秘宝獣③
パレットが『ふれあいエリア』から『のどかな公園エリア』へ、湖畔沿いの道を歩いていると、白いうさぎのぬいぐるみが湖の中央に向かって流されていた。
「リリィちゃん……!」
湖の手前のウッドデッキの傍には、泣きそうな声で叫んでいる小学生の女の子がいた。どうやらあのぬいぐるみの持ち主のようだ。
(ぬいぐるみ、どんどん遠くへ流されてく……あれはもう諦めたほうが良さそうね)
パレットが見て見ぬふりをしようとした、その時だった。
後方から走りこんできた、学校の制服を着た黒髪の少年が、片手をついてウッドデッキを飛び越え、躊躇なく湖へと飛び込んだ。
パレットは一瞬、自分の眼を疑った。まさか後先も考えず、湖に飛び込むなんて。
黒髪の少年は溺れかけながらも、湖の中央まで流されていた白いうさぎのぬいぐるみを確保し、なんとか生還した。黒髪の少年は女の子へ、視線を逸らしぬいぐるみを渡した。
「リリィちゃん!」
女の子は白いうさぎのぬいぐるみをギュッと抱きしてお礼を言った。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
黒髪の少年は黙って後ろ手を振り、その場を去ろうとした、その時だった。
今度は湖の中から、真っ白な顔面にプラス記号のような眼、赤い水晶玉のごとき丸鼻をした、厚化粧で小太りのおじさんが飛び出した。
「パンパカパーン、ジェスタークラウンとうじょーう♪」
空中で身を屈め、数回転しながら着地したピエロのような風貌の男は、立ち去ろうとしていた黒髪の少年の左肩を掴みながら言った。
「チミチミ見てたよさっきの善行♪ 自らの危険も顧みず女の子のために行動し、なおかつ何の見返りも求めない♪ そんなチミには~~~はい、『金のハッピーチケット』♪」
ジェスタークラウンと名乗ったピエロは、クルクルとその場で回転しながら、グッショリと濡れた真っ赤な服の内ポケットから、金色のチケットを差し出した。
「……いらない」
名刺を差し出すような姿勢で硬直したジェスタークラウンの横を、黒髪の少年は素通りしようとした。……しかしまわりこまれてしまった。
「どこまでも謙虚な人♪ そんなチミには~~~はい、『金のハッピーチケットⅡ』♪」
ジェスタークラウンは白い手袋をした手をたたくと、金色のチケットが一枚から二枚に増えた。すると、黒髪の少年がズボンのチェーンに付けていた虹色の宝箱の中から、青いひな鳥がひょこっと顔を出しながら喋った。
「やったじゃない黒城(こくじょう)ッ。『金のハッピーチケット』が二枚あれば、愛歌(あいか)ちゃんとあんなことや、乃呑(のの)ちゃんとこんなことやッ……」
言いかけたところで、黒城と呼ばれた少年は、青いひな鳥を宝箱の中へと押し込めた。
「黙れってヒナコ。鴇(とき)はともかく、菜(な)の花(ばな)を選ぶと殺される……いや、鴇を選んだ場合も菜の花に殺される……」
「黒城ッ、アンタはいつも消極的過ぎるのよッ!」
(何よ、ぬいぐるみを助けたくらいで、正義のヒーローにでもなったつもり?)
傍観者だったパレットは、苛立った様子でその場を離れた。その姿を、ピエロはじっと観察しているように見えた。
太陽も沈む頃、今日も一日を終えたパレットは、自らが身を置いている拠点である、町はずれの教会へと向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ひとけのない教会の中は、天窓から差し込むオレンジ色の光以外は真っ暗だ。パレットは手で壁を伝いながら、教会の地下へと続く階段を下りていく。地下室の最奥には緋色のローブを羽織った人物が背を向けながら立っていた。
「戻ったか、パレット。では今日の報告をしてもらおう」
彼がパレットが言っていた神父。パレットに『観測者』の使命を与えた人物である。
「はい、今日は朝から商店街の福引所へ……」
「福引所……?」
「いえ、なんでもありません……」
パレットはコホンと咳払いをして、声のトーンを下げて続けた。
「この世界には、『秘宝』という未知の物質があります」
「未知の物質だと?」
「はい。手のひらサイズの小さな宝箱なのですが、動物を『秘宝獣』という生物に進化させる不思議な力があるようです」
「ほう、それは興味深いな……」
その後もパレットは淡々と報告を続けた。
報告を終えたパレットは、教会内にあるシャワーを一人で浴びていた。
「ああ~、ひと仕事終えた後に浴びるシャワーって最高ね」
パレットは人肌まで温まったお湯で気持ちよさそうに。普段のサイドテールの髪をほどくと、美しい金色の長髪が胸のあたりまでかかっている。いつもは攻撃的な性格のパレットだが、黙ってさえいれば……。
「……何か言った?」
怖いので、これ以上は触れないようにしておこう。
(たくみが言うには、『秘宝』は、動物を『秘宝獣』に『昇華』させる道具、らしい。もしかしてこの世界は、『未来の世界』だったりするの?)
パレットは今日の出来事を思い返しながら、この世界の謎について考えていた。
一方、パレットからの報告を受けた神父はただ一人、祈祷室で祈りをささげていた。
「偉大なる我が神よ、邪(よこしま)なる者に裁きを与えたまえ……」
黒魔術にでも染まっているかのような形相で祈る神父に、後光が差し込んだ。
「おお、スカーレット様。いらしていたのですか!」
神父が振り向くと、紅緋色のローブを着た人物が立っていた。フードを目深に被っているため表情は読み取れないが、名前からして女性のようだ。
「どう? パレットの諜報活動は順調?」
「そのことなのですが、スカーレット様は『秘宝』という存在をご存知で?」
それを聞いた紅緋色のローブの女性は、クスッと笑った。
「ええ、とてもよく知っているわ」
「おお、流石はスカーレット様。全知全能でおられる……」
「私は全知全能なんかじゃないわ。でもよく知ってるのよ。『秘宝』についてはね……」
この『秘宝』という存在を、『誰が』『創った』か。
それがこの黙示録(ものがたり)にとって、とても重要な意味を持つ。
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