昇華現象

 翌日の早朝、『のどかな公園エリア』のブランコに座るパレットは、空を眺めていた。

「暇ね。手帳に書くようなネタ、どこかに落ちてないかしら……」

 パレットは退屈そうにブランコを揺らしていた。その表情からは哀愁を漂わせている。

「貴卿、顔色がすぐれぬようだが、どうした?」

 呼びかけに反応したパレットが顔を上げると、日本の海兵が着ていそうなセイラー服を着た、青髪の青年が立っていた。昨日、『秘宝獣』についてパレットに解説した人物だ。

「あなたは昨日の……名前は、えっと……」

「これは失敬、申し遅れた。某の名はブラウ・ヴァルカン。ヴァルカンと呼んでくれ」

 ヴァルカンと名乗った青髪の青年は、白い軍手をした右手を差し出した。

「よろしく、ヴァルカン。あたしはパレットよ」

「パレットか、ここでは珍しい名だな。何か悩み事でもあるか?」

「そうね、だったら何か面白いことない?」

「唐突だな……面白いことか……」

 パレットの無茶振りに、ヴァルカンは顎に手を添え、数秒考えてから言った。

「ならば、某(それがし)の持っている『秘宝獣』を見せてやろう」

「ヴァルカンも『秘宝遣い』なの?」

「ああ。これが某の『秘宝』だ。『秘宝獣』の名を、赤城(あかぎ)という」

 赤城……それは、日本海軍の航空母艦の名である。

 パレットは息を呑んだ。いったいどんな動物が入っているのだろうか……ヴァルカンは白い手袋を外し、金色の宝箱の蓋に親指の爪を挿しこみ、勢いよく上へと弾いた。

「出でよ、赤き甲冑(かっちゅう)の武士(もののふ)よ! 開宝、赤城(あかぎ)!」

 金色の宝箱の中から現れたのは、真っ赤な甲殻の二十脚の生き物。小さな体と比較して大きいハサミを持ち上げ威嚇している。パレットはその姿を見て肩を震わせていた。

「ただのザリガニじゃないのよ!?」

「否、赤城(あかぎ)だ」

「否、じゃないわよ!」

 パレットは期待して損した、と言わんばかりにガックリと肩を落とした。

「何が不満なのだ。こんなに猛々(たけたけ)しいというのに……」

 ヴァルカンは、寂しげにザリガニの秘宝獣(?)を金色の宝箱の中へと戻した。

「ならば次は、『秘宝獣』の『昇華』を見せよう。ついて来い、パレット」

「『昇華』(アセンション)……?」

 ヴァルカンは堂々とした表情で、『のどかな公園エリア』にある釣り堀へと向かった。

 釣り堀の近くには、釣り道具が貸し出されている白い小屋があった。ヴァルカンは手早く釣り竿とバケツをレンタルし、釣り堀で待たせていたパレットと合流した。

「待たせたな。では始めるとしよう」

「釣り竿って、湖のヌシでも釣り上げようって言うんじゃないでしょうね?」

「ふっ……まぁ黙って見ていろ」

 ヴァルカンは、釣り竿のフックに銅色の宝箱を取り付けた。

「あら? それって『秘宝』じゃない? それを使って『秘宝獣』を捕まえるの?!」

「否、『秘宝』は動物を『昇華』させる道具なり!」

 ヴァルカンは、先端に銅色の宝箱が付いた釣り竿をビュンと水面に垂らした。

 そしてパレットに『秘宝獣』についての説明を始めた。

「『秘宝獣』にはランクがある。銅色の宝箱はCランク、銀色の宝箱はBランク、金色の宝箱はAランクの『秘宝獣』に『昇華』させる効果がある」

「だったら昨日のポニーテールの子が使ってた、Sランクの『秘宝獣』って?」

「Sランクは異例だ。宝箱自体非売品であり、入手経緯を聞けばみな一様に口を閉ざす。従ってSランクの『秘宝遣い』は、国内全体で見ても十人に満たない」

「ヴァルカンはSランクの『秘宝獣』持ってないの?」

「某が今持っているのは、Aランクが一体と、Bランクが一体のみだ」

 それを聞いたパレットは、とある疑問が浮かんだ。

「意外ね。どうしてそんなに少ないの?」

「理由は……今に分かる」

 釣り竿の浮きがピクリと沈んだ。ヴァルカンはリールを回し、釣り竿を引き上げた。

「何か釣れた?」

 パレットが横から覗きこむ。ヴァルカンは、釣り竿に付けていた銅色の宝箱を開けた。秘宝の中には、一匹の普通の水亀が入っていた。

「……ただの亀よね?」

「ぬぅ……そう簡単にはいかんか……」

 ヴァルカンは秘宝の中に入っていた亀を湖へと逃がした。そしてもう一度、銅色の宝箱を釣り竿の先端に取り付け、水面に垂らした。

「この『秘宝』という道具は、五年前、TRG社の革新的な技術により開発されたものだ」

「TRG? 」

「Technology Revive Generation、だそうだ。未来の技術ではなく、過去にあった技術を復興させることにより、新たな技術を作り出している、変わった会社だ」

「out of place artifacts……」

 パレットは怪訝な顔つきでとある英語を呟いた。それはオーパーツと呼ばれる、当時の文明では製造が不可能だと言われる出土品の総称だ。

(この世界は『未来の世界』だと思ってたけど、もしそれが本当に可能だとすれば、『過去の世界』説も可能性も考えられるわね……)

 パレットには『観測者』として、この世界のことをもっと知る必要があった。

「ねぇヴァルカン、こんなこと聞くのも変だと思うけど……」

 パレットがヴァルカンに聞きかけた時、ヴァルカンの釣り竿に強いあたりが来た。

「来たか! パレット、これが『昇華』だ。よく見ていろ」

 リールを巻いて引き上げた銅色の宝箱は、上下左右に激しく動いていた。

「ちょっと、なにが起きているの!?」

「『秘宝』の中で、動物の『昇華』が行われているのだ」

 ヴァルカンは、激しく揺れる銅色の宝箱をバケツの中に入れた。銅色の宝箱はひとしきり動き回ると、今度はピクリとも動かなくなった。そしてバケツから宝箱を取り出した。

「……どうなったの?」

「『昇華』が完了した。開けてみるか?」

 パレットはヴァルカンから、銅色の宝箱を恐る恐る受け取った。

「たしか宝箱の蓋の間に爪を入れて、上に弾く……」

 ピンという音と共に、『秘宝』の中から一匹の水亀が姿を現した。外見にさほど変化は見受けられないが、パレットが触ってみると、甲羅がステンレス鋼並に堅くなっていた。

「動物が『秘宝獣』に進化した!? これが『昇華(アセンション)』……?」

「然り。『秘宝獣』には、『昇華する個体』と『昇華しない個体』がいる。諸説あるが、最も有力な説は、その動物自身の持つ『死生観』によるものだと某は考えている」

 『死生観』とは、宗教における『生きることと死ぬことに対する考え方』のことだ。

「『秘宝獣』になるということは即ち、『肉体からの解放』を意味する」

「それってつまり、動物として一度死んで、『秘宝獣』として生まれ変わるってこと?」

 ヴァルカンは黙ったまま頷き、水亀の秘宝獣をパレットの手から受け取った。

 ヴァルカンは、澄んだ青い瞳で『秘宝獣』となった亀を見つめて、Cランクの『秘宝』の中へと戻した。そしてスマートフォンをポケットから取り出し、検索をかけ始めた。

「ヴァルカン、何やってるの?」

「『昇華』した水亀の秘宝獣が登録されていないか調べている。『秘宝獣』の登録は、『秘宝遣い』に課せられた義務だからな。と、既に登録済みのようだ。名は『プロテクトータス』というらしい」

「ふーん……あっ、もしかして新種の『秘宝獣』は、自分が命名できたりするの!?」

「パレット、無闇な乱獲は……」

「なによその眼、ちょっと聞いてみただけよ!」

 パレットはワクワクした素振りを翻して、ツンとそっぽを向いた。

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