第二の封印①

翌朝、パレットは陽光公園の『アスレチックエリア』に来ていた。

「困った時はお互いさま、か……」

自分の身は自分で守るという、パレットの今までの価値観とは真逆の考え方だった。

 パレットが考え事をしていると、懐かしのボールプールの中から、「すぅすぅ」と、小さな寝息が聞こえて来た。

「あら? 誰かいるの?」

 パレットは少し気になって、ボールプールの中を覗きこんだ。

するとボールプールの中に、中学校の制服を着た女の子が埋もれながら眠っていた。

「起きなさい。こんなところで女の子が一人で寝てたら危ないわよ?」

 パレットは眠れる女の子の腕を引っ張り上げ、ボールプールから救出した。

以前のパレットなら、見て見ぬふりをしていただろう。

助け出された少女は、眠けまなこを擦りながら、欠伸をした。

「ふぁっ……今、何時なのです?」

「えっと……朝の七時よ。それより、どうしてこんなところで寝ていたの?」

「仮眠を……十五分ほど……」

 その少女は、白いスクールシャツの上に、黒い学ランを袖を通さずに羽織っていた。腰のあたりまである黒い長髪が、風に揺れる。ジトッとした眼の中に、吸い込まれるような灰色の瞳は、見る者全てを釘付けにするほどミステリアスな魅力があった。

「危うく寝過ごしてしまうところだったのです」

「ふふん、お礼なんていいわよ」

 パレットは腰に手を当てて自慢げに言った。

「そうですか。それとワタシから一つ、貴方に聞きたいことがあるのですが」

「聞きたいこと……? 何かしら?」

「昨晩、ワタシの学校に三名の不法侵入者が出没したのです。一人は問題児の黒城 弾。それを追って来たと思われる、生徒会の副会長、菜の花 乃呑。そしてもう一人は、謎の金髪の少女……心当たりはないのですか?」

 ジト眼の少女は、スカートのポケットから迷彩柄の宝箱を取り出し、突き出した。

(……っ! この殺気は、学校に侵入したときに感じた気配と同じ……)

 パレットはレッグホルスターに収まった拳銃に手をかけようとしたが、睨みあったまま動かない。

(一切の隙がない……この少女、いったい何者なの?)

 パレットの鼓動が、しだいに速くなっていく。すると突然、

「ふぁっ……物騒なので、貴方も気を付けたほうがいいのです。それでは……」

 口を押えながら小さくあくびをし、ジト目の少女は身を翻した。そして、陽光中学校の方面に歩き去っていった。

「このあたしが、手も足も出せないなんて……」

 パレットが感じた威圧感。あの少女はいったい何者なのだろうか。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


(悔しいけど、今のあたしは、この世界の戦いについていけない。あたしも強くなりたい。そのためには、誰かに『秘宝』のことについて聞くしかない)

 パレットは陽光公園を離れ、商店街へと向かった。情報に詳しそうな人を求めて、商店街の表通りから外れた裏通りを歩いていた。裏通りのシャッターは全て閉じ切られており、閑散としていた。

(あいつなら何か知ってるかもしれない……。ブラウ・ヴァルカン)

 パレットは、以前公園のブランコで会った青髪の青年のことを思い浮かべて、裏路地を歩いていた。すると、ガラガラと一軒の店のシャッターが開いた。その店の看板には、『秘宝堂』と書かれていた。

(この店ってもしかして……)

 パレットは店内に入るや、ショーケースに顔を近づけた。ショーケースの中には、

銅色の宝箱、銀色の宝箱、金色の宝箱が並べられていた。

「これって、『秘宝』!? 値段は……一、十、百、千、万……高っ!?」

 パレットは金色の宝箱の値段に驚愕し、思わず声をあげた。

「ウハハハ、その反応、『秘宝』を買うのは初めてか?」

 パレットは後ろから声をかけられた。パレットが振り向くと、真っ黒の袈裟(けさ)に金色の装飾を身につけ下駄を履いた、坊主頭の筋骨隆々な漢、屈強ハゲが店番をしていた。

「俺様の名は、金剛(こんごう) 宇利亜(うりあ)。この『秘宝堂』の店主だ」

 金剛 宇利亜は、ニカッと笑いながら言った。営業スマイルだ。

「よくいるんだ、『秘宝』を買いに来たはいいが、値段の高さにケチつける客。俺様は、そんな客を閉め出す為に雇われ、そしていつの間にやら店主になっていた」

「悪い趣味してるわね……」

「そうか? これでもむしろ、うちは相場より安い方なんだがな」

「十分高いわよ。だって『秘宝』って、TRG社の量産品なんでしょ?」

「いいや、『秘宝』はもう、どこでも製造されてねぇって噂だ」

「製造されてない……?」

 パレットはその回答に違和感を感じていた。

「ちょっと待って。今更感あるけど、そもそも『秘宝』何なの?」

「ああん? 『秘宝』ってのは、TRG社が開発した、動物を『秘宝獣』に『昇華』させる道具のことだが」

「そうじゃなくて、どういう原理で『秘宝獣』になるのよ?」

 パレットは眉をひそめながら聞いた。昨日あれだけ苦労して手に入れた『秘宝』も、使い方が分からなければ意味がない。

「ここ、『秘宝獣』は売ってないの?」

「残念だが、『秘宝獣』の売買は法律で禁止されてるんでな。うちはあくまで空っぽの『秘宝』だけを売買している店だ。動物を買いたきゃ他を当たりな」

(動物を手に入れるって、どうすればいいのよ……)

 銅色でも、銀色でも、金色でもない。パレットは昨日手に入れた宝箱が、Sランクの『秘宝』であることを確信した。故に、その使いみちにはとても慎重だった。

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