第弍話 温もりに 頼りて眠る 家族の愛


 モンド隊に所属して五か月が経った。

 翠と由香里には、星喰い強襲部隊に配属された事実を伝えなかった。これ以上の心配をかけたくなかったからだ。

 我儘だとは十分に理解している。しかし、戦いを終わらせて必ず家族の元に帰ると心に決めている。笑顔で帰還することが何よりの恩返しになるような気がした。

 日本とイギリスの連合班であるモンド隊は、現在、曙光に待機している。深雪はモンド隊に合流するため横須賀港に来ていた。見覚えのある人影を見つけた。


「お母さん、お姉ちゃん?」


 長野県で暮らしているはずの翠と由香里がいた。


「どうしてここにいるの?」

「バルト大尉に聞いたのよ。あなた、軍に戻ったと私たちに知られたくないなら、ちゃんと口止めをお願いしないと駄目でしょう」


 翠が笑顔で深雪の肩をポンと叩いた。母の手のぬくもりを感じたのは久しぶりだった。

 ブルーノ・バルト大尉は、モンド隊に所属する二十五歳の上官だ。

 女好きと有名で、女性であれば、年下だろうが関係なく体を擦り寄せて甘えてくる。

 小柄で常に眠そうにしており、炬燵こたつから顔を出して気持ちよさそうに欠伸あくびをする姿は、まるでネコだ。

 場がどんなに緊迫していようが呑気な態度で笑顔を振りまく。

 随分と肝が据わった人だと、深雪は感心しているようで、実際は呆れていた。


「久しぶりだね、深雪。ロング・ヘアのあんたを見る日が来るとはね。驚いた」


 由香里が手を挙げて挨拶した。由香里は時生と奈々を亡くしてから、随分と大人しくなった。暴力も暴言もなくなり、翠の手伝いを進んでやるようになった。

 翠は、簡素に結った深雪の髪を、そっと撫でた。最後に翠たちと会った日から、三年が経過していた。

 翠は少し老けたように見える。翠は深雪が十三歳で軍に所属した頃から、食事をあまり採らなくなった。骨のような、とまではいかないが、それでも、かなり痩せている。


「ご飯、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ」

 

 深雪の言葉に、翠は弱々しく笑った。


「これでも、以前よりは食べているのよ。今日も魚を食べてきたし」

「そう──。それなら、いいんだけど」


 皆の鼓動が聞こえてきそうなくらい、静かだった。三人とも口を閉ざし、互いの顔を見つめ合っている。おもむろに翠が口を開いた。


「深雪、本当に戦場に戻るの?」


 翠の顔には心配の色が色濃く出ている。由香里も同じように表情を硬くして立っていた。


「うん。でも大丈夫。必ず二人のところへ帰ってくるから。絶対。約束する」


 深雪が力強く頷いてみせても、翠と由香里は、まだ心配そうに表情を曇らせている。


「お父さんと奈々のところへは行かないよ。安心して。だって私は、みんなで明日を笑顔で迎えるために進むって決めたんだから」


 目尻に深く皺を寄せながら、翠は柔らかく笑った。


「自身の生き方を自身で決めるのは、とても大切なことね。こんなご時世でも、自由に生きる権利が私たちにはあるはず。もちろん、あなたにも」


 翠が深雪の右手を、そっと取った。


「思うがままに生きなさい。納得のいく人生を歩んでほしい。これは、母としての願いよ」


 深雪の左手を、由香里がぐいと引いた。


「戦闘機に乗って戦って、それであんたが幸せになれるとは、あたしにはどうしても思えない。だけど、真剣に考えて決めたのなら邪魔しない。誰かが戦わなきゃ、ずっと終わらない。悩んでも迷っても戦うと決めたあんたを、あたしは尊敬する」


 温かな、大好きな家族のぬくもりを感じる。


「戦場は、幸福とは無縁な場所。待っていても幸せは訪れやしない。帰ってきた家に、あなたの幸せが待っているの。だから、必ず生きて帰ってきて──」


 翠が薄らと涙を浮かべながら呟いた。


「あんたをいじり倒して困らせるのが、あたしの生きがいなの。あたしから生きがいを奪ったら、絶対に許さないんだから」


 由香里の鼻をすする音が聞こえた。


「約束する。必ず元気な姿で帰ってくるから。長野で待ってて」


 深雪は翠と由香里の顔をじっと見つめた。生き残った家族の顔を、しっかりと目に焼きつけておこう。必ず、二人の喜ぶ顔を見るために帰ってくる。


「それじゃあ、行ってきます」


 二人に背を向けて、深雪は歩き出した。一度も振り返らずに、徐々に速度を上げて歩いていく。


「土産はあんたの笑顔だからね!」


 背中にぶつかった由香里に言葉に、深雪は嬉しさを隠し切れずに頬を綻ばせて笑った。

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