第3話 1-3

公民館に向かうジュリと浦河 智也の前に、立ちふさがるは腐った死者の群れ。

その死者たちをスピードを上げてはね飛ばし、道路は赤黒い液で染まる。臓物は散らばり、フロントガラスに濡れた髪の毛がへばりつく。


「邪魔ね」


そう言いながら、ジュリは智也に運転を任せ、携帯電話で機械油専門の通販サイトを眺めるのであった。


公民館の前まで着いたが、やはり入り口には死者の群れ。


「そのまま行って」


 ジュリは携帯電話から目線を放さず、指示を出す。

智也は車のスピード上げて死者の群れへ、そしてそのまま入り口のガラス扉まで突っ込む。

派手な音とともに、公民館の玄関に乗り上げた車は、ようやくそこで止まる。道路からここまで血の轍(わだち)が延々と続いていた。


 入り口に居た死者たちを半分ほど減らしたが、車で轢けなかった者、轢いて部位欠損しても這い寄ってくる者がまだ6体ほど残っていた。

ジュリはチェーンソーのエンジンを吹かしながら、勢いよく車から降りる。


「1!」


向かってくる1体の死者の首に、チェーンソーを振り抜く。頭を失った体は、糸が切れた人形のようにすぐに倒れる。


「2!」


足下に落ちた生首をサッカーボールのように蹴り上げて、別の死者の頭にぶつける。2つの頭が、カボチャのように砕けた。血と灰色のゼリーが床に飛び散る。


「3!」


死体を乗り越えてきた死者の腹部にチェーンソーの刃を突き入れると、縦に裁断する。切断面から、臓腑を覗かせて動かなくなる。


「4!」


脚がもげて、這い寄ってくる死者の頭部を、スイカ割りの要領で縦に割る。血と脳汁と脳がミックスされた物が、チェーンソーの刃の勢いによって天井まで飛び散る。


「5!」


 こちらに両手を突き出して押し掛かろうとする死者の両腕を切断する。ジュリは半回転ほどして、そのまま両足も切断する。ジュリの目の前にひざまずく体勢になった死者は、ジュリのかかとで頭をぶち抜かれた。

 公民館の玄関は静かになる。


 「ようやく静かになったわね」


ジュリは返り血で真っ赤になったまま、智也に振り向く。智也は猟銃から硝煙を上げたまま、固まっていた。どうやら、1体の死者を仕留めていたらしい。


「ええ……いや、銃で撃つよりも早いですね」


「慣れれば簡単よ。さあ急ぎましょう」


2人は公民館の奥まで走って行った。彼らが目指すは、公民館で一番広い遊戯室。


 遊戯室までたどり着いた2人が見た物は、20体ほどの死者の群れ、怪しげな祭壇、祭壇に捧げられている女の生首、祭壇で祈祷する老人であった。

その生首を見た瞬間、智也は取り乱す。


「あ、ああ……リオ……なんて、酷い」


生首は智也の妻であるリオであった。

その声に気がついた老人はゆっくりと振り返る。


「これは、これは、ようこそ。我が舞宇道村《ぶうどうむら》へ。わしはこの村の村長じゃ。この村に転入希望かね?」


老人は黄ばんだ歯を覗かせながら笑う。


「アナタが今回の騒動の原因かしら?」


「ああ、そうとも!皆、幸せそうにこの村で暮らしておるよ!」


「な、なんで!なんでこんな酷いことを!?」


智也は村長に向かって吼える。


「何故かって?」


村長は大仰に手振りを交えて話し始める。


「若者は出て行き、残された者は老いて死を待つだけ! 人は居なくなり、この村は近いに未来に廃村になるじゃろう。わしは村長として、この村の人間としてそんなことは許せんかった! だからわしは考えた。もっとも効率のよい方法を。この術を!」


村長は口からつばを撒き散らしながら、その血走った目をジュリと智也に向けて吼える。


「この術を使えば、死は村から離れる理由にはならん。新しく入ってきた人間も、この村から離れられなくなる!」


老人はここまで話すと、大きな声で笑い始めた。


「このクソ野郎が!」


 智也は、猟銃を撃ちながら死者の群れに突っ込んだ。ジュリはその蛮行を止めようとしたが、その制止は智也には届かなかった。

 智也は勢いよく飛び込んだが、死者たちに掴まれる。死者たちは智也の両手、両足を掴むと、力任せに引っ張り始めた。


「あっあ!あ”~っあ~」


痛みで智也は叫ぶ。そのうち、メリメリと何かが裂け始める音が響く。腕と脚の付け根から血が滴り始めた。



「い”、い”や”だ~」



智也は叫んでいたが、その言葉を最後に両手足が胴体から引き抜かれる。胴体から腱が糸のように繋がっているだけになった。もはや智也に意識はないのかうめき声すら上げていなかった。


 それを眺めていた老人は、ジュリに視線を向ける。


「それで、君はどうするかね?」


「とりあえず、こんな村はお断りだわ」


「そうかい。では強制移住になるな」


 死者たちがジュリに向けてにじり寄る。ジュリもチェンソーで牽制するが、多勢に無勢。段々と部屋の隅に追いやられた。

死者たちの群れが彼女の体に触れようとしたとき、携帯電話から軽快な音楽が流れる。


 そのとき公民館の壁が突然、爆発により吹き飛んだ。爆発は爆炎を伴いながら死者の群れを舐めるように衝撃を伝えた。


「ジュリー!生きているか!」


携帯電話から、彼女の兄の声が響く。


「兄さん、少し遅いわ。依頼者が死んじゃったわよ」


「床に転がっている、あの四肢切断された男のことか? まだ急げば大丈夫だ」


撃ったばかりのロケットランチャーを捨てて、双眼鏡に持ち替えた彼女の兄、ジョンはのんきそうに答えた。ジョンが家から怪異退治用に持ってきた武器も、手元のハンドガンを残して、品切れになる。


「まったく!」


ジュリは彼女の腕を掴んでいる死者をチェンソーで切り伏せると、倒れている死者たちを無視して村長の前に躍り出た。


「わしは良い村づくりをしようとしただけじゃ! 何故、邪魔をする!」


「そうね……強いて理由を言うなら、こんな化け物がウヨウヨ居る村に住みたくない、かしら」


 そう言うと、ジュリはチェンソーを老人の首へ振り下ろす。血を噴水のようにまき散らしながら、老人の首が落ちる。

胴体は膝から崩れ落ちるが、倒れ伏せる前に、ジュリは追撃をする。腹部にチェンソーの刃を差し込むと、縦に割る。さらに左肩から腰に掛けて袈裟(けさ)切りにした。

最後に老人の頭を踏みつぶすと、ジュリはようやくチェンソーのエンジンを止めた。


 老人がバラバラにされたと同時に、死者たちの群れが溶け始める。そうして、少しすると黒い霧となって蒸発した。


「やっと、終わったわ」


ジュリは少しため息をつくと、四肢がなくなった智也を担ぐ。智也の四肢から血が垂れ、口からはうめき声が漏れる。


「早く、治療しないと」


ジュリはそのまま、病院へと急いだのだった。


 この日、舞宇道村(ぶうどうむら)は地図から消されることになった。

また、智也はなんとか命を繋いでいた。しかし、リハビリ生活でこれから地獄を見ることになると医者から宣告されたのだった。

智也は病院のベッドの上で思う。


ジュリたちは、どのような人間だったのかと。そして、今日もまた、怪異と戦っているのかと。

そこまで考えた智也は、薬によって深い眠りへと落ちていった。

 智也が次に目覚めたとき、枕元に花が生けてあるのに気がついた。

誰が置いたのかと看護婦に聞くと、『青い目をした女の子が、名前も名乗らずに置いていった』と笑いながら答えた。他にも何か看護婦は話していたが、智也の耳には、もう入らない。

智也は少し笑みをこぼす。そして安心して、再び眠りへと落ちていったのだった。

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