第53話 9-1
闇を駆ける、異形。異形は、2本足で歩く狼であり、所謂人狼と言ったところか。
その背を追うは3人の男女。ある男は手に持っていた拳銃を人狼に向けると、躊躇なく発砲する。乾いた音が何度も、住宅街をこだまする。
異形は住宅地を抜け、廃工場へと追い詰められていった。
人狼が廃工場に入るのを見て、3人うちの最も年老いた男が白髪交じりの頭を整えながら、2人に声を掛ける。
「この年で、フルマラソンはきついぜ……」
息も絶え絶えになっている男は、警視庁捜査一課第三特殊捜査係、通称”SIT3”(special investigation team 3)に所属している清水である。
「もう?普段の運動が足りないのよ」
汗の一粒も流さず、涼しい顔で、チェーンソーのエンジンを吹かすのはジュリ。
「まあ、もうこのおっさんも年なんだから、勘弁してやれよ」
ジュリを窘(たしな)めつつ、マグナムに特製の銀弾を詰めるはジュリの兄、ジョン。
「年を喰えば、お前らにもわかるさ」
清水は汗を拭うと、辺りの様子を窺う。辺りは虫の音が聞こえている以外は、静かな物であった。
「それで、これからどうするつもりだ?」
清水は拭った傍から垂れてくる汗を無視して、ジュリとジョンに確認する。
「アナタは援護、兄さんと私は突っ込むわ」
「おいぃ? 俺だってそれなりに怪異の相手は経験あるぞ?」
「だからこそ、援護をお願いしたいのよ。経験豊富なら、パニックになって乱射しないでしょう?」
「あ~はいはい。分かりましたよ、お・嬢・様」
清水は悪態とため息をつくと、2人の後ろについた。
ジュリは破られたシャッターを指さし、隣に居るジョンに合図を送る。ジョンはその開いたシャッターから工場内部に飛び込むと、異形の姿を探す。
それは、工場内部の中央にうずくまっていた。低いうなり声を上げながら、こちらに背を向けている。
ジョンはそれを見るやいやな、異形に向けて発砲する。重い音が4発響く。ジョンのマグナムが火を噴き、異形の頭部の半分が風船のように砕け散る。左胸の辺りにはこぶし大の穴が開き、ポンプのように血液を床にぶちまける。
よろけた異形にジュリは素早く駆け寄ると、銀の粉を塗布したチェーンソーの刃を異形に目掛けて振り下ろした。銀の粉が刃の回転によって舞い上がり、月明かりを光の粒のように返す。
チェーンソーは異形の頭部と胴体を分断し、大きな音を立てて狼にも似た異形の頭部が床に落ちた。首をなくした胴体は、1,2回前後にふらつくと仰向けに倒れて動かなくなった。
首が落ちたと同時に軽い金属音が、静かな工場内に響いた。それほど大きな音ではなかったはずなのに、いやに耳に付いたのだった。
ジュリはその金属音の発信源に目をやると、小さな金属片が床に落ちていた。それは、異形の血に塗れながらも、鈍い銀色を妖しく放っていた。
「……?」
ジュリは床に落ちたその金属片を手に取ると、金属片に細いネックレスがついていた。
「ドッグタグ? この怪異の?」
首だけになった異形とドッグタグを見比べながら、ドッグタグについた血糊を指先で拭う。
ドッグタグには、手を逆さにした形の紋章、そして紋章の下に読めない字が彫り込まれていた。その字は、アルファベット文字でもアラブ文字にも似ていなかった。
ジュリはその紋章を見ていると、2つの視線がそれに注がれているのに気がついた。
後ろを振り向くと、眉間にシワを寄せながらドッグタグを見つめる清水とジョンの姿。
ジュリはドッグタグを2人に差し出しながら尋ねる。
「ねえ、コレ。何か知っているの?」
ジョンと清水は顔を見合わせると、清水は少し間を置いて口を開いた。
「その紋章なんだが……”祝福されし仔ら”っていうイかれた怪異集団の紋章だ。そんで……」
ここまで話した清水を、ジョンは手で制す。
ジョンはうつむいて頭を振ると、ジュリに視線を向けた。その視線にジュリは身震いする。そこにあったのは見慣れた陽気な表情ではなく、真剣な顔を向ける兄の姿であった。
「奴等はイかれているだけじゃない」
ジョンは一呼吸を置いて語り始める。
「奴等はお前の……俺たちの親父と母さんを殺したんだ」
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