第66話 10-9

 男がジョンの顔を殴り飛ばした瞬間、ジュリは力なく持っていたチェーンソーを力強く握り、刃を回転させる。

そして、ジュリはチェーンソーを振り上げ、首に掛かっている男の手を切断する。同時に男の胸を蹴り上げて、後ろに数歩下がる。


「ごほっ……ごほっ……」


 ジュリは咳き込みながらも、大きく息を吸い込んで肺に酸素を送る。同時に素早く足を動かして、20メートルは吹き飛ばされたジョンの元へと駆け寄る。


「……兄さん、大丈夫?」


 ジョンは床に這いつくばった体勢で、砕けた奥歯と赤黒い血を吐き出した。


「俺の奥歯が砕けて顎にヒビが入った以外は、大丈夫だ…… で、どうする?」


「今まで戦ったどの怪異よりも、一番厄介ね。 ……はっきり言って、このままじゃ2人とも殺されるわね」


 ジュリはちらりと男を見る。男は床に落ちた手をゆっくりと見つめると、そのまま拾い上げる。不思議なことにその手の切断面からは、血の一滴も流れてはいなかった。

そして手の切断面と切断面を合わせると、ぴたりとくっついて元のように動き始める。

そして男はニコリと笑いながら、ゆっくりとジュリたちに向かって歩き始めた。


「あまり、時間はないようだな」


 ジョンは胸元からマグナムを引き抜くと、男に向かって発砲する。重い音が何発も響き、男の心臓と眉間に大穴が開くが、男が歩を緩めることはない。だが変化が訪れた。突然、屋敷の天井が崩れて月明かりが差し込んだのだった。

ジュリはその瞬間、あることに気がつく。ジョンが放った弾丸の1つが、男を貫通して祠に当たった瞬間、天井の一部に穴が空いたのだと。

だがそれもつかの間、崩れた天井はすぐに修復されていく。同時に祠も何らかの力により、砕けた部分が盛り上がり、すぐに元の姿に戻る。


「ねぇ兄さん、考えがあるんだけど」


「何だ!?」

 

 ジョンは倒れたままで空になったマグナムのマガジンを床に投げ捨て、弾丸を再装填する。

ジョンは男の眉間へと標準を合わせて、ジュリの問いかけに答える。


「取りあえず、”前向きに逃げる”わよ」


 ジョンはジュリの方へ視線を向けると、ジュリは無言で頷いた。そしてジュリはジョンに向けて手を差し出すと、その手を力強く握り返してジョンが立ち上がる。

ジョンは腫れた顎をさすると、男を睨み付ける。


「で、俺は何をすれば良いんだ?」


「あの男の足止めを頼むわ」


 ジョンはジュリの言葉を返さない。その代わりにマグナムを撃ちながら、男の元へと駆ける。先ほどと同様に、男には黒い大穴が体にいくつも開くが、血は流れない。また、男が倒れることも無かった。

だがジョンは構わずに、弾丸を吐き終えたマグナムに弾丸を飲み込ませて、撃ち続ける。


 男の前に立ったジョンは男の眉間にピタリと、マグナムの発射口を突き立てる。ジョンはトリガーを引こうとするが、カチリと音がするだけで、その発射口が火を噴くことは無かった。

それを見た男はニコリと笑い、ジョンの手に持ったマグナムを殴り飛ばす。


「それを待っていたんだ!」


 ジョンはマグナムを殴り飛ばされようと瞬間、マグナムを自ら落として、勢いがついた男の手を取るとそのまま投げ飛ばした。

男を床に思い切り叩きつけ、ジョンは倒れた男に殴りかかる。だが、ジョンの拳は男に受け止められた。そしてジョンの拳はミシミシと音を立てながら、悲鳴を上げる。


「ぐぅぅぅっ!」


「……お前は、不要だと言った」


 寝転がったままの状態の男が、自身に跨がった体勢のジョンを力で押し返す。そして男はその手にさらに力を込める。

ジョンは痛みにより、苦悶の表情を見せて、うめき声を上げる。 

そのままジョンの拳が、握りつぶされようとした瞬間。


「兄さん。ありがと」


影の様にジョンの後ろにジュリが現れる。同時にジュリの煌めく刃が、男の腕を肘の辺りから切断する。目を見開いた男の顔を、思いっきり蹴り飛ばして、床の上を大きく転げさせる。


「コイツはオマケだ!」


床の上に転がった男の側頭部にジョンのつま先がめり込み、さらに男の体が床に転がされる。


「ジュリ、行け!」


「分かってる」


 ジュリは邪魔するものが居なくなった祠に駆け出すと、大きく振りかぶって、祠を半分に切断する。

祠が2つに切断された瞬間、彼らの居る屋敷もまた大きく2つに割れたのであった。

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