その12 目指せ人界!

 俺とナタリーは、その夜ジェイルの小屋を訪れていた。


 俺はドゥムガの血を吸った事を覚えていなかったが、ジェイルがそれを指摘し、ドゥムガを【呪縛】で操った。

 命令して犯人を聞くと、やはり主犯はスパニッシュ。ドゥムガは、俺を生後三年、、の子供だと言っていた。ジェイルでさえもそう思っていたそうだ。

 しかし俺は生まれて三ヶ月。この事実や寄生転生の事を聞いたジェイルが色々教えてくれた。

 ワラキエル家は子孫がいないため、周囲の魔族から四天王の座を狙われていた。それが原因でスパニッシュは焦っていたのだと。だから俺を召喚したのだろうと言っていた。

 なるほどなるほど、あの時俺は生まれて間もなかった。だからアンドゥは俺の知力がまだ低いと思って、口を滑らせて寄生転生の事を話したのか。

 本当の三歳児であれば、過去の記憶がなくても不思議はないし、多少口を滑らせてもいくらでも誤魔化せる。

 他の使用人には、かねてから病弱だったと言っておけばいいし、馴染みのある魔族にも言い訳は立つ。

 俺を子孫とし、ワラキエル家の地盤を安定させておけば首の皮が繋がると。

 そして不安定な俺を、なんとか完全な魔族にしようとした。

 なぜなら周りの目を気にしたからだ。

 人間の食事にハーフエルフの奴隷。これが名のある魔族の子息となると、ワラキエル家はまた不安定になる。

 完全な魔族にしてしまえば、管理もしやすいし、周りの目を気にしなくて済む。

 なんでも、意識のないまま覚醒し、我を失った人格は、闇魔法で操れるという話だ。

 ……ジェイルが引き戻してくれなかったら危なかったな。マジで。

 今回の事は俺が必要以上に周りを避けていた事も原因だろうが、生まれて早々あんなスプラッターを見せられては仕方ないだろう。


 そしてジェイルは指摘した。

 魔族が伝説級の光魔法を使ったと知れれば、ワラキエル家は終わりだと。そんな魔法、使ったつもりはないんだがな。

 ジェイルは、間もない内にアンドゥが俺を殺しに来ると言うからビックリだ。

 すぐに身支度を整えて、ナタリーを連れてジェイルの小屋を訪れた。

 なんでもジェイルの命も危ういらしい。あの現場にいた者は、全て殺されるという。口封じというやつだ。

 今、魔界にいる事は危険だという助言に、俺たちは早急に家出する事になった。計画もクソもあったもんじゃないが、これは仕方ないだろう。

 ドゥムガを解放した時、奴は「殺さないのか?」と聞いてきたが、「趣味じゃない」とだけ伝えたら変な顔をして去って行った。あいつも逃げるのだろう。


「坊ちゃん、よろしいですか?」

「大丈夫ですが……もう坊ちゃんじゃないでしょう?」

「では何とお呼びすれば?」

「ミックでいいわよ。ね、ミック?」


 ナタリーはそう言って俺の肩をポンと叩いた。


「うん、ミックでお願いします」

「私もナタリーでお願いします。いつまでも娘や小娘じゃ嫌だもん」


 ちょっと意外だが、ナタリーはどうやらジェイルの事が気にいったみたいだ。

 年上だがまるで友達のように話しかけている。いや、友達になった……か。


「……俺が怖くないのか?」


 顔以外は怖くないです。


「どうしてです? ミックの先生なんでしょう? それにさっきミックに協力して私を助けてくれたんでしょう?」


 渋い顔をしてジェイルが何やら考えている。ちょっと意外だったのだろうか?

 何かジェイルの顔の表情がよく読み取れるようになった気がするが……まぁ、今はそんな時じゃない。


「では、急ぐぞ、ミック、ナタリー!」

「「はい」」

「ナタリーは俺が担ぐ。ミックは出来るだけ離れないで付いてこい」


 おう、いきなり難問だな。

 俺がナタリーの窮地に急いでた時、涼しい顔で追ってきたのはどこのジェイルだったか?


「行くぞ!」


 あぁ、ここのジェイルだ。離れるなと? ……無理なんじゃなかろうか?

 いや、まて。俺はアイディアマスターメイドインジャパンだ。魔法とかそういうので速度の強化をすればいいんじゃないか?

 イメージだ。多分追い風みたいなものを背中に感じるイメージをして、身体を軽くするような……そんな魔法を。


「おっ! いけそうな感じ!」


 身体が緑光に包まれ、そして消えて行く。

 これでかなり軽くなったぞ。


「ほぉ、ヘルメスの靴か。上位風魔法とはなかなかやるな」


 ぬぅ、既にある魔法だったか。

 いや、いつか俺のオリジナル魔法を完成させてやる。一つ野望に追加しよう。


「ミックかっこいい~」

「褒めるな褒めるな。そんな余計な事話してると追いつかれちゃうぞ?」


 その言葉に、ジェイルが走りながら後方を気にする。

 確かに迅速に行動したが、俺たちはこれからどうしたらいいのだろうか?

 計画の一つ、「ある程度成長したら家出する」ってのはこんな唐突だったが、俺は一体どうしたら?

 目標としては、まずナタリーを人界に戻してあげなくちゃいけないだろう。だが土地勘がないからなぁ。

 ジェイルを頼りにしたいが、ジェイルに人界を案内してもらうと別の意味で危険だしな。ちょっと考えなくちゃいけないぞ。


「この後の対策を決めておくぞ」

「というと?」

「おそらくスパニッシュとアンドゥが俺たちを追ってくる。情報漏洩を防ぐために、それ以外の人員を使う事はない」

「スパニッシュがっ? 相手は魔族四天王ですよっ? どうやっても逃げられないんじゃ!?」


 より確実にという事か? アンドゥ一人だけでも十分な気がするが?

 しかしスパニッシュが追って来るとなると……俺終了のお知らせだな。


「スパニッシュ一人であれば俺一人で振り切れる自信はある。戦って勝てなくても逃げられれば結果的に勝ちだからな」

「……ジェイル先生って、実は凄い人だったりします?」

「凄いかどうかはわからないが、かつてリザードマン種を、次期十魔士候補に押し上げた事があるな」


 そりゃとんでもないお方だわ。


「それは……どんな功績で?」

「勇者を殺した」


 ここに魔族の勇者がいた。

 いるのかこの世界!? 勇者が!? いや、いたのか?

 勇者というくらいだ。王様の前で復活するタイプの勇者かもしれない。

 そうだとしたら是非お近づきになりたい。会った瞬間に斬られちゃうかもしれないけどな。


「そ、それは凄い。頼りにしてます。しかしどうやってスパニッシュを?」

「それはこちらが聞きたい。元十魔士の一人、アンドゥからどうやって逃げるつもりだ? あれでいて現ダークマーダラーの頭首『サイトゥ』より強いぞ」


 ダークマーダラーのネーミングセンスは一体どうなってるんだ?

 それにしてもジェイルのこの言い方……。


「え、もしかして別れる感じです?」

「各個だからこそ逃れられるのだ。もうすぐ正面に大きなデモンズツリーが見える。そこで俺は右、ミックは左に向かえ」


 やっぱりか! ナタリーはジェイルが背負うしかないし俺一人で左に行くのか。

 で、でも、デモンズツリーまでは前に行った事があるけど、それ以上はわからないぞ? ……しまった。魔族領地内でも土地勘がないじゃないか、俺。


「どこで落ち合うんですっ?」

「『オリンダル高山』を目指せ。左に行っても右に行っても、オリンダル高山が見える場所までは道なりだ。高い山だからすぐにわかる。だが、途中の『なげきの渓谷』には絶対に入るなよ。あそこはアンドゥよりも厄介なモンスターがいる。魔族でも絶対に近づかない場所だ、もし途中の崖にでも落ちたら俺は助けに行けないからな。いいか、絶対に落ちるなよ!」


 オリンダル高山よりもなげきの渓谷の説明の方が長かったのは気のせいだろうか?


「じゃ、じゃあ俺が右に行くって手段は?」

「右はもっと危険だ」

「左に行きます!」

「あ、あれがデモンズツリーね! ミック、絶対死んだらダメだよ!」

「おう!」


 俺たちの前には、超硬度の大木、デモンズツリーが見えた。

 どす黒い幹に灰色の葉、気味の悪い枝の生え方。幹周七、八メートルはあろう木だ。

 ジェイルは俺の背中を強く叩いて右に向かった。右の道の奥には崖で挟まれた細道が見える。

 その上には……無数の何かが空を飛びかっていた。あれは……飛竜か! 小さいが身体が真紅、炎系のドラゴンだろうか?

 そうか、こういう理由か。確かにあれは俺じゃ無理だろう。

 だが、ナタリーは大丈夫か? ジェイルが大丈夫って言うからには大丈夫なんだろうが、さすがに心配だな。

 さて、まずは俺が生き残らなきゃダメなんだろうな。死にたくないが、一回死んでる身だと不思議と身体が震えないもんだ。

 相手はアンドゥ。

 ジェイルからの情報だけで判断すると、ダークマーダラー種の中で最強の男。

 生後三ヶ月の俺は一体どうすれば……。そういえばドゥムガの奴がダイルレックス種の第五席だとか言ってたな?

 あの時はドゥムガがかなり油断していたから倒せたが、互いが本気で対峙していたらどうなっていたかはわからない。いや、勝てなかっただろう。

 しばらくそう考えながら走っていると、正面に大きな橋が見えた。

 頑強そうな橋だ。幅は広く軍隊だって通れる程だ。その代わり、手すりがない。

 橋の数十メートル下には渓谷が見えた。これがジェイルの言っていた『なげきの渓谷』か?

 見た感じ普通の渓谷だが……いや、ここからはわからないだけだ。ここじゃないにしても渓谷っぽい場所では細心の注意を払おう。

 俺がそう考えながら橋を渡っていると、前方に大きな影が見えた。

 あの巨体……――、ドゥムガッ!?

 橋と道との境目で仁王立ちするドゥムガが、俺を睨むように見ていた。

 マズイな、こんな場所でやり合っても負けるだけだ。後ろからはアンドゥが追って来ているはず。

 かわして逃げ……れる訳ないか。


「……よぉ、クソガキ」

「どうも……」


 変だ、狙っているわりには怖さを感じない。

 殺気がないって感じなのか? そういったものはわからない環境で育ったが、何かこう……不思議な感じだ。


「お前がこっちって事は、ジェイルの野郎がワイバーンの巣に向かったんだな? ふん、どうやら当たりを引いたみたいだな」

「……当たり?」


 確かに勇者キラーのジェイルが相手だとドゥムガは厳しいだろう。

 油断していたとは言え俺が下したやつに俺の師匠が負けるはずがない。


「ジェイルの野郎には必ずスパニッシュが当たる。って事はガキにはアンドゥ。アンドゥならここで戦い致命傷を与えられれば逃げ切れるだろうよ」

「逃げるという選択肢は?」

「追いつかれない自信があってこその逃亡だ。それ以外は時間稼ぎにしかならんさ。だから俺と、ガキ。この二人ならアンドゥを叩けると踏んだのさ」


 ……はて、今なんと?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る