
そう思っていたのも束の間。彼はまた真っ暗な空間から木材を取り出し…………商品棚に【木材】の文字を刻んだのです。これには私も唖然としてしまいました。
「ハハハハハ! あれだけ派手にやって木材しか売ってないのか! 馬鹿なんじゃないか、コイツ!」
「はん! 魔法が使えるからって商人が出来ると思ったら大間違いだぜ!」
当然、周りからの声も冷たいものになります。
ギャラリーは徐々に散り散りに。
けど……けど、彼は笑っていました。それは決して諦めた笑いではないと断言出来ます。
何故なら、彼があんな笑顔を見せる時、私はいつも驚かされていましたから。
ミケラルドさんの笑顔。その意味を知ったのは、翌日の事でした。
◇◆◇ ◆◇◆
「……嘘」
ミケラルド商店二号店の商品棚に刻まれた文字。
昨日は【木材】だけでした。しかし今日は【骨】、【聖薬草】、【聖水】の文字が増えていたのです。
【骨】と表記して売る事が出来るのはスケルトンの骨。これは非常に丈夫なので、
そして【聖薬草】と【聖水】……! この商品名の繋がりは……マッキリーの町にあるダンジョン。おそらく【骨】もダンジョンのスケルトンから採取したものでしょう。
そしてその価格が……おかしいです!?
【木材】――キロ単価銀貨一枚。
【骨】――キロ単価銀貨五枚。
【聖薬草】――五枚で金貨十五枚。
【聖水】――二リットル金貨十枚。
全て……ギルドが支払う金額の半分です。
これは明らかに異常。
というか、お客さんの数が尋常じゃありません。
確かに購入者は多いはずです。
何せ、ミケラルドさんのお店で聖薬草と聖水を買うだけで、ギルドの依頼をこなせますし、元金が二倍になるんですから。転売商法が成り立ってしまうのです。
これは最早……相場破壊といってもいい値段です!
「ミケラルドさん!」
「ん? おおネム? いらっしゃい。何か買う? おすすめはこの【聖薬草】百枚セット。あ、【聖水】二十リットルとかいっとく? 整理券配ってるけど、ネムなら特別に早い番号あげるよ?」
「ひゃく!? にじゅう!?」
ちょっとミケラルドさんが何を言ってるのかわからなくなりました。
セットで売っているという事は、つまり、それだけの在庫を抱えているという事。
確かマッキリーの町のダンジョンでは、一度の侵入で得られるのは【聖薬草】五枚と、【聖水】二リットルのみ。
つまり、ミケラルドさんは……それだけダンジョンを攻略しているという事。
「ん? どうしたネム?」
「た、大変ですぅうううううううううう!!」
事の大きさに気付いた私は、正面にある冒険者ギルドに駆け込んだのです。
これは、大事件です!
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