第120話14-12

ジュリたちは正造を先頭に、暗い廊下に歩を進める。

正造が手足を落として肉塊にしたファリスから流れ出た鮮やかな緑の液体が、暗い廊下に粘ついていた。一歩廊下を進む度に、靴底にこびりついたその緑の液体が靴跡となって暗闇へと続いていく。

ジュリたちの鼻腔にかび臭さと、生臭い獣臭が入り交じる。だが段々とその臭いも、廊下の奥から微かに漂って来始めた別種の臭いによってかき消されたのであった。


「何、この臭い」


その臭いに最初に気がついたのは、4人の中で1番鼻がきくジュリであった。眉をしかめて、思わず鼻を押さえる。

そのジュリの様子に気がついた正造たちも、数歩後にはジュリと同じように眉間にしわを寄せて眉をしかめる。


「……あの奥の部屋か」


 先頭を歩く正造は、廊下の最も奥の部屋を睨み付ける。

その部屋の扉はかび臭く、腐食が進んでいるのか至る所に欠けがあり隙間がいくつも空いていた。そしてその扉の隙間から生臭い臭いが漏れ出ており、微かに枯れ葉がこすれ合うような音が部屋の中から聞こえていた。


 無言で正造はその扉の前に立つと後ろへ振り返り、手に持ったハチェットを握り直すと大きく右足を扉へと叩きつける。

脆くなっていた扉は乾いた音ともに砕き散り、辺りには細かく砕けた木片と舞い上がった埃が少しばかり4人の視界を遮った。


「臭いのぅ。何回嗅いでも、この臭いには慣れんわ」


 正造はぼそりとそう漏らすと、破壊した入り口から奥を覗く。

部屋自体は他の部屋と同じく、小さな下足場から細い廊下、奥に六畳部屋というワンルームであったが他の部屋とは1つだけ大きく違う点があった。


「何、あれ……」


 ジュリはあまりの臭気に吐き気を覚えながらも、”それ”がなんであるかを正造に確認する。

依頼の内容である”化け物が這い出てくる扉を閉めること”をジュリは事前に理解していたはずであったが、実際に目にするその扉は想像したモノとは違っていた。


 ワンルーム、腐りかけ黒ずんだ畳敷きの上にそぐわない床から天井まで大きく伸びた洋風の扉。まるで床から生えているかの様に扉だけがそこに鎮座していた。

さらに扉自体にも細かな掘りと金の装飾が施されており、半開した扉の間からレースカーテンのようなものが揺れているのが見える。このような廃ホテルの朽ち果てた一室でなければ、海外の豪華なホテルかカジノに備え付けられた正面扉のようにも見えた。


「あっ……」


 ハチェットを構えてその”扉”に向かっていく正造と対照的に、何かに気がついたジュリは少しだけ足を止める。

先ほどまで扉から見えていたレースカーテン。扉から飛び出していたそれがレースカーテンではなく、別のモノだと気がついたからだ。



「ありゃあ……、凄いな」


 ジュリの後ろを歩くジョンもそれの存在に気がつくと小さく声を漏らす。

最初は扉に取り付けられていたかのように見えていたレースカーテン。しかし、それはカーテンなどではなく扉の中から伸びていた枯れ枝の様に細い右腕から垂れ下がっていた、白く穴が所々に空いている皮膚であった。そして痙攣するかのように細かく震えるたびに、垂れ下がった皮膚もまた揺れているのであった。


 ジュリは一瞬だけ戸惑ってから、正造の背にくっつくようにしてすぐに一歩を踏み出した。

一歩進むごとに、異臭はさらに濃くなっていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る