その17 水龍リバイアタン

 ◇◆◇ リバイアタンの場合 ◆◇◆


 困った…………本当に困った。

 誇り高き龍族たる者、約束を違える訳にはいかない。

 我が名は水龍リバイアタン。海の王者にして海を統べる者なり。

 住処から近くの渓谷で魔族が現れる度に屠ってきたが、まさかこんな事態になろうとは思っていなかった。

 黒銀の吸血鬼を見つけた時はどう屠ってやろうかと楽しみだったが、こやつめ、「可愛い女の子に手を握られながら柔らかいベッドの上で死にたい」だと? 尚且つそれは天寿を全うしてからだ? 吸血鬼が一体何年の寿命を持っているか知っているのかこの子供は?

 見ればまだ生まれて数年という体躯だ、つまり我は…………この者が天寿を全うするまで待たなければならないのか!?

 それも……外敵から守らねばならぬ。外敵に殺されたらそれは天寿ではない。いや、そう受け取る者もいるかも知れぬが、我はそうではない。

 ならばこの吸血鬼の子供…………今この場で、死なせてはならぬな。

 ふむ…………眠っている時は中々い顔をするものだな。我の前で額から血を流す程伏していた時の形相とはまるで別人だ。

 さて、どうしたものか。

 この子供、我から逃げていたとはいえ、橋の先に行こうとして落ちたとなると……向かう先はこっちか。

 ならば我が連れて行ってやるか。ふふふふ、起きた時の顔が見ものだな。

 きっと今とは違った顔になるに違いない。

 …………………………ふむ? こういった感覚は初めてかもしれぬな。

 面白い。

 ならばこの余興、楽しんでみようではないか。


 我は子供の衣服を爪で摘み、オリンダル高山がある東へと向かい始めた。

 魔力を極力抑えていたせいか、魔力酔いし、意識を失っていた子供はすぐに目を覚ました。


「う……うぅ…………ここは?」

「ふふふふ、吸血鬼の子供よ……今、我が――――」


 おかしい。我の顔を見て、吸血鬼の子供は……また気を失った。

 むぅ、納得がいかんな。

 オリンダル高山のふもとまで来ると、正面には魔族程の大きさであれば通れるような洞窟があった。

 ぬぅ、我のこの身体では通れないな……。さて、どうしたものか……む?

 強い魔力を感じるな? いや、これは魔力というより個の力。足運びがタダ者ではない。

 面白い。

 この先ではなく……上の方におるな。ふむ、上ってみるか。


 ――――………………ほぉ。リザードマンにハーフエルフとはまた珍しい。


 ◇◆◇ ジェイルの場合 ◆◇◆


 くっ、まさかこのような展開は想定していなかった!




 ◇◆◇ ナタリーの場合 ◆◇◆


 何……この蛇のお化け……?




 ◇◆◇ ミケラルドの場合 ◆◇◆


「……うぅ……あ、皆……おはよう」

「「ミック!!」」


 おかしい、何でジェイルもナタリーもそんな動く怪物を見るような眼で俺を見るんだ?

 いや、この視線、俺に向いてないぞ?

 もう少し上か? ん? ……あれ、何で俺、宙ぶらりんなんだ? 何かに……掴まれている?


「起きたか、吸血鬼の子供よ。名前はミックというのか。しかと覚えたぞ」


 …………なんかいる。


「む、どうやら今回は気絶しないようだな。我の魔力操作のおかげだろうな。ふむ、なるほどこのバランスか」

「お、おはようございますリバイアタンさん。良いお天気ですね……」

「かなり雪が降っているが……、魔族の世界ではこれが良い天気なのか?」

「は、ははは、ほんの冗談ですよ」


 お、思い出したぜぇ……。

 そうだった、俺はリバイアタンと対面して、トンチな一言を言い放った後、魔力酔いしてぶっ倒れたんだった。

 どうやら、この蛇っぽい水龍リバイアタンは、俺をここまで運んで来たみたいだな。

 …………なんで?


「ところでミック、こやつらは敵か? それとも……敵か?」


 味方という選択肢はこのお方にはないようだ。

 いかんいかん、早くなんとかしなくては。


「味方です。左で震えているハーフエルフがナタリー、右の剣を構えているのがジェイルです」

「ほぉ、我はミックを守護せし水龍リバイアタンだ。貴様らがミックに刃を向けた時が貴様らの最後の時だ。その事を忘れるでないぞ?」


 何故そういう事になったんだ?

 …………あぁ、もしかしてあの願いを叶えてくれるのか? え、マジで?

 七つの玉を集めてもいないのに叶えてくれるとか……トンチってすげぇわ。


「だ、大丈夫なのか?」

「て、敵じゃないのね……よかった……」


 二人ともどうやらスパニッシュから逃げられたんだな。

 目立った傷はないし、凄いな。ナタリーは戦えないだろうし、ジェイルがうまくやったんだろう。



「と、とりあえず降ろしてもらっていいですか?」

「ふむ、ならば我も、そろそろミックに合わせなくてはいかんな」

「へ、どういう事です?」


 俺はリバイアタンにナタリーたちの横に降ろされた。そしてリバイアタンが静かに目を瞑った。

 なにこれ、目が開くと怪光線でも出てきそうだぞ?

 そんな事はお構いなしという様子で、リバイアタンの巨体は光に包まれた。

 そしてぐにゃりと姿を変え、ジェイルより少し小さい球体となった。


「こ、これは……変態か!」


 ジェイルが変な事を言ってるなーとか思ったが、文字通りの変態って事か。

 ヘンタイではなく変態。姿を変えるって事だ。

 凄いな、水龍ってのはこんな事も出来るのか。

 光りが歪み、薄れ、ヒトの型となった時、俺の前には水龍リバイアタンはおらず、露出魔もびっくりな程の裸体美人が現れた。

 褐色とまではいかないが濃い小麦肌、サラサラの青い髪の毛。整った顔立ちにシャープな顎のライン。

 水龍の変態だからか、不思議とどこか高貴なオーラを感じる。

 ナタリーは目を両手で覆い、俺の目は輝いた。いや、目を疑った。


「……ふむ、こんなものか?」

「こらミック、見ちゃダメよ!」

「ぐぇ! ちょ、首がねじ切れるところだぞ!」

「ほぉ、小娘。貴様ミックの敵だったのか?」


 紅の双眼がナタリーを捉える。がしかし、ナタリーは負けずにリバイアタンを睨んだ。


「いいから何か着てちょうだい! ミックの目に毒でしょ!」

「何、そうなのか!? し、しかしどうすれば……」

「はぁ……これを使え」


 ジェイルが持っていた荷の中から二枚の手ぬぐいを出した。

 リバイアタンが受け取ると、ぎこちないながらも――――


「見ちゃダメ!」

「だから痛いってば!」


 着替えとも言えない着替えが終わり、再びリバイアタンを見上げる。

 下から見える下乳が最高だと思います。はい。

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