その7 特殊能力と決意

血痕けっこん理混りこん】を読んでみると、吸血鬼の様々な事が記されていた。

 なになに……吸血鬼は人間、エルフ、ドワーフの血を吸い生きる種族です。男は人間の雌を。女は人間の雄の血を好みます。

 苦手なものは光属性の魔法……って魔法あるのかこの世界っ! え、ちょっと胸アツだろこれ!

 おっと、続き続き。えーっと、吸血鬼は闇魔法を得意とし、風魔法、雷魔法が使えます。

 特に雷魔法は便利。人間を攫う時、効果音としても使え、雰囲気が向上します。

 風魔法は窓から侵入する時、闇魔法は雷魔法と併用して闇から現れる時に使用すれば良いでしょう。

 ……魔族は攫う時に演出までこだわるのか?

 ふむ、魔法については後半記すとあるな? これは楽しみだ。


 お、特殊能力が書いてあるぞ。

 吸血鬼の能力は大きく分けて三つ。


 その壱、『血の解放』

 いきなり怖い名前だな。えーと、体内の血の流れを操作し、驚異的な力と速度を生み出します。

 ……どこかで聞いたような能力だな。

 闇魔法と併用すれば神出鬼没の吸血鬼が完成します。是非一度お試しください。


 その弐、『血の呪縛』

 噛み、その血を吸った相手であれば操る事が可能です。

 ただし、吸血鬼は一度獲物に吸いつくと、必ずと言って良いほど死ぬまで血を吸ってしまいます。

 吸血鬼一族の長い歴史の中でも、その力が発動された事は数える程しかありません。

 ポピュラーな能力だと思ったら、本能がそれを邪魔して使えないパターンが多いって事か。


 その参、『血の超能力』

 血の~っていらないだろこれ。

 くそ、まぁいい。なになに、超能力は吸血鬼の特殊な感覚で起こす魔法に似た力です。

 一つ、サイコキネシス。

 一つ、テレパシー。

 一つ、チェンジ。

 この三つの能力が一般的とされています。稀に他の能力が使える者も確認されています。

 二つは聞き覚えがあるが、チェンジってのがわからないな。

 とりあえずまずは魔法の詳細から――って、何だこのページ?


 ……天敵について。

 魔族四天王になれる程の一族に天敵だと?

 これは確実に押さえてた方がいいだろう。

 吸血鬼の苦手なものと言えば、思い当たるもので、太陽光線や十字架、炎とかだろうか。

 でも俺は、太陽の真下に建ってる家に住んでいるし、実際に日の光が当たっても問題ない。それに最初に苦手なものは書いてあった。光魔法というなら納得だ。

 しかしここには「天敵」と書かれている。おそらく外敵という事だろう。吸血鬼の天敵とは……一体何者だ?


 ここに、先代、ジョエル・ヴァンプ・ワラキエルの手記より抜粋したものを記す。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~


 今日は太陽が隠れ、雲に覆われた日だった。

 私は趣味である読書をするため、近くにある森へと向かった。

 その森の奥には湖があり、私はその近くの木陰で本を読むのが好きなので、今日は、お気に入りの小説、「夢と現実と理想郷」を読んでいた。

 半分ほど読んでいただろうか? ふと空を見上げると、少しだけ太陽が見えていた。

 しかし、すぐにまた雲で覆われ、今日はこのままこんな日になるのだろうと思った。

 その時、後ろの茂みがガサガサと動いたではないか。

 この森のモンスターは粗方駆逐したと思ったが、どうやらまだ私の恐ろしさをわかっていないらしい。

 どれ、さっさと殺して本の続きでも読むとしよう。

 何故かこの時、背中がぞくりとしたのを覚えている。


 茂みから現れたのは、茶色いスーツに太陽の紋章が入ったシルクハットを被った男だった。

 魔族……ではない。同族であればわかるはず。しかし人間ではない。

 何だ……? 顔が……人間が薬味に使うとされるにんにくという野菜の……皮みたいなもので包まれている。

 首からは十字のアクセサリーを下げ、炎の色のネクタイを締めている。

 身体が危険を知らせている。この感覚……よく覚えている。以前、謁見の間であのお方とお会いした時と同じ感覚。

 本能が知らせる。


 ――こいつは……ヤバい。


 私は逃げた。この魔族四天王の一人、ジョエル・ヴァンプ・ワラキエルがモンスターに対して背を見せたのだ。

 だが、今でもそれが正解だったと思っている。

 奴の異常な程のプレッシャー。あれは強い。この私よりも。そして奴は私に恐怖というものを教えた。

 屋敷へ逃げる中、人語を解すのか、奴の言葉を背中で聞いた。


「我が名はクロス・ファイア・ガーリック三世なり!」


 我が有能なる子孫よ、の者の名前を忘れてはならぬ。

 絶対に……絶対にだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……十字架クロスファイアにんにくガーリック太陽世とはね。

 うまく詰め込んだ感じの名前だが、こんなモンスターが本当にいるのか?

 手記の抜粋を見る限り、異様な姿だという事はわかるが……いや、これは覚えておいて損はないだろう。

 しかし、この「あのお方」ってのは誰だ?

 謁見の間という事は……やはり、いるのか?


 おっと、魔法魔法っと。

 吸血鬼にとって初級が風魔法、中級が雷魔法、上級が闇魔法という事だ。

 闇魔法が得意とか最初に書いてなかったか? 上達すればそうなるのだろうか?

 これは種族毎に違うそうだ。

 たとえば……竜族なら火魔法が一番簡単に覚えられるみたいだな。

 ま、最初は風魔法からか。


 風魔法とは風を操る魔法の事である。

 魔力さえあれば、得意の魔法を発動する事は可能だが、魔力を具現化する能力に秀でていないと使う事は出来ない。

 恥ずかしい事だが魔族の中でも魔法が使えない者もいる程だ。

 優秀な我が子孫であれば、この程度容易なはず。是非魔法を習得して欲しい。


 風をイメージしろ。内包する魔力に身を委ね、周囲の空気にその魔力を与えるのだ。

 刃をイメージしろ。空気はやがて鋭利になり、風の刃と化すだろう。

 力をイメージしろ。風刃はお前の魔力で動き、お前の心一つで解き放たれるだろう。


 さぁ放て。


「……ぬん!」


 ガタンと音を出したのは眼の前の本棚。

 あ、やばい倒れる。そう思った矢先に、書庫内に大きな音が響き渡る。

 真っ二つに切れた本棚の端は、かなり鋭利に尖っていた。


「で、出た……」


 自分が魔法を放った感動で、俺はその場に放心してしまった。


 が、

「……こりゃ人が、っていうか魔族だけど、使用人が来ちゃうな」


 そう思い、俺は書庫を飛び出して部屋へ向かった。

 幸い誰にも見つかる事はなかったが、屋敷の中は少し慌ただしくなった。まぁ、当然だよな。

 本だけは持って来てしまったので、犯人追跡魔法みたいなのがないと助かる。

 バレたら……DOGEZAだな。つーか魔法が出るかもしれないのに書庫で使用するとか俺はバカか!?

 いや、バカだったな。だから不注意で死んだんだ。

 事故っちゃ事故だが、女子高生の太ももさえ目で追わなければあんな事にはならなかったはずだ。


 部屋へ戻って数分後、アンドゥが部屋へ入って来た。

 勿論、俺は勉強中を装い、机の上で書き書きしている。夜中だが最近はずっとこんな感じなので、アンドゥも怪しがるという事はないだろう。


「ミケラルド様、何やら賊が浸入したようです。安全が確認されるまで、しばらくはわたくしがお部屋の警護を務めます」

「あぁ、そういえば変な物音がしましたね。怪我人はいませんか?」

「配下へのお気遣い感謝致します。賊は高位風魔法の使い手のようですが、幸い怪我人はおりません。ミケラルド様は安心してお休みくださいませ」


 高位……だと? これは有難い才能という事か?

 いや、仮にも魔族四天王の息子だ。これくらいなのかもな。

 こりゃ計画の実行は中々早く出来そうか? いやいや、まだ不十分な事が多い。ナタリーもいる事を考えなくちゃいけないからな。


「では、私は外に控えておりますので、御用の際はお呼びくださいませ」


 そう言ってアンドゥは扉を閉めた。

 こういう時はジェイルじゃなくてアンドゥが俺に付くのか。確かに敵意ある者が近くにいるとなると、信頼が厚い者を寄越すか。

 これはスパニッシュの指示なのか? だとしたらちょっと愛を感じてしまうところだが、はて?


「ちょっとちょっとっ」

「どうしたの、ナタリー?」


 ナタリーは普段俺のベッド脇の床で寝ている。本当はソファーやベッドを提供したかったんだが、奴隷にそんな事したら家の品格というか家名みたいなそういったものに傷が付くとかなんとか。

 ナタリーも不自由していないそうだがやはり男として少し心配。

 少女と言えど女の子と同じ部屋で寝るというのは少し不安があったが、別に何が起きる訳もない。

 俺は三歳、相手は十一歳。そう、俺は何も起こせない年齢だし、不思議とそういった欲情は湧かなかった。興奮という意味ではあるにはあるが、三ヶ月も一緒の部屋で寝ると慣れるものだ。

 そのナタリーちゃん、どうやらこの騒ぎで起きてしまったみたいだ。

 しかし、ある程度状況がわかっているのか、俺に小声で話しかけてきた。


「この騒ぎ、絶対ミックのせいでしょ」

「……よく気付いたね」


 このミックというのは俺の愛称で、ナタリーが考えてくれたんだ。

 勿論、この部屋でだけ使われている愛称で、ひとたび扉から廊下に出れば「ミケラルド様」になる。

 初めは「ご主人様」だったんだが、さすがにそれはよろしくないと思ってこうなったんだ。


「そりゃ気付くわよ。夜中にこそこそ出歩くのなんて初めてだったからね」

「あぁ、その時にもう気付いてたのか。てっきり寝てるのかと思ったよ」

「一体何してたの?」

「書庫で魔法の試し打ちをしてみたんだ」

「……場所を間違えるにしても程があるよね?」


 まったくもってその通り。

 何の言い訳も出来ないから開き直ってみた。こうして話してみるとナタリーはかなり年上という印象を受ける。

 十一歳といえば地球では小学五年生とかそこら辺だろ? やっぱりこういった世界だと自立も早いから精神的な成長も早いのだろうか?

 そういえば、俺はナタリーの血を吸って……ナタリーは生きている。

 という事は、解放・呪縛・超能力の内の【呪縛】が使える対象者という事か。

 だが、さっきの失敗もある。今はやめておいた方が……よし、今やろう。思い立ったがなんとやらだ!

 えーっと、特殊能力のページは……っと。


『血の呪縛』について。

 使用方法は魔力を込めた瞳で対象者の瞳を見る。すると対象者との意識同期が行われる。この時、対象者は意識を失います。

 その時にあるじの命令を意識内に落とす事で発動する。


 ……ふむ。という事は遠隔操作が出来ないのか。目と目で通じあった時しか命令を出せない。そういう事だ。

 いや、待てよ? この縛りは【超能力】のテレパシーさんでなんとか出来ないものか?

 どれどれ……あった。『血の超能力』について。

 テレパシー。魔力を用いずイメージ力で発動します。

 発動条件は対象者の顔を知っている事である。頭で語りかける事で会話が可能であり、対象者がテレパシーを使えなくても問題ありません。

 んー、なら先にテレパシーをテストして、テレパシー内でナタリーを操る事が出来たら成功って事だな。

 順序が逆になってしまうが、これなら問題なさそうだな。


「それ、何の本なの?」

「イメージ……イメージ……ぬんっ」


『ナタリー、ナタリー、聞こえる?』

「っ! これは……」


 出来た出来た。これはちょっと感動かもしれない。

 ん、何か、ナタリーはそこまで驚いていないようなリアクションだな?


『テレパシーね。ミック、あなたも使えたの?』

『ありゃ? そこまで珍しい能力でもないのか……』

『パパが使えるのよ。エルフの中でも稀にそういった能力をもった者が生まれるの』

『え、だったらナタリーに連絡が来ないとおかしくないか?』

『ミックは知らないでしょうけど、魔族の領地と人間の領地では、互いに干渉出来ない魔力のズレがあるのよ。だから人間の領地にいるパパのテレパシーは、ここへは届かないの』

『ふむ……それはいいことを聞いた』


 計画を実行しても多少は時間稼ぎが出来るという事だな。


『それより何でいきなりテレパシーを?』

『あぁ、そうだった……』


 よし、イメージ。イメージだ。心の中でナタリーをイメージして、イメージのナタリーに、同じくイメージの俺を向かい合わせるイメージ。混乱しそうだが、これで……魔力をイメージ内の俺の瞳に……込めるっ!

 瞬間、眼の前にいたナタリーの目が虚ろになり、生気を失った。

 お、これは成功か? 命令を出せばいいんだよな。


『ナタリー、ペンのインクが切れた。新しいものにしろ』


 そう命令すると、ナタリーは机の端に置いてある新品のインクをすっと取り、俺の前に差し出した。

 おぉ、ちゃんと出来てる。いや、けど普通の頼みごとならナタリーはやってくれるはず。

 ナタリー自身も訝しむようなそんな命令をしなくちゃいかんな。

 不純な命令しか出てこないが、生前の日本は簡単な命令を歴史の中で紡いでくれたのだ!


『ナタリー、三べん回って……ニャーと鳴け』


 すると、ナタリーはくるくるとその場で回るではありませんか。逡巡する事もなく。

 ワンだとうるさそうだしアンドゥが部屋に入って来てしまうかもしれない。

 だからこそのニャーだ。ちょっと見てみたかったしな。


 そして三回を終えると……、

「ニャ~……」

「…………」


 可愛い。

 が、何だろうこの気持ちは。何かこう……背徳感で一杯ですっ。

 ま、まぁ、これでテレパシー経由の【呪縛】が発動出来るとわかったんだ。

 まだナタリーにしか出来ないが、そのうち……いや、けどまた血を吸うのもアレだな。

 ミケラルド軍団なんて作れそうにもないけど、何かの役には立つだろう。

 えーっと、解除解除。あぁ、これもイメージか。……そういえば魔法もイメージで出来たよな。

 もしかしたら魔力を込めたイメージが魔法発動や特殊能力で、単純なイメージが超能力なのだろうか。


「……あれ? 今までテレパシーで話してなかったっけ?」

「お、おいおい大丈夫か? ちょっと疲れてるのかもな。休んどけ休んどけー」

「う、うん……そうする」


 ナタリーはそう言うと寝床へと戻って行った。

 なるほどな。【呪縛】に掛かっている時の記憶はないのか。ちょっと焦ってしまったぜ。

 これも使いようによっては良いものかもしれない。

 俺はナタリーが寝床につくのを見守ると、机に目を戻し、今度は本を見ずにインクの瓶に向かってイメージを放った。

 前触れもなくふわりと浮かぶインク瓶。なるほど、俺の推察はあながち間違っていない訳か。

 さて、今夜はこんなものか。【解放】や【超能力】のチェンジってのはまた明日だな。

 俺もそろそろ眠くなってきた――って、ん?

 何だ、最後に何か後付けのように記されているな?

 どれ……。

 何だこれ? 血鎖の転換ブラッドコントロール……この力を使える者はいない。

 だが、例外が一人。魔王様はこの力をもって我々を統一した。なんとも恐るべき力である。

 たとえ勇者が現れても、この力の前にはひれ伏すしかないだろう。

 力の詳細は不明だが、血を操作する技術だという事がわかっている。なればこそと、血で操る吸血鬼一族である我々が使えると思ってここに記すが、やはり誰も使えなかった。

 願わくば我が子孫に、この力が宿らん事を。    ~ヨハン・ヴァンプ・ワラキエル~


 …………やっぱりいるんですね、魔王様。

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