第27話 5-6

夜の8時も過ぎた頃、立ち尽くした雅司は目の前の光景が理解できなかった。

ジュリから『一緒に出かけない?』と誘われて、意気揚々と待ち合わせの場所に向かったのだった。だが、待ち合わせ場所で目の前に現れたのは、


「お前が横溝か?」


ツーブロックの人相の悪いゴリラと


「とりあえず、乗れや」


荷台にブルーシートが張られた軽トラが駐車していた。ゴリラ、もといジョンは軽トラを指さす。


「えっ……ジュリさんは? というか、誰なんですか!?」


雅司はジョンに恐怖しながらも尋ねる。


「俺の名前は奏矢 ジョン。ジュリの兄貴だ。ジュリなら後で来るから心配すんな」


ジョンは、雅司の肩を叩くと、車へと促した。雅司は逃げたい衝動に駆られたが、逃げようとする素振りを見せるとジョンの表情が憤怒に変わっていくので、逃げ出せないまま、軽トラへと乗り込んだ。


 軽トラのエンジンがつくと同時に、ヘッドランプも点灯する。ジョンは音楽を入れると、軽快なロックが大音量で流れ始める。余りの音の大きさに、雅司は頭がくらくらとするのであった。


「それで……なんで僕は呼ばれたんですか?」


雅司は隣でハンドルを握るジョンに恐怖しながらも、疑問を投げかける。


「んん? ああ」


ジョンは慣れた手つきで、運転をしながら懐からタバコを出すと、ジッポで火を点ける。

少し間を置いて、紫煙を雅司に吹きかけた。


「ジュリがお前じゃないと駄目だって言ってたからな」


 その言葉を聞いた瞬間、雅司は恐怖を一瞬で忘れて、有頂天になる。


「ええっ!? そんな……本当ですか!?」


「ああ、確かに言ってたよ。だがな……」


ジョンは前方のテールランプを見つめながら、言葉を続ける。


「これから来る化け物の相手が出来れば、だがな」


「は?」


雅司は先ほどまでのテンションが嘘のように下がる。信じられないような目で雅司はジョンを見るが、鼻歌を歌いながら運転するジョンの真意を読み取ることは出来なかった。



 車内は大音量のロックが流れているが、2人は無言になってしまった。次の言葉を探していた雅司は、何も思いつかなかったのか、ただの疑問をジョンに伝える。 


「えぇと、つまり、どういうことです?」


「まあ、死ぬかもしれないってだけだな」


事も無げに言うジョンに対し、雅司は狼狽える。


「そんな! 降ろしてくださいよ!」


「お前、ジュリと仲良くしたいんだろう? 男を上げるチャンスじゃないのか?」


ジョンは雅司の言葉をひょうひょうと返す。

雅司はどちらにしても逃げられないと悟ったのか、押し黙ってしまった。


 軽トラは、いくつもの街を抜け、線路を渡り、森を抜け、橋を渡った。その間、車内はひたすらにロックが流れ続けていた。

1時間以上は無言だった2人だったが、ぽつりと雅司がジョンに話しかける。


「もしかして……ジュリさんに何かあったんですか……?」


ジョンは軽トラを運転し始めてから数えて、22本目のタバコをもみ消しながら答える。


「……ああ。大怪我だ。だから、お前の力を貸して欲しいんだ」


 その言葉を聞き、雅司は薄々予感していたこととは言え、驚きを隠せなかった。


「それで……僕がやることって……?」


「怖がれ。目いっぱいな」


アクセルを吹かし、加速する。途中にあったバリケードはそのままぶち破る。暗闇の中、現れたのは、場違いに明るい”高山トンネル”。


 そのまま、軽トラは吸い込まれるようにトンネルへと突入した。雅司は、あまりの運転の荒さに吐き気を覚えて、外の空気を吸うために窓を開けた。


「ふうぅ、気持ち悪い……」


ふと雅司の視界にサイドミラーが入る。そこには、何か黒い物が写っていた。まじまじと雅司はそれを見てしまう。

 

 それは、髪を振り乱して上半身だけで軽トラを追ってくる黒い異形であった。


「ひぃぃ!」


雅司が、恐怖により座席にうずくまると同時に、ジョンは笑いながらアクセルを踏む。


「ジュリの言ったとおりだったな!」


 軽トラは見る間に速度を上げるが、悲しいかな、その異形”黒ナメクジ女”に距離を段々と詰められてしまう。


「なんで、トンネルから抜けられないんですか!?」


雅司は恐怖で震えながら叫ぶ。


「知らん! うるさいから喚くな!」


ジョンは片手で運転しながら、黒ナメクジ女に発砲するが、当たった部位が少しはじけるだけであった。


 そのうち、黒い人型が大きくひしゃげてかと思うと、天井を跳ねて軽トラの荷台に落ちた。


「掛かった!」


ジョンが叫ぶと同時に、荷台のブルーシートがチェーンソーの刃によって引き裂かれる。


ジュリはチェーンソーを手に持ち、立ち上がる。



傷を隠すように、



小さな蝶が刺繍された、



漆黒のドレスグローブを



右手だけにはめたジュリが、荷台の上で怪異とにらみ合った。


「久しぶりね」

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