EP08-03
冷気が充溢する深奥に灯るのは、壁に埋め込まれたフラットモニターの蒼白。一通の
それはどこか、浮世離れした光景だった。心許ない照度のせいもあるだろう。
同じ
それなのにどうして、フラットモニターの中の彼からは邪悪を感じてしまうのだろう。私の直感が警鐘を鳴らす。スリープに落ちる前のテラテクスとは、もう何かが違ってしまっていると。
「やあテクス。とりあえずお疲れ様と言わざるを得ないよね。最初は可愛らしい一個の
軽薄すれすれのにこやかさ。テラテクスに話しかけるテラはいつもの調子だった。しかしテラは、モニター上の自分のほうを向いてはいない。彼はあくまでも、独創的なフォルムの
「偉そうに
辛辣な皮肉と共に、テラテクスは大仰に首を傾げてみせた。聞き慣れない口調は、わずかに機械的だ。クレアの聞こえよがしな舌打ちが私の耳に残る。今の彼はきっと、クレアと交わしたディナーの約束を果たそうとはしないだろう。
「なるほど。テクス──いや、テクスと
あえて性別を揶揄して揺さぶるテラに、テラテクスの中のT-6011は沈黙を選んだ。テラは構わずに続ける。
「まぁご明察だよ。
「否。雪白ホムラを、あの電極仕掛けの牢獄に放り込まなくては気が済まない。その名を
私は咄嗟にクレアの裾を引いた。重度の
「こうは考えられないかな。ホムラとクレアの選択が、君を屈辱的な目に合わせたのは揺るがない事実だ。けれどね、君を6203回の
返答を待つ間の、一瞬の静寂さえもどかしかった。
「発言の一部を肯定する。だがしかし、
「ここで
ややこしい話だけれど、今テラが話しかけている
「……つまりさ、君とT-6011の間には、
いたたまれなくなった私は、アンの言葉を借りて問いかけた。気を抜けば
「エウレカの問いを肯定しよう。私は私であり、同時に私自身ではない。その不確実性を認識していることが、幸運と不運とを抱き合わせた稀有な状態であると結論づける」
「なぁ
頭を掻きむしりながらクレアが提案した。識別子という言葉はあまりに差別的だったけれど、名を与えるという行為は、
テラに視線を送って同意を確認する。見やれば彼は、口元に手をあてて何やら考え込んでいた。まさかテラが名を付けようというのだろうか。そんなことをしようものなら、Tテクスとかになりかねない。余計ややこしくなるに違いないと、私は焦って口を開いた。
「ん、名前かぁ。T-6011だから、そうね……。ティーダってのはどう? ほら、あなたの邪悪な感じもちょっと滲み出てるし。でも、気に入らなかったら遠慮なく言ってね」
物怖じしない私に感服でもしたのか、クレアは盛大な溜め息をついた。引きつった笑いを返す私は彼の──、ティーダの反応を待つ。
「エウレカよ。私はその名を受容しよう。
モニターの中のティーダが、感慨深そうに頷いた。ただ思いついただけの響きに、そんな意味合いがあるなんて知らなかったことは黙っておこう。
「ティーダ、君が気に入ってくれたなら何よりだよ。せっかくの機会だからさ、私の名前もきちんと憶えてくれると嬉しいな。私の名前はエリカ。
一度目は空耳かと思ったけれど、ティーダは二度までも私をエウレカと呼んだ。伝えるべきかどうか迷ったものの、ここでしっかりと訂正しておくことにする。彼がティーダという響きに
「すべてを否定する。お前の名は
突拍子もない発言に、私は目を白黒させながら周囲を見回した。驚きを隠せない様子のクレアと目が合って、ほんの少しだけ自らの正気を確認する。テラはといえば、真剣な面持ちで今も何かを考え込んでいた。だが彼の視線は、いつの間にやらモニターの中のティーダを凝視している。
食い入るような視線は、まるでティーダの一挙手一投足から、何かを読み取ろうとしているかのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。