夢幻の恋

@edomon

夜道

 …嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!

 あんなモノがいる訳が無い!この世にいて良い訳が無い!存在して良い訳が無い!

 心で叫びながら走る。

 とうに声になる叫びは既に出し尽くした。すでに喉が切れて血が出ているのかも知れない。グルグルと思考を巡らせながらも足は本能のままに、背後から感じる生温かくも背筋の凍るような気持ちの悪い感覚から逃げるように動く。あんなモノから逃げ切れるわけはない。しかし、1秒でも長くこの世にとどまっていたいとする生存本能が足を動かす。

 夜の街、道に人の気がないどころか家の明かりすらついていない不自然すぎるほどの静寂の中、わざと逃げ道を示すかのように一直線に街灯が点いている。その光に向かって、光に進む蛾のように俺は進むしか無かった。

 しかし、とうとうこの時が来た。テレビのコンセントを引っこ抜くかのように、プツンと足が止まった。体はそのまま前へと倒れる。肘をうち、鼻先はアスファルトを擦る。焦りでドタバタと駄駄を捏ねる子供のように不恰好な動きで体を動かし、背後にいた化け物と対峙する。

 しかし、その化け物と顔が合うことは無かった。だってそこに顔は無いのだから。貌の無い大きな円錐の形をした肉の塊、そこから伸びている触腕や鉤爪は際限なく伸縮を続けている。顔は無いはずなのに、俺の周りを囲むように、全ての角度からの視線を感じる。その全身を舐めるように送られる視線の中心にいる俺に向けて、目の前の肉塊が手を伸ばす。ああ、私は死ぬだろう。まるで無邪気な子供が虫を潰すように、トンボの羽をむしって遊ぶかの様に殺されるだろう。

 体を掴まれる。明確な『死』が体をよぎる。細胞の一つ一つが悲鳴を上げて、体がガタガタと震える。涙がと流れる。ジリジリとと音がする。骨が軋む音なのだろうか。音がだんだんと大きくなる。もう俺に出来ることは無いのだと実感する。もう、身を委ねるしか無い。体を駆け巡るジリジリという音もだんだんと大きくなる。

ああ━━くだらない人生だった。 

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