第54話 9-2
「父さんと母さんを殺したって、どういうこと?」
ジュリはジョンに向けて視線を返す。
「母さんが、怪異に殺された話はもう知っているわ。でもその怪異は父さんが殲滅したって」
「そうだ。殲滅したんだ。その命と引き替えにな。 ……ジュリ、お前が3歳の時だからもう、17年も前の話になる」
――あの日は、寒い日だった。俺たち兄妹は親父と母さんが、いつも通りに異形狩りに出かけたのを見送ったんだ。
お前と俺はこたつに入って、子供向けのテレビ番組を見ながらタマゴポーロを口いっぱいに頬張って、2人の帰りを待っていたんだ。
しばらく経って、表に車が止まったんだ。その車のエンジンの音が、親父たちのじゃないとすぐに気がついたよ。
そのときの俺は馬鹿だったから、ああ、宅急便かな?って思っていたんだ。ただ、尋常じゃない勢いで扉を叩かれて、宅急便じゃないって分かった。
びっくりしてドアの隙間から覗いたら、警察官が立っていた。
ああ、清水のおっさん、あんたと初めて会ったのは、このときだったな。あのときは、今じゃ考えられないほど、おっさんは焦っていたな。
扉を開けた小学生の俺に向けて、第一声が
『君のお母さんが大怪我して、病院に行ってるんだ。病院まで君たちを乗せていくから、早く乗って!』だったな。
俺はびっくりして、こたつで寝ているジュリと車に乗り込んだんだ。
車でおっさんは俺たち兄妹を落ち着かせるためなんだろうが、『お母さんはきっと大丈夫だから!』とか励ましてくれていたよな。
それで、おっさんに連れられた俺たちは、病院に着いてすぐに母さんのところに連れてかれたんだ。
母さんが居たのは、病室じゃなかった。
霊安室の冷たい台の上で、まぶたを固く閉じていたんだ。
その横で、親父はうつむいて泣いていた。
『お父さん……お母さんは眠ちゃったの……?』
はな垂れボウズだった俺は、母さんが疲れて眠っていたもんだと思っていたんだな。よく母さんは『疲れたー』とか言ってたからな。そのときもそうだと思ったんだ。
ちょっと今は寝ていて、朝になったら『おはようー』って言いながら起きるもんだと思っていたんだ。
だが、親父は俺が期待していた言葉を言ってはくれなかったんだ。
ただ一言。
『母さんは、な。もう起きないんだよ』
『えっ、どう、いう意味?』
『母さんはな、死んだんだ』
はな垂れボウズの俺は”死”という言葉を知っていたが、理解するには幼すぎた。さらに年下のジュリには、もっと理解出来ていなかったんだ。
しかも、初めて対面する死が、母親だぞ?
俺が呆然としている横で、ジュリ、お前は母さんの腕を揺すりながら『おかーさん、起きて、起きて』って言って。
その様子を見ながら、親父はしばらく泣いていた。俺はただただ立ち尽くしていた。
しばらくして、涙を拭った親父はどこかに電話を掛けたんだ。
少し話し込んでいたが、通話を切ったときには親父の顔つきが変っていた。
親父はしゃがみ込んで、俺の目を見ながら肩に手を置いて言ったんだ。『お前の妹を、俺の代わりに守れ』ってな。そして、ジュリ、お前の頭を優しくなでると、母さんの横に置いてあった形見を手に待ったんだ。
それは、白銀製の綺麗な天使が彫刻されていたクロスボウだった。
親父は母さんの形見のクロスボウを持つと、そのまま霊安室から出て行ったんだ。親父がそのまま霊安室を出て行った姿は、今でも夢に見る。
それが、生きていた親父の姿を見た最後だったからな。
次に親父と会うのは、母さんの49日を終えた頃だった。
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