第11話 オリンピック、前夜8

「小池選手、どうして病名を世の中に公表しようと思ったんですか?」

 記者との質疑応答が始まった。当然のように白血病を公表した理由を彼女は聞かれる。

「私は白血病のことを知りませんでした。しかし、病院で女の子に会いました。私と同じ白血病の女の子です。私は自分が病気だと分かり、落ち込んで暗く、何もする気になれませんでした。それなのに病気の彼女の方が、私に明るくて笑顔で接してくれて、彼女の「生きたい」という気持ちが、私に元気をくれました。病気になっても笑顔で生きていいんだよって、自分よりも年下の女の子に教えられたんです。」

 彼女は、病院での真帆ちゃんとのやり取りを思い出しながら、温かい笑顔を浮かべながら楽しそうに話す。まるで病人ではなく、健全な普通の一人の人間として。

「でも女の子にあう骨髄の提供者が見つかりません。白血病は骨髄移植をすれば治せる病気なんです。もしかしたら有名な水泳選手の私は特別な配慮で、早期に骨髄の移植が決まるかもしれません。ですが、普通の女の子の骨髄の提供者は見つからないかもしれません。」

 それが白血病の現実である。自分にあった骨髄が見つかるかは運次第である。どんなにお金持ちであっても、骨髄の提供者がいなければ助かることはない。

「白血病は治る病気です。私が自分の病名を公表したのは、私に勇気をくれた女の子の骨髄の提供者が現れることを願ったからです。自惚れかもしれませんが、私は日本で、いえ、世界でも有名な水泳選手です。だから私が白血病だと公表することで、多くのテレビやネットで取り上げてもらい、多くの人々に白血病のことを知ってもらいたかったからです。そして、もし白血病で苦しんでいる人々のために、骨髄を提供してもいいよ、骨髄バンクに登録をしてもいいよ、という人々の善意が集まることを私は期待しています。そのためなら、私は客寄せパンダにでもピエロにでもなってみせます。」

 まただ。感情が高ぶったのか、彼女の目から涙がこぼれている。彼女の言葉には、彼女の心からの想いがこもっているからだ。

「私は女の子の命を守りたいんです!」

 これで記者会見は終わったのだが、彼女の病名を公表する記者会見は世界中に少しの変化をもたらした。

「あの、骨髄バンクに登録したいんですが。」

「どうすれば骨髄を提供することができるんですか?」

「骨髄の提供者が現れました! 小池選手ありがとう!」

 彼女は水泳選手としては、最優秀の選手である。今回、彼女の勇気ある行動は、水泳選手をしているだけでは得られない名声を得ることになった。


 つづく。

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