その50 リーガルのギルドマスター

 リーガルの冒険者ギルドに戻った俺は、受付嬢に依頼報告をしに来た。


「何かご用でしょうか?」


 やたら胸元が涼しそうなお姉さま。そんな印象を受付嬢に抱く。依頼を受けた時は、珍しく男の受付員が座っていたのだが、やっぱり受付には華がないといけない。

 ネームプレートを確認すると、「ニコル」と書いてあった。グロス的なものを塗っているのか、輝く唇がとても好印象です。

 薄紫色の長い髪を束ね、正面からでも見える首筋がとても好印象です。

 男を虜にするような流れる目線と、髪と同色の瞳が俺を縛って離さない。うーん、個人的にはネムよりニコルの方がタイプかもしれない。


「依頼の完了報告です」

「まぁ、あなたがミケラルド様でしたか」


 透明感のある色っぽい声も素晴らしい。是非リピートしたい受付嬢だ。

 どうやら、俺の名前は既に冒険者ギルド内で知られているようだ。

 まぁ、いきなり侯爵家の依頼を持ってきたら「誰だあいつ!?」ってなるよな。


「ご報告ありがとうございます。私はニコルと申します」

「ミケラルドです。よろしくお願いします」

「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。依頼完了の報告と承りましたが、私の間違いでなければ、ミケラルド様はつい先程依頼を受けられたばかりだったはずですが……」

「えぇ、すぐに終わったので、報告に来ました。これがランドルフ様のサインです」


 サインに目を落とすだけのニコル。

 確かに怪しいよな。調査という依頼はそう簡単に終わるものではない。何日も聞き込み、潜伏、尾行など行い、結果を出すものだ。しかし、俺はものの数時間でそれを終えた。

 ニコルがそれを訝しんでいるのも納得だ。

 そしてニコルはこうも思うだろう。「侯爵家のお抱え冒険者か」と。侯爵家のお気に入りの冒険者であれば、架空、、の依頼を出し、サインするだけで注目が集まる。そういった抜け道もあるのは確かだ。

 ただ、そうなれば冒険者ギルドからの印象は悪くなる。

 初対面ではあるが、ニコルにはあまり良い印象を持たれなかったかもしれない。


「……かしこまりました。確認してまいりますので、しばらくお待ちください」


 上の人間に確認か。そして俺のランクはC。今回は侯爵家からの依頼だ。これが受理されれば、体感ではあるが、俺はランクアップ出来る可能性が高い。

 捕まったとはいえ、シェンドの町での指名依頼もこなし、更に二件の討伐依頼もこなした。

 依頼の数こそ少ないが、指名依頼という案件は、それなりに重要度が高い。

 さぁ、冒険者ギルドはどう出るのだろうか。


「ミケラルド様、お待たせ致しました」

「いえ」

「当ギルドのギルドマスターが、ミケラルド様にお会いしたいそうです。この後お時間よろしいでしょうか?」


 そうきたか。


「……構いません」


 少なからず不満気な態度が出てしまったかもしれない。

 向こうの言い分もわかるが、正直者が馬鹿を見てしまうのは、どこの世も同じなのかもしれない。

 ニコルに案内され、俺はギルド奥にある野外スペースまでやってきた。

 そういえば聞いた事がある。たまに訓練の依頼があったりするから、冒険者ギルドには屋外に運動場のようなスペースを確保しているって。

 光魔法を使っているのか、夜だというのに周囲がしっかり見える。

 そんな訓練場の中央に立つ中老の男。

 皺の多い険しい顔付きに鍛えこまれた身体。手には一本の木剣。露出している手には無数の傷跡がある。これは恐らく全身にあるのだろう。

 佇まいからもわかる実力。

 人界に入って初めて実力者だとわかる魔力量だ。

 まぁ、人間にしては……だけどな。

 リィたんと比べてしまうと、全てが霞むからな。

 これはおそらくあのドゥムガに匹敵する実力者だろう。


「サマリア候のお気に入り……か」


 掠れつつも重く太い声だった。


「一応、どうしてそういう事になっているのか聞いておきたいですね」

「たった数時間で終わる依頼に白金貨二十枚だぞ。それを知らない訳ではあるまい?」

「知ってますけど、それは理由にならないでしょう」

「いいや、なる。侯爵家との繋がりについては言及しないが、そう簡単に上位ランカーになられては困るのだよ」

「実力が釣り合っていないと?」

「それを確かめるこの場だ」


 なるほどね、薄々気付いてはいたが、その手に持っている木剣はそういう理由か。

 俺はちらりと横を見るが、ニコルは目を伏せ、事の成り行きを見守っているようだ。

 同じ冒険者ギルドだ。少なからず俺の功績は伝わっていいとも思うが、主に活動していた場からは遠い地だ。確かに信用という部分では欠けてしまうかもしれない。

 俺は溜め息を吐きながらギルドマスターの前まで歩く。


「ほぉ、俺の前に立つか。てっきり逃げて行くのかと思ったぞ」

「公正なはずの冒険者ギルドのやり方が少し気に入らないだけですよ」

「聞き捨てならないな。冒険者ギルドが公正でないと」

「裏で実際こういう事してますからね。本来であれば俺はランクBなんでしょう?」

「……確かにそうだ。だが、不正をしていないと確かめるのも、我らの仕事だ」


 流石に向こうも譲らないか。

 ならば【交渉】を発動しながら、つついてみるか。


「それで、俺が不正をしていなかった場合、冒険者ギルドはどうすると?」

「何?」

「不正をしている……というのはそちらの言いがかりです。それを受け、ここまで来て、不正でないと証明する。『その労力に見合った対価は何か?』と聞いています」

「っ! ……面白い。では、ランクBに見合う実力を証明出来た場合、お前をランクBにして――」

「――それは元々決まっていた事でしょう?」

「……」


 ここで引いては駄目だ。この大口に見合った対価を向こうに出させないと、ギルドマスターに俺の存在感を刻み込めない。

 これは、今後行動していく上で、必要な事。

「ミケラルドに依頼すればなんとかしてくれる」という強烈な存在感をこの男に見せるには――、


「実力に見合った……という事は、俺の実力を見る事が今回の目的と思われます。つまり、あなたはランクBの実力者を測る事が出来る実力者という事になります」


 俺がそう言うと、ニコルが後ろから声を掛けてきた。


「ギルドマスターは冒険者時代、ランクSでした」

「では、俺があなたを倒した場合は?」

「豪胆……を通り越して馬鹿なのか。或いは野に隠れていた大物か。それは俺が判断する。が、いいだろう。俺に勝てた場合、ギルドマスター権限で、お前をランクAにしてやる」


 これ以上ない条件。

「ランクS相当の実力者に勝てたのだからランクSにしろ」だなんて、流石に烏滸おこがましい。それに俺はちゃんと説明を受けている。信頼と実績がランクを上げると。

 この交渉で二ランクも上がるのであれば、それは最高の条件だという事だ。


「ありがとうございます。それじゃあ早速やりましょうか」

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