第101話13-3

漆黒のメルセデス・ベンツのフロントガラスは雪のように飛び散り、車体はまるで紙粘土のように大きくへこむ。

そして、その原因となったのは1人の人間。ジュリや鈴の居る五階からではその人間は小さくしか見えなかったが、髪が背まであるためそれが女であることがわかった。


「ワタクシの車……」


 自身の車がスクラップになったのを見て、ショックを受ける鈴。その横でジュリは飛び降りた女がどこから落ちてきたのか、上を見上げる。


「おいおい、いったい何があったんだ?」


 音を聞きつけて、ゴミを捨てに行ったジョンがジュリと鈴の居る窓辺に近づくと、2人の視線の先を目で追う。

そして、その惨状を見ておおよそ何があったのか理解する。


「屋上の扉は施錠されてて出られないはず。なら、トイレの窓からでも飛び降りたか?」


「……まあ、私たちには関係ないし、後は病院側でなんとかするでしょ」


「ああ、そうだな。あと、お前にも飲み物を買ってきたわ」


 ジョンは手に持った紙コップをジュリに手渡す。そこには果実の香りのするオレンジの液体が満たされていた。

ジュリはそれを受け取ると、すぐに口をつける。


「ありがとう兄さん。取りあえず、病室に戻りましょうか」


 呆然としている鈴を置いて、自身の病室へ帰ろうとするジュリとジョン。

そして2人が踵を返した瞬間、窓ガラスに映る黒い影が2つ。そして、先ほどと同じく、今度は2つの重い音が響いた。自らのベンツを虚ろな目で見ていた鈴の視界に、2つの物体が追加される。車体はさらに大きくへこんで、漆黒のベンツは紅く染まる。


「あ」


 鈴が小さく声を漏らす。恐らく、1人目が墜落した衝撃でベンツのガソリンタンクが破損していたのだろう。

漏れ出していたガソリンに、さらに人間が落ちてきた衝撃で車体の歪になった金属同士がぶつかり、火花がほとばしる。そして火花は、ガソリンにへと着火する。


 結果、鈴の愛車は大炎上。一瞬で元の色が分からないほどの火の塊と化す。

赤々と燃えさかる愛車を目にして、もはやショックからか虚ろな目になりぶつぶつとつぶやき始める。


「……なんでワタクシがこんな目に、……ただ話をしにきただけですのに」


 そんな鈴を尻目に談話室の扉に手を掛けて部屋から出て行こうとするジュリとジョン。

音もなく退室しようとした2人を、鈴は窓から愛車を見つめたまま話しかける。


「……どこにいこうとしているのかしら。目の前で事件が発生したのですわよ?」


「いや、別に俺たちは探偵でもなんでもないしな。それに、今は怪我をして入院している身だぞ?」


「もう疲れたから休みたいんだけど」


「ワタクシの愛車が、スクラップになったんですわよっ!?」


 鈴は声を震わせながら、談話室から半歩出た2人に声を掛ける。

ジョンはめんどくさそうな表情を隠そうともせずに答える。


「車ぐらい、アンタほどの金持ちならまた同じヤツを買えるだろ」


「あれは御祖父様に、CEO就任お祝いで買って頂いた大切な車ですのよ!」


「ふぅん、で?」


 ジュリは全く興味がないように答える。その様子に鈴はさらにヒートアップする。


「だ・か・ら! ワタクシの愛車を壊したヤツにはけじめをつけさせるんですの!」


「俺はお断りだぞ? ゆっくり休みたいしな」


「そうね。休むのも仕事のうちだし」


「ああ、もう! 分かりましたわ! いくら渡せば、動いてくれますの!?」


「え……」


「いくら金を積まれても気が進まないんだがなぁ」


 鈴は手元にあったワインレッドのハンドバックから小切手張を取り出すと、数字を書き込んで2人に投げつける。


「調査の前金で500、成功で500、合計1000万でどうですの!?」


 ジュリとジョンはお互いに目を丸くしながら、同時にため息を吐く。

せっかくの休みを、突然の事件で潰されたことでジュリとジョンは憂鬱になる。


「……わかったわ。でも、調べるだけよ? 始末はそっちでつけて頂戴」


「分かっていますわ。ではお願いしますわ」


 そう言うと、鈴はどこかに携帯電話で通話をしながら談話室を足早に出て行く。

遠くから、携帯電話で通話していること看護婦に咎められている声が小さく聞こえたのであった。


「ああ、本当に面倒くさいな」


「……金持ちって、本当にわがままよね」


 そうため息を吐きながら、愚痴を言い合う2人。

一方、外の駐車場では消防車が鈴の愛車に放水を始めていたのだった。

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