昔々、あるところに

護道 綾女

第1話

 むかし、むかしあるところにおじいさんがおりました。そのおじいさんがわしだ。そういって彼は皺だらけの顔に更に皺を入れて豪快に笑った。

 彼と出会ったのはこの山を降りた先にある浜辺だ。彼は浜辺で佇みどこかさみしそうな目で海をみつめていた。

 もし、誰かを偲んでいるのならそっとしておいたほうが賢明だろうと思いはしたが、わたしの悪い癖である、かれが一心に見つめる先にあるものが何か知りたいという興味の方が勝ってしまった。

 彼は嫌な顔もせずわたし答えてくれた。ずいぶん昔の話になるがここで会った者達に今一度会いたいのだと、そのため時折山を降りこの浜までやって来ているそうだ。

 わたしは彼に気に入られたのか、自宅へと誘われた。飯と酒なら出す余裕はあるぞと。

 家は少し先の山の上にあると言われたが、その少しが大変だった。中国の奥地や世界の秘境と呼ばれる場所を旅し、体力には自信のあるわたしでも付いて行くのがやっとだった。彼は岩だらけの山道を崖を駆け上る山羊のごとく軽々と登って行くのだ。痩せた老人の身体であのような力が出せるとは全く驚嘆に値する。

 到着したのは古びてはいるがしっかりとした作りの山小屋だった。室内にあるのは最小限の炊事、調理用具と寝具だけで他は何もない。

「これで十分だ。やっていける」

 こちらの考えが見えたのか彼は笑いながら言った。

 出されたのは肉の入ったみそ汁、肉は山から獲って来たウサギらしい。山に入れば野菜、肉そして果実といろいろと持って帰ることができる。味噌など調味料はさっきのウサギや鳥などと麓の集落に行き交換してもらってくることもできる。魚が欲しくなったら浜辺に行けばよい。

「そういえば。あの時も魚のために山を降りて来たんだ」彼の目が最初会った時のかなしい瞳に変わった。

 彼はその時釣り具を手に浜辺を訪れたらしい。行ってみると浜の衆と妙な服を着た見るからによそ者が喧嘩の最中、いや浜の衆がよそ者を一方的に痛めつけていた。彼はその中に割って入り浜の衆を追い払った。彼は当時腕っ節で一目置かれる存在でそれが可能だったという。

 彼はよそ者を助け起こし事情を聞いてみた。よそ者によるとここに危険が迫っていること、更にすぐにでも非難しないといけないとこを彼らに説明に来たのだが、その際に諍いになってしまった。

「どういう危険か聞きましたか」

「わからない。聞いたはずだが、その辺がはっきりしないんだ。促され連中の元に避難しそれから戻って来た時には、聞かされていた通り誰もいなくなり、浜辺は荒れ放題だった。どうにも避難していたその間の記憶がはっきりしない。わしは知りたいんだ。わしがいない間に浜やその周りで一体何が起こったのか?なぜ誰もいなくなったのか?それからわしはどうなってるのか?連中にもう一度会ってそれが聞きたいんだ」

「それで浜辺に?」

「そうだ」

 それから今までの成り行きなどををかいつまんで聞いたが、実に奇妙な話だった。しかし彼の目は真剣そのものだった。

 彼は今の風貌までは普通に年を取り老人となったが、腕っ節はそのままで死ぬことはもとより病気さえなく今に至っているという。

 言い忘れていたが浦島太郎と名乗っていた。もしそれが本当ならば彼は今現在何歳なのだろうか?




                 民明書房刊「大河内民明丸世界を行く」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昔々、あるところに 護道 綾女 @metatron320

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ