半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~
壱弐参
第一部
プロローグ
朝、目が覚めると、外の電信柱の辺りから、雀の鳴く声が聞こえてくる。
ちゅんちゅんちゅんちゅんと、よく鳴くもんだ。
部屋の隅にあるゴミ箱からはいつもの異臭。食べ残した弁当に、何ヶ月か前に開けた炭酸飲料、それが腐ったのだろう。
分別? 知ったこっちゃない。超高熱で焼けばみんな燃えるゴミだ。
朝日がうざったい。
遮光カーテンから漏れる光が俺の睡眠という超絶楽しい娯楽を終焉へと運ぶ。
外で楽しそうにきゃっきゃと話し歩いているであろうガキ共がうるさい。
俺にもあんな時期があった。
昔は女の子にも「勝ちゃん、勝ちゃん」と、呼ばれたものだ。
それが今はどうだ?
ビール腹で、ぶくぶくと肥り、運動部時代に培った肉体はいつの間にかただの豚肉になった。
適当な職をぶらつき、今は中途半端な時間のコンビニ店員。年下の先輩に影で何かを言われ、俺のレジの前には客がろくに来ない。
見ず知らずの人間まで俺を避けるようになっちゃ終わりだと思う。
いや、今更愚痴を言ったってしょうがない。
愚痴なんてもんは読んで字の如く、愚か者が吐くものだ。まぁ、今の俺が吐いても問題はないかもしれないがな。
――あぁ、やり直したいな。
よく小学生の頃、「今の腕力のまま幼稚園の頃に戻りたい」とか思ったっけ。
中学生の頃も似たようなもんだ。
高校の頃、ラノベで読んだ「転生」に憧れた。あれの究極系はこういう事なんだろうなって思ったさ。
――あぁ、やり直したいな。
そんな事を思ってもやり直せる訳もない。
死んで輪廻転生? 冗談じゃない。そんな保障はどこにある?
夢なんか見ないで、日頃の溜まったストレスを、散財やゲームに費やす事しか俺には出来ない。
あぁ、また今日も
重い身体を起こし、先月よりきつくなったジーパンと靴下を穿く。
パッツンパッツンのTシャツを着れば、俺の戦闘服の完成だ。
オンボロアパートを出て数百メートル。少し息切れするが、この身体でも十分に通える勤務場所。それが俺のバイト先だ。
店の自動ドアを通れば、また同僚に冷ややかな眼を送られるんだろう。そんな視線にももう慣れた。
あぁ、この角を曲がればバイト先だ。ようやく座れる。
ふと、少し先に眼をやると、歩道橋を上る女子高生の姿が見えた。
おぉ、見えそうだな……これは朝からついてる。……そう思った時だった。
歩道橋の下を通った黒いセダンが、ガードレールの隙間を縫うように俺に向かって猛然と進んで来た。
危ない! と思った時には…………――全てが遅かった。
黒いセダンと衝突する瞬間に見えたフロントガラス越し。半開きの目で力無くハンドルを持つ女の姿。
そうか、眠かったのか。
そりゃ仕方ないな。
おめでとう、君は近日交通刑務所行きだと思うよ?
せいぜい不味い飯でも食って自分の睡眠不足を後悔すれば良いと思う。
そんな感じで元を辿ったらブラック企業とかに行きつきそうな現代日本だがな。
そんな風に思っていたら世界がぐるぐると回り始めた。
後転より難度の高い空中前転だ。これは伸身かもしれない。
中学校の機械体操の時間に、女子の気を引きたくて練習した時期もあったっけ。
顔面からマットに突っ込んで鼻血を出してからはやめたけどな。
三、四、五回かな? それくらい回った後、俺の視線の先は黒く冷たいアスファルトで終えた。
鈍く気持ち悪い音と一緒に。
最後に聞こえたのは、そう。見えそうだなとか思ってた女子高生の…………悲鳴。
――あぁ、やり直したかったな。
◇◆◇ ◆◇◆
掲げよ魔力! 捧げよ生け贄を!
紡げ血の連鎖! 開け闇の扉!
強烈な念が支配する空間に一人の男。
顔は青白く、口から漏れるのは白く輝く二本の犬歯。
男の正面には闇の扉が開かれ、中からは絶望の遠吠えが聞こえる。深い闇色、腹の底に響くような重厚な声。
床には何らかの血で描かれた牙のシンボル――魔の刻印が光り、闇の扉と共鳴している。
りんと震える部屋で、男が微かに笑う。
男は魔の刻印の上に立ち、力強く握った拳を正面に差し出した。
握り拳の小指の先から垂れた鮮血。真赤な雫が魔の刻印の中央に一滴、また一滴と落ちる。
瞬間、禍々しく光った刻印に向かって、闇の扉から得体の知れないナニカが飛んできた。
肉塊にも見えるソレは、細く少しずつ刻印の中央に集まり、そして遂にソレは、ヒトの形を成して止まった。
成人として見るには余りにも小さく、余りにも幼い体型のソレは、男の前に
「ぉ……お……」
口が形成され、悲痛とも苦痛ともとれるうめき声が、空間に響き渡る。
見下すように口の端を上げてにやけた男は、腕を組みその様子をじっと見ている。
いつの間にか闇の扉は消え、蝋燭と松明の火だけがこの一室を照らしていた。
やがて眼が生え、先が丸まっていた腕や足が五つに分かれ、指を形成する。幼い骨格から子供である事がわかる。
ヒトのような形から完全な人となった肉塊は、最後に髪の毛を形成し、無数の煌びやかな毛が頭部を覆った。
「ほぉ、黒銀の毛か……これは珍しい」
太く響く声で、男は黒銀の男児に話しかけた。
「……はぁ、はぁ、がっ」
荒れる息が絡み、咳が出る。黒銀の男児の呼吸を遮る。
声は微かに高いアルトボイス。正面に立つ男とは対照的だった。
「落ち着け、身体が慣れていないだけだ。直に馴染もう」
「はぁ、はぁ……すぅ……はぁ」
「ふ、上手いではないか?」
「……こ、ここは?」
ようやく落ち着いたのか、黒銀の男児は、長い髪の毛を分けながら男を見上げて聞いた。
「ようこそ、ミケラルド。今日からお前は我が息子だ」
◇◆◇ ◆◇◆
その日、俺は俺でなくなり、俺はミケラルドになった。
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