EP07-02
ナギさんが失踪中?
驚くべき事実を口にしても、ホムラが俯くことはなかった。それどころか、今までよりも意志の強い眼差しで私を誘導する。
「ナギの憂鬱なんて、今ここで考えてもしかたないから。とにかくまずはクレアと合流。火力と状況を加味した上で、対策を講じる」
ホムラは
いたずらに広い
「ちっ、お前らかよ。神奈木だったら撃ち抜いてやったのに」
「意図的な誤射で刑が軽くなるなら、とっくの昔に人類は絶滅してるね」
遠い場所から地鳴りにも似た着弾音が響き、建物全体がびりびりと共振する。火花を散らす二人を急かすように、天井から細かい塵が舞い落ちた。
「オーケー。これで正当防衛が成立する。
「外壁に当ててるわけじゃない。威嚇に怯んで腰痛を抱えるなんて、ずいぶんと
軽口をやめない二人の間に、サヨさんが割って入った。彼女が大仰な溜め息を吐き出すと、ホムラとクレアの顔が一瞬で青褪める。それはさながら、氷の吐息だった。
「ホムラは明かりを落として、クレアちゃんは天窓のブラインドを開く。そしてエリカさんは、飛翔物とやらの姿をそっと確認してください」
サヨさんの冷たい声音を受けて、二人は迅速に行動した。私は近くに転がっていた
「どうです? あの姿に見覚えがありますか?」
サヨさんが私の耳元で問いかけた。
見やればサヨさんとホムラも、私と同じ要領で飛翔物を確認している。
視線を戻して目を細めた。研究所の周りを飛び回る
「私の知らない
私の意見に、ホムラが深々と頷いた。彼女とクレアは、
「
なにやら小難しい理屈を、サヨさんはしみじみと述べた。確かに私たちは、自分たちが思っている以上に高度な生命体なのかもしれない。だからといってそれは、他の存在を軽んじていい理由にはならないけれど。
「やっぱり私が出ます。彼らを介して、アンと交信することが可能かもしれません」
ホムラが私の腕を取り、険しい顔つきで
「待って。キミの大好きなアンにとって、私たちは人さらいなの。キミを取り戻すのが目的なら、さっきの威嚇射撃は腑に落ちないと思わない?」
そう言われてみると、ホムラの推論には説得力があった。暴力に訴えれば、ホムラたちが私に危害を加える可能性は十分にあるのだ。言うなれば私は人質で、ましてやアンはホムラとクレアの人柄を知らない。
ならば、と考え込む私を見て、口を開いたのはクレアだった。
「ハエみたいなアレが、電子楼閣の
「クレア、いい加減にして。
クレアの暴言を咎めるホムラは、反駁を終える前に口を
「考えてみろ。奴らは一体どうやってこのエリア004に侵入した? 陸路は
アンの言葉を思い返す。
アンは、ホムラたちが
だとすれば、その技術を有しているのは誰か。
ここにいる皆の態度を鑑みれば、その答えは簡単に導き出せる。
「テラテクスがスリープしているこのタイミングで、
ナギさんから借りている外套のフードをすっぽりとかぶって、私は彼女のことを思い出していた。冷徹と温もりが混ざり合った不思議な印象は、時に誰かの誤解を招くこともあるのかもしれない。それでも
クレアに抗議しようとした私を、ホムラが引き止める。慌てて慰めの言葉を探したけれど、その必要はなさそうだった。凛々しく澄ました横顔から、先ほどまでの戸惑いは露ほども感じられない。
「大丈夫だよエリカ。ナギは私たちを裏切ったりしない。けれどもしかしたら、よっぽど見られたくない稀有な情報が、
悲壮なまでの決意を滲ませるホムラに、私はぎこちない首肯を返すほかになかった。そして得心に至る。私の身柄の確保ではなく、T-6011の完全破壊こそが
遠く近く、爆撃の振動が続いた。
「うん、認定するよ。あいつらは排除すべき驚異だ。先陣を切って私が撃墜する。サヨさんは後方から援護をお願いしてもいい?」
「ええ、確かに頼まれました。ざっと見積もって2対30。やれやれ、骨が折れそうですね」
サヨさんはホムラに微笑んだあとで、呆れたようにクレアを見た。クレアはバツが悪そうに視線を逸らすと、忌々しげに言葉を漏らす。
「……あのハエ共を殲滅したいという一点においてのみ、俺とホムラの目的は同じだ。だから今回に限り手伝ってやる。くれぐれも俺の足を引っ張るなよ」
「ありがとうクレア。あなたが手を貸してくれるって、ホントは最初から信じてた」
赤い舌を出して答えたホムラの背を、クレアがやれやれと追いかける。そんな二人の様子を見て、サヨさんは私に囁いたのだった。
「
あんまりにもあんまりな表現に、複雑な心中で相槌を打った。
だけどこうも思ったのだ。
いつかその凹凸の中に、私も加えてもらえる日がやって来るのだろうかと。
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