パレットの記憶
硝煙の臭(にお)い。真っ赤に燃える空。あたしは荒廃した街の中を彷徨っていた。
迷彩柄の防弾チョッキ。何故あたしはこんなものを着ているの?
何か、ぐにょりとしたものを踏んだ。人の肉片のようだ。別に、珍しいことじゃない。だってこの世界では、これが当たり前の光景だったから。
(そこにいるのは誰!?)
あたしは腕に抱えていたマシンガンを構え、崩れた廃墟のコンクリートの壁に隠れていた人影に向かって乱射した。
「ひぃ……」
撃たれ損ねた白いローブの男は、慌てて両手を上に挙げて、あたしの前に姿を現した。
「撃たないでください……僕はただの民間人です」
「……戦場にいる人間の話をあたしが信じるとでも?」
少し前までは戦争言えど、人道的な配慮から民間人の殺害は禁止されていた。けどそうも言っていられない状況になった。民間人を装った敵国の軍人が紛れ込んでいるからだ。
決して誰にも気を許してはならない。敵であれ、味方であれ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「動くな!!」
あたしがマシンガンの銃口を向けると、白いローブの男は奇声を上げて迫って来た。
白いローブの下から爆薬が見え、あたしは咄嗟に逆方向へと飛んだ。
「……我が偉大なる神に栄光あれぇぇっ!」
白いローブの男は爆死した。あたしは間一髪のところで助かった。どうやらその男は、一人を道連れにできる程度の爆薬しか持たされていなかったようだ。
あたしは土埃を払って起き上がり、散り散りになった白い布切れと肉片を見つめる。
(哀れな奴……)
殉教者。自らが崇める神のためなら、命をも捧げる危険な思想の連中のことだ。
宗教対立が激化して以降、その数は日に日に増加している。殉教者の中には、神のためと理由付けをして、人を殺害すること楽しんでいる者まで紛れ込んでいた。
あたしは神に祈ったりしない。神に祈りを捧げることが、無意味だと知っていたから。
神は無慈悲だ。人を平等に作ろうとしない。努力をしても才能には敵わない。顔を選んで生まれてくることもできない。不幸な国に生まれたら、生きることすら叶わない。
あたしはこの世界が大嫌いだ。
もし神がいるのだとすれば、どうしてここまで救いのない世界になるまで放置したの?
繰り返す。あたしはこの空虚な世界と……神が大嫌いだ。
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