第10話 オリンピック、前夜7
「私は白血病です。」
彼女は記者会見を開いた。自分が白血病になってしまったことを公表するためだ。日本のトップ選手、東京オリンピック金メダル候補の突然の病名公表に大勢の記者が集まった。無数のテレビカメラ、カメラのフラッシュが光る。
「ですが、私は白血病を治して、東京オリンピックに出ます。東京オリンピックで金メダルを取ります。」
彼女の言葉に迷いはなかった。自分が病気になってしまった時、自分に対して周囲の人々の接する態度が変わった時、何もかも嫌になって諦めようとしていた時とは違い、今までの輝かしい人生で培った自信が彼女に進むべき道を決断させている。
「日本水泳協会の寛大な配慮で、私の入院費や治療費を出してもらえます。」
「日本の水泳協会です。今までの小池選手の実績や日本水泳に対する貢献度から、小池選手の完治に向けた費用は、全額、日本水泳協会が負担します。病気を治してもらって、彼女が東京オリンピックで金メダルを取れるように全力でバックアップしていきます。」
当初、彼女が白血病だと分かった時に、彼女を切り捨てようと考えた日本水泳協会。しかし、彼女が自分の病名を世間に公表すると決めた時に態度が一変した。「なに!? 小池が病名を公表するだと!? 日本のトップスイマーを病気だからといって切り捨てたら、マスコミやネットで叩かれて炎上してしまうじゃないか!? 直ぐに小池に連絡を取れ! 記者会見は日本水泳協会主催で行うんだ! 入院費や治療費は全額、日本水泳協会が面倒を見てやると小池に伝えて来い! 勝手なことを小池にしゃべらすな!」
これが日本水泳協会の本音である。恐らく白血病は簡単には治らない。さらに治療に時間を費やしても、東京オリンピックには間に合わない。大人は、そういうことを分かっていて、損得勘定で方針を決める。もしも彼女が日本のトップスイマーでなければ、記者会見すら行われなかっただろう。
「私は自分の病名を知った時に、東京オリンピックに出場することは、もう無理だと思い、水泳選手の先輩や後輩に後を託そうと挨拶に行きました。すると、先輩や後輩から、たくさんの励ましの言葉を頂きました。「早く病気を治して!」「戻って来て、絶対に東京オリンピックに出ようね!」だから私も夢を諦めずに病気と闘い、必ず水泳の世界に戻るんだという強い気持ちが生まれました。これも私を支えてくれるみなさんのおかげです。」
彼女は皮肉を言っている。しかし何も知らない一般大衆には、水泳の先輩や後輩を思っている良い人に彼女のことを思う。彼女の発言は美談に聞こえる。
つづく。
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