第125話15-3

清水から連絡を受けた翌日。

朝日がやや昇り、鳥のさわがしい声が辺りに響いた頃に村の麓を通る1台のスポーツカー。

12月に入り、舗装された道路の両側はひたすら枯れた葉をつけた禿げ木ばかりが続いていた。


「夏前にきたときは、もうちょっと走りやすかったんだけどな」


 ジョンはハンドルを握りながら、助手席に座るジュリに愚痴をこぼす。

舞宇道村《ぶうどうむら》に唯一続く道路は、利用者が居ないためか落ち葉が散乱してスリップしやすくなっていた。

そのためスピードを思ったほど出せずに、ジョンは苛つきながらハンドルの縁を指で何回もノックする。


「まあ、誰も使わなきゃ廃れるわよね。畑なんか、3年ぐらい放置するとすぐに自然に帰るらしいわよ?」


「いらない情報ありがとな。なあ、帰りの運転は任せても良いか? ……流石に東京から群馬の片田舎まで4時間ぶっ続けの運転はだるいわ」


「……良いけど。ただ、この前私が運転したら、兄さん帰りに吐いてたけど」


「あ~、やっぱ自分で運転するわ……お前、一般道はレース場じゃないんだからな」


 ジョンは何かを思い出したかの様に胸の辺りを擦ると、改めてハンドルを握り直す。

一方で助手席のジュリはあくびをかみ殺しながら、後ろへと流れていく木々を見つめるのであった。




 ――そうしてしばらく代わり映えのしない道を走った頃。

突然、車内が大きく揺れる。



ガンッ



 無防備に外を眺めていたジュリは小気味良い音を立てながら、天井へと頭をぶつける。


「痛ったぁ……」


 ジュリは頭を押さえながら、もう片手で天井を押さえて体を支える。

落ち葉に隠れて見えづらかったが道路は所々隆起し、ひび割れてまともな状態ではなかった。


「前来たときは、こんなに道荒れてなかったはずだが……ん?」


 ジョンは遠くに何かを見つけたのか声を漏らすと、さらに車を減速する。

そしてスピードメーターの表示は20キロを下回る。ジュリも目を細めて先を見ると、兄が何故速度を落としたのか理解した。


「……ジャングル?」


 記憶の中にあったはずの村は消えていた。村と言っても、一般的な住宅街であったはずのそれは、大きく変貌していた。

2人の視界に飛び込んできたのは、血のようなドス黒い葉とコンクリートの地面を突き破って生える木々。そして民家にはツタのようなものが絡みつき、建物の一部は完全にツタに飲み込まれてしまっていた。

見たこともない不気味な植物が蔓延り、密集している以外はジャングル


「ここ、こんなジャングルじゃなかったよな?」


 ジュリは無言でうなずく。


「……取りあえず、車でこれ以上近寄りたくないな。ジュリ、歩いていくぞ」


 そういうとジョンは車を切り返し、ジャングルから背を向ける形で駐車する。

そしてエンジンを掛けたまま、ジョンとジュリは車から降りると荷物を下ろし始める。


「小さい頃は、ジャングルとかを突き進む冒険家とか憧れたんだがな。まさか大人になってから夢が叶うなんて思わなかったぜ。日頃の行いのお陰かな?」


 ジョンは銃身を詰めたショットガンを手に持ちながら、自嘲して肩をすくめる。


「そう、夢が叶って良かったじゃない。……じゃあ、兄さん1人で探検してくれるかしら?」


 ジュリは兄を適当にあしらう。

そして右手にだけにはめた蝶の刺繍がされたドレスグローブをひらひらさせながら、深紅に塗られたチェーンソーを手に取る。


「冗談だ、冗談。で、道作りは頼んだぞ?」


「……私のチェーンソーは園芸用じゃないんだけどね」


 ジュリはそう不満を不満を漏らすと、チェーンソーのエンジンを吹かす。

そしてジュリを先頭に、そのジャングルに一歩足を踏み入れる。


「本当に邪魔臭いわね……っ!?」


 ジュリがその植物の枝を切り払った瞬間、切断面からはじけ飛ぶ鮮やかな赤い液体。

鉄さび臭い、よく嗅ぎ慣れたそれは”血液”。それが辺りを鮮やかに染め上げる。


『ひゃぁぁぁaaaastふううがあ『ひゃぁぁぁぁtydf!!!!』ぁぁty『あぁぁtydf!!!!』df!!!!』


 その瞬間、ジャングルが、木々が、地面が”鳴いた”のであった。

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