第15話 3-6

―― 「話していないこと、ですか?」


雅司は、剛の言葉を繰り返す。


「お、俺の兄貴が、ガンプと同級生だってことは、話したよな?」


剛は出血により、息が荒くなりながらも話を続ける。


「俺は兄貴と一緒になって……ガンプを虐めていたんだ。」


「それが、何の関係があるんですか?」


「あいつが探している奴ってのは、あ、あいつを虐めていた奴らのことをのことらしい。つまり、あいつは、お、俺を狙っているんだ。」


剛は体を震わせながら話す。その震えは出血だけのせいではなかった。


「お、俺のせいだ。」


「ふざけないでよっ!あんたのせいで!」


奈緒(なお)が剛に掴みかかる。


「おい!よせ!」


「落ち着きなさい」


雅司と篤、ジュリの3人で奈緒を止める。


「あんたのせいで!紫苑(しおん)が!」


奈緒が興奮状態から冷めるのに、数分ほど3人掛かりで押さえつけていた。


 「なあ、これからどうする?」


雅司が篤とジュリに相談する。


「とりあえず、緊急搬送口を目指すか...?」


「何にしても、急がないと。時間がもうなさそうだわ」


ジュリが剛の様子を見ながら言う。剛は先ほどよりも、呼吸が弱くなっていた。


「じゃあ早く出ないと……」


雅司はゆっくりと、スタッフルームのドアを開け、外の様子を窺う。

だが、少し先にガンプが立っていた。


「うっ……」


雅司はすぐに扉を閉める。


カチャン

静かだった空間に、小さく扉が閉まる音が響く。

その瞬間、重い足音がこちらに近づいてくる。

ここはスタッフルーム。出入り口は今閉めた扉のみ。



           『\ドッワハハハ/』



じっとりと蒸れた空気が、ジュリたちの体を包む。虫の音が遠くに聞こえる。

笑い声が近づいてくる。ガンプがこっちに来る……


 扉を閉めてから一呼吸置いて、ドアを壊さんばかりに叩かれる。その衝撃でドアに付いていたガラスが吹き飛ぶ。


「うおぉおお!?」


雅司と篤で扉を押さえるが、ものすごい力で押される。次の瞬間、ガラスが割れて出来たドアの隙間に、腕が入り込んできた。


その右腕に掴まれているものを見て、奈緒(なお)は叫び声を上げる。


「し、紫苑……」


 人の頭……先ほど1人で逃げた紫苑の頭部が、ガンプに掴まれ、振り回される。ガンプが腕を振る度に、血しぶきと灰色の組織が飛ぶ。紫苑、そう呼ばれた頭部の持ち主は、頭蓋が大きく割られ、中身灰色のゼリーが覗かせていた。両方の眼球は落ち、だらりと舌を垂らす。


部屋の奥で奈緒を落ち着かせようとしたジュリは、小型チェーンソーを手に取るとエンジンを掛ける。


「どいて」


ジュリがチェンソーのエンジンを吹かしたかと思うと、その腕めがけて振り落とした。

ガンプの腕が肘先から落ち、ガンプのどす黒い血が噴水のように流れ出す。ジュリの顔と胸にも返り血が掛かるが、ジュリは拭う様子はなかった。


 ジュリは追撃を加えるべく、ドアの隙間にチェンソーの刃を突っ込もうとした。しかし、その瞬間、ドアごとジュリが吹き飛ばされる。


「ジュリさん!」


 雅司もドアが吹き飛ばされた衝撃で腰を打ちながらも、ジュリを心配する。

ガンプがスタッフルームに侵入する。ジュリは吹き飛ばされた衝撃で、したたかに頭を打っていた。

ガンプはジュリめがけて、その左手に握られた鉄棒を振り落とした。


 ジュリは鉄棒をチェーンソーの刃で受け止める。辺りには金属同士がこすれる甲高い音と、火花が飛び散った。

ジュリとガンプはつばぜり合いの形になるが、ジュリの体勢は悪く、ガンプに押し負け始めた。


「ちょっと……まずいわね」


ジュリは己に向かってくる鉄の棒を見ながらつぶやいた。


 次の瞬間、ガンプの背が炎に焼かれる。ガンプは振り向いてしまう。そこには、ゴミに混ざって落ちていたスプレー缶とライターを持った雅司が立っていた。雅司はこの2つの組み合わせで、即席の火炎放射機を作っていたのだった。

雅司が次に放った火炎は、ガンプの顔面を焼いた。一瞬、ガンプがその炎にひるむ。


 その隙をジュリは見逃さなかった。「ありがと」とジュリは雅司に向けてつぶやく。ガンプの鉄の棒を横に払うと、そのチェーンソーの刃でガンプの首を横に薙ぎ払う。

チェーンソーの刃が、ガンプの首を通り過ぎると同時に、ガンプの首から血があふれ出す。一拍置いて、ガンプの首がゴトリと床に落ちた。


 首なしになったガンプは膝から崩れ落ちる。少しの間、首と切られた腕から血がポンプのように流れていたが、それもすぐに終わる。


「た、助かった……」


雅司は死の恐怖から逃れられた安堵感から、腰が抜けてしまう。


「おい!入り口が開いてるぞ!」


外の様子を窺っていた篤が叫ぶ。

先ほどまではピタリと閉じていた入り口が、今や風に吹かれて揺れていた。

 

 「大丈夫?」


腰が抜けて動けなかった雅司は、ジュリに助け起こされながら心配される。


「ありがとう。僕なら大丈夫……ところで、なんでそんなものを持っているの?」


「あら。女の鞄の中身は、聞かないものよ?」


ジュリはニコリと笑う。その日、初めてのジュリの笑顔であった。


「おい!早く出るぞ!」


篤が剛に肩を貸しながら声を掛ける。

ようやくこの悪夢が終わるのだ……と雅司は感じたのであった。

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