第13話 3-4
大人数の大きな笑い声が響いた瞬間、全員の時間が止まる。
「まさか...ガンプ?」
雅司は、独り言のつもりでつぶやいた。
だが、その言葉に、紫苑がビクッと反応する。
「せ、先輩...?イタズラにしてはタチが悪いですよ...」
紫苑の様子を見て、安心させようとしたのか、篤は剛に尋ねる。
「い、いや。ここに来るのは俺も初めてだし...」
紫苑の顔色が見るからに悪くなる。
「わ、わたし、もう帰る!」
紫苑は、手術室から出ようとした。しかし、あまりに慌てていたのか、扉に思いっきりぶつかってしまう。
バスンッと重い音が響く。「い、痛いよぉ……」紫苑はもはや半べそである。
そのとき。
『\ドッワハハハ/』
またあの笑い声がした。それもすぐ近くで。
全員の視線が、音源である手術室の奥、棚の影となっているところに集まる。
そこから、笑い声とともに身長が2mはある男が現れた。
革靴を履き、服装はスーツ、黄色いネクタイ、赤茶けたシミのあるYシャツ。そして、焼け焦げた顔、削げた唇。
まぶたのない瞳で、こちらを見つめる。笑い声は聞こえるのに、口は動いていなかった。
ジュリは鞄の口を開けて、小型のチェーンソーを取り出そうとするが、ガンプの方が先に動く。ガンプは一番近くに居た剛に狙いを定めた。
「ひぃぃい!」
手術台から転げ落ちる。ガンプが足音を立てながら近づいてくる。次の瞬間、ガンプは手に持っていた鉄棒を振りかぶると、床に転がっている剛に向けて振りかぶった。
「うぐぅう」
鎖骨辺りを殴られた剛は、苦悶の表情を浮かべた。
ガンプは、再度鉄棒で殴ろうとして、大きく振りかぶる。しかし、その鉄の棒は空を切る。
「今だ!」
雅司はジュリと紫苑の手を掴むと、手術室から外に出る。ジュリは鞄を漁っていた手を雅司に取られる。剛は奈緒と篤に半ば引きずり出されるように手術室からでると、病院から逃げ出すために車へと駆け出した。
ガンプも雅司たちを追って、手術室から出ようとするが、その巨体が幸いにして扉を通れなかった。
手術室からは大きな笑い声が、途絶えることなく続いていた。
病院の入り口まで戻ると、外に出ようと扉を開けようとした。
「あ、開かない……」
来るときは、簡単に開いた扉が、今は雅司がいくら力を込めても開かなかった。
「な、なんでよ!?なんで開かないのよ!?」
紫苑は半狂乱になりながら、扉を叩く。
雅司が近くに落ちていたイスの脚で、扉のガラスを割ろうとするが、ヒビ1つ付かない。近くの窓にも同様にして割れない。
「何で割れないんだ……」
雅司は割れないガラスを見て、愕然とする。
「ちょっと、そこをどいてくれる?」
ジュリは鞄の中で、バラバラにしてあった小型チェーンソーを組み立てる。
「えっ、何を...」
雅司の言葉は、ジュリが鞄から出した小型チェーンソーのエンジンの空ぶかしによってかき消される。
「危ないから、離れてて」
そうジュリは静かに言うと、その刃を扉の施錠部に当てる。
辺りには、低いエンジン音と、金属同士がこすれる甲高い音が響いた。
「無理ね」
少ししてからジュリはチェーンソーを止める。そこには傷1つ付いていない扉があった。同様にガラス部にもチェーンソーの刃を当てるが、結果は先ほどと同じであった。
「どこか、他の出口はないの!?」
奈緒にも紫苑の恐怖が伝搬したのか、パニックになりながらも叫ぶ。
「なあ、確か病院って緊急搬送口ってあるはずだよな?そこから逃げられないのか?」
雅司が篤に振り向き、やや早口で尋ねた。
「あ、ああ。確かさっき病院の案内図を見たときにあったような……」
「じゃあ、早く行こう。先輩を早く病院に連れて行かないといけないし……」
雅司はチラリと剛の方を見やる。剛は鉄棒で殴られた衝撃で肉が裂けたようで、肩から血が滴っていた。
「それに、ガンプがここに来るかもしれない」
「かも、じゃなくて時間の問題よ」
ジュリは雅司の言葉をさらりと受け流す。
雅司は剛から懐中電灯を受け取ると、案内図を確認する。
どうやら非常口は、ここから病院を突き抜けた反対側であるらしい。
「ここの廊下をまっすぐ行って……」
雅司と篤、そしてジュリの3人で案内図を確認していると、突然、懐中電灯が切れる。
「いやぁぁぁっ」
奈緒と紫苑は、突然真っ暗になったことに動揺して悲鳴を上げる。
その瞬間、
『\ドッワハハハ/』
笑い声が聞こえた。その笑い声が、段々と大きく聞こえる。
”ガンプ”が近づいてきてる……その場に居る全員がそう思った。
「は、早く逃げようよ!」
紫苑が金切り声を上げる。
「い、いや、先輩はすぐに動かせないし、どこかに隠れよう」篤は紫苑をなだめる。
「もうイヤっ!」
そう言い残すと、紫苑は1人で非常口の方に駆けていった。
「あ、おい!」篤は制止しようとしたが、紫苑は闇の中に消えた。
雅司は隠れる場所がないかと辺りを見渡す。
「あそこに隠れよう!」
雅司が指さしたのは、受付横にあるスタッフルームであった。
急いでスタッフルームに飛び込むと、すぐにあの笑い声がやってくる。
『\ドッワハハハ/』
\ドッワハハハ/
『\ドッワハハハ/『』
『\ドッワハハハ……』
『\ドッワハ……』
『\ドッ……』
『……』
しばらく近くを歩き回っていた様だったが、雅司たちは見つからなかった様で、そのまま笑い声は遠ざかっていった。
「なんとかやり過ごしたか……?」
雅司はつぶやく。
「とりあえず、早くこの人の止血をしないと、長くは持たないわよ」
ジュリは剛の傷口を見ながら言う。剛の肩からは血が滴り落ち続けており、床を赤く染める。
「で、でも包帯なんかないし」
「これでなんとかするわ」
ジュリは自身のシャツを一部破ると、てきぱきと傷口の止血を始める。
シャツの一部で思いっきり傷口を縛られた剛は、苦痛でうめく。
静寂が流れる。動こうにも、遠くから笑い声が聞こえているため、その場に釘付けになってしまっていた。
剛は出血により、顔色が白くなっておりさらに呼吸も荒くなっていた。荒く呼吸をしていた剛だったが、突然口を開く。
「じ、実は」
剛は息も絶え絶えに喋り始めた。
「ガ、ガンプのことで……みんなに言ってなかったことがあるんだ……」
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