声豚転生!今日から人気声優の実妹(いもうと)だしラブコメしたい
金星
第1話 声豚転生!
声豚とは、声優オタクを拗らせた存在のこと、だと認識している。
例えば、女性声優の使っているシャンプーを調べては試飲したり、ライブがあればプレゼントボックスに声優の好きな酒一升瓶や米十㎏を入れたり……。
それくらいならまだ可愛い。しかし、もっとエスカレートして声優のツキッターに卑猥なことをリプライで送ったり、ストーカー行為など犯罪行為にまで及ぶ者もいる。
そんな輩とは同類にされたくはないが、私も一種の声豚である。
私、主人公・敷島色乃はどこにでもいる普通の女子看護学生、十九歳である。一つ普通の女子と違うところは声豚であること。
看護学生というのは仮の姿、そう、私は声豚なのである! 中二病設定はないのですが……。
私は今をときめくイケメン声優芦原拓央君の声豚だ。
「拓央君のワキガの臭いでご飯が食べられる」と豪語するくらいだ。拓央君の魅力について語り始めると軽く七時間は超えてしまうため割愛するとして……。
艶やかな黒髪の前下がりボブを揺らし、ほんのり柑橘系の香りをまとう。暖冬とはいえ、立春が過ぎてもまだ肌寒い。しかし、黒いレースのオフショルダーからきめ細かな白い肌をのぞかせる。その上からVネックのアウターを羽織る。今にも捲れそうなミニスカートからはすらっと伸びる脚。百十デニールの黒タイツで寒さ対策はばっちり。赤い七センチは超えるヒールをカツカツ鳴らしながら駅から家まで歩く。声豚である以上身だしなみは重要な要素である。汚い格好をして拓央君のオンナを自称できない。だから、オタクは毎日風呂に入れとまで思っている。
家から駅まではわずかな距離しかない好立地なところに住んでいる。しかし、学校まで三十分ほど往復したり、校内を歩くと足が痛くなるものだ。それでも拓央君の好みのオンナでありたい、他のオタクに舐められたくない。そう思い、自分なりにファッションやメイクは研究してきたつもりだ。
「寒いし、足痛い……」
一人でぶつくさと文句を垂れる。それでもファッション、むしろ信念と言っても良いだろう。信念は貫き続ける。というか、自分のファッションが好きなだけだろう。
独り言を呟いているうちに家に辿り着く。流石、駅近物件。難波も近いし最高!それよりもオタロードも近いし、女性向けのグッズが充実した天王寺が近いことが最高!!
「ただいまー……なんて言っても誰もおらんことくらい知ってた」
流暢な関西弁、これだけは拓央君のオンナなのにみっともないと思っていても染みついて離れない。ツキッターですら関西弁、いや猛虎弁といっても過言ではないレベル。33―4と言われたら頭抱えるまである。阪○関係ないやろ! ○井さんは関係ないやろ! 今年は○神タイ○ースがリーグ優勝どころか日本一になる予定である、などと考えながらフカフカのお布団の上へダイブする。
「ダーーーイブ!! フカフカお布団と結婚したいよ……。結婚したさなら拓央君には負けてしまうけれどね~」
学校から帰ってきてフカフカお布団に包まれながらスマホで拓央君の最新情報をチェックするのが日課である。学校でチェックしてしまうと暴走しかねないため家に帰ってからだ。一応これでも自重って言葉の意味知ってるんだからね! 何度となくネットを炎上させる発言をしてきた私が言っても信憑性が皆無である。やむ。拓央君関連の発言でよく燃える。私は木か紙か、灯油かガソリンなのか……。今までで一番燃えたのは拓央君との疑似結婚式。特注で拓央君の等身大パネルを作り、友達を集めて結婚式をし、その写真をツキッターに載せたら知らないオタクに叩かれた。痛くないもん! 多分、死ぬまで根に持つくらい。
フカフカお布団の上でゴロゴロしながらスマホで拓央君の最新情報をチェックしているととんでもない記事のタイトルが目に留まる。
「マジか……」
そこには『芦原拓央と桜之宮さくらのW主演で『ハレアゲ』アニメ化決定!!』の見出しが躍る。ハレアゲとは、週刊少年雑誌に掲載されている『ハーレムで今日もテンションアゲアゲ!』という少年漫画。累計発行部数は二百万部を超える大人気漫画だ。何と言っても主人公以外に男はいないのかと思わせるくらい女の子しかいない学園生活が面白い作品だ。私も個人的に読んでいる。女の子可愛いし。ぐへへ……。これは声豚どもが唸るぞ。やばい、やばい、やばい! 実にやばい! それに私個人的にもやばいとしか言葉が出なかった。そう、桜之宮さくらの名が芦原拓央と連なっている事実に。
桜之宮さくらとは、私が中学受験前に家庭教師として来ていた先生である。先生本当に声優になってしまうなんて……、と思ってから八年は経っている。それも私の最推しの拓央君とW主演とは……。その現実に驚愕と歓喜のあまりスマホを顔面に落とす。
「いった~い!!」
強い衝撃が額全体に伝わる。ガバッと勢いよく起き上がる。部屋の雰囲気が違う。置いてあるグッズや、ハンガーにかけてある服は自分のもので間違いない。でも違う。自室はフローリングなのに、どうして畳なのか。その衝撃は額のみならず、世界をも変えてしまったとでもいうのか。ここはどうやら二階のようだ。下へ階段を降りるとそこには自分の家族ではない赤の他人がいる。私は怖くなり声も出ない。
そこへ誰かが帰ってくる。
「ただいま、色乃と冴香」
そう優しい声で話しかけてきたのは私の最推し拓央君。どういうことなの? と呆気にとられていたが、そこにいるのは紛れもない芦原拓央である。やっと私は声が出た。
「本物の拓央君……?」
「あんた何言ってんの?」
そこには、「あんたバカァ?」とでも言いた気な身長の低い女の子がいる。どう見ても私より年下だ。私より十センチ程身長の低い女の子は、長く明るめの茶髪を払う。それと同時にローズの香りが漂う。しかし、ブランド物の白いティーシャツにジーンズといったラフな格好で高貴な香りとのギャップが激しい。そもそも小学生がローズの香りを漂わせたり、ブランド物のティーシャツってどうなの?と心の中で思っていると女の子は拓央君にべったりくっつき猫なで声で言う。
「にぃーやんおかえりぃ~! 今日もお疲れ様ッ!! ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
「ご飯!」
拓央君は女の子の言いかけた言葉を遮り即答する。
「ま、待って! 私、理解できない。ここどこ? あんた誰? なんでここに拓央君がいるの?」
勢いに任せてすべての疑問を投げ掛ける。拓央君も私のことを怪訝な表情で見つめてくる。そんな表情で最推しに見つめられるとネットを炎上させてもめげない私でも流石に傷つきそうだ。拓央君は口を開こうとしなかったが、女の子は丁寧に私の疑問に答えてくれる。
「あんたがバカなのは今に始まったことではないとは言え、悪質なお遊びはどうかと思うのだけれども。それとも記憶喪失ごっこ? しょうがないから付き合ってあげる。お姉ちゃんだもの。私は、冴香。あんたの姉よ。そしてこっちの身長が高いにぃーやんが私とあんたの兄の拓央」
「姉だったとは……。その身長で……、ということは低身長おばさん?」
「うっさいわね! 国公立出て公務員してるだけでも偉いと思いなさいよね!」
「そんなマウント取られても……」
口喧嘩が繰り広げられる。するとやっと拓央君は口を開けて笑いだす。
「やっといつもの口喧嘩が始まった。色乃はずっとこの調子で変なこと言ってて怖いけど。なんか安心した。色乃は頭でも打って記憶喪失にでもなってるのか、学業が忙しくて現実逃避しているのか分かんねぇけど付き合うよ。それよりご飯食べよっか」
そう拓央君に促されて兄妹で食卓に向かう。訳も分からぬまま。
これから私どうなってしまうのぉ~!?
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