EP07-02





 ナギさんが失踪中?


 驚くべき事実を口にしても、ホムラが俯くことはなかった。それどころか、今までよりも意志の強い眼差しで私を誘導する。


「ナギの憂鬱なんて、今ここで考えてもしかたないから。とにかくまずはクレアと合流。火力と状況を加味した上で、対策を講じる」


 ホムラは燃え上がる結い上げブラッド・ポニイテイルを揺らして、先頭をひた走る。猛々しいその姿に、私は超人的素質カリスマに惹きつけられるような憧れを覚えた。


 いたずらに広い研究所ラボの中といえど、全速力で走れば間もなく武器庫に差し掛かる。開け放たれたままの重たい扉を抜けると、中にいたクレアが私たちへと銃口を向けた。彼女の唇の端が非対称に釣り上がる。反射的に構えた、というわけではないようだ。


「ちっ、お前らかよ。神奈木だったら撃ち抜いてやったのに」

で刑が軽くなるなら、とっくの昔に人類は絶滅してるね」


 遠い場所から地鳴りにも似た着弾音が響き、建物全体がびりびりと共振する。火花を散らす二人を急かすように、天井から細かい塵が舞い落ちた。


「オーケー。これで正当防衛が成立する。対装甲銃ラハティは腰に堪えるから好みじゃないんだが」

「外壁に当ててるわけじゃない。威嚇に怯んで腰痛を抱えるなんて、ずいぶんと物好きユニークな決断ね」


 軽口をやめない二人の間に、サヨさんが割って入った。彼女が大仰な溜め息を吐き出すと、ホムラとクレアの顔が一瞬で青褪める。それはさながら、氷の吐息だった。


「ホムラは明かりを落として、クレアちゃんは天窓のブラインドを開く。そしてエリカさんは、飛翔物とやらの姿をそっと確認してください」


 サヨさんの冷たい声音を受けて、二人は迅速に行動した。私は近くに転がっていた照準器スコープを双眼鏡の代わりにして、わずかに開かれたブラインドの隙間から斜め上方を覗く。


「どうです? あの姿に見覚えがありますか?」


 サヨさんが私の耳元で問いかけた。

 見やればサヨさんとホムラも、私と同じ要領で飛翔物を確認している。


 視線を戻して目を細めた。研究所の周りを飛び回る飛翔物アンノウンたちの骨組みは、明らかに鋼鉄ハガネクロガネのそれに見えた。私たちより一回りほど小さな体躯は、節足動物インセクトを連想させる独創的なフォルムをしている。その背から伸びた翅のような器官で、彼らは中空を縦横無尽に旋回しているのだ。その数、30は下らない。


「私の知らない人工物アーティファクトです。ですが、同系統の製造番号シリアルで管理されていると断言できるくらい、に似ています」


 私の意見に、ホムラが深々と頷いた。彼女とクレアは、鋼鉄の道メインロード戦騎兵スタンドアロンと一戦を交えているのだ。ホムラも私も、決して機械生体学ロボトミカルに精通しているわけじゃない。だがそれでも、生き物としての本能と直感が彼らをだと告げていた。


根源的類推能力アナロギアは、人類が持つ素晴らしい特性のひとつですね。"犬"を知ってさえいれば、初見のプードルもドーベルマンも犬だと認識できる」


 なにやら小難しい理屈を、サヨさんはしみじみと述べた。確かに私たちは、自分たちが思っている以上に高度な生命体なのかもしれない。だからといってそれは、他のを軽んじていい理由にはならないけれど。


「やっぱり私が出ます。彼らを介して、アンと交信することが可能かもしれません」


 ホムラが私の腕を取り、険しい顔つきでかぶりを振った。


「待って。キミの大好きなアンにとって、私たちは人さらいなの。キミを取り戻すのが目的なら、さっきの威嚇射撃は腑に落ちないと思わない?」


 そう言われてみると、ホムラの推論には説得力があった。暴力に訴えれば、ホムラたちが私に危害を加える可能性は十分にあるのだ。言うなれば私は人質で、ましてやアンはホムラとクレアの人柄を知らない。飛翔物アンノウンたちに与えられた使命が、私の奪還という線は薄そうだ。


 ならば、と考え込む私を見て、口を開いたのはクレアだった。


「ハエみたいなアレが、電子楼閣の兵隊オモチャだという見解には俺も賛成だ。俺は、神奈木を今すぐハチの巣にしたくて仕方ない」

「クレア、いい加減にして。エリア026時計塔の元で育ったあなたが、機械仕掛けメカニカルを毛嫌いしてるのは理解してるつもり。だからといって、あまりにも論理が飛躍して──」


 クレアの暴言を咎めるホムラは、反駁を終える前に口をつぐんでしまった。狼狽した様子を見せるホムラの肩を、サヨさんが優しく引き寄せる。どうやらサヨさんは、クレアが言わんとする結論にいち早く辿り着いていたようだ。


「考えてみろ。奴らは一体どうやってこのエリア004に侵入した? 陸路は未来永劫の汚染区域アフターマス防壁バリケードに拒まれ、空路は広報用球体型全面液晶イクリプスビジョンが絶え間なくその目を光らせてる。領空侵犯には、電撃銃テーザーの数百倍もの熱量を持った増幅放射レールガンが浴びせられるんだ。まさかあのハエ共の装甲がそれに耐えうるとでも?」


 アンの言葉を思い返す。

 アンは、ホムラたちが裁断ナンバリング接合クリアする何らかの技術を保有していると言っていた。


 だとすれば、その技術を有しているのは誰か。

 ここにいる皆の態度を鑑みれば、その答えは簡単に導き出せる。


「テラテクスがスリープしているこのタイミングで、侵略者インベーダーよろしくハエどもが飛来した。更には時を同じくして、神奈木が行方不明ときてる。この状況が偶然の産物か? 神奈木の裏切りは明白だろ。恋人への盲信は終わりだ」


 ナギさんから借りている外套のフードをすっぽりとかぶって、私は彼女のことを思い出していた。冷徹と温もりが混ざり合った不思議な印象は、時に誰かの誤解を招くこともあるのかもしれない。それでも無機質アンチエーテルな瞳の奥には、ホムラを大切に想う気持ちが深く激しく燃えていたはずだ。


 クレアに抗議しようとした私を、ホムラが引き止める。慌てて慰めの言葉を探したけれど、その必要はなさそうだった。凛々しく澄ました横顔から、先ほどまでの戸惑いは露ほども感じられない。


「大丈夫だよエリカ。ナギは私たちを裏切ったりしない。けれどもしかしたら、よっぽど見られたくない稀有な情報が、T-6011あの子の中に眠っているのかもしれないね。だから……、だから今はここを守らなくちゃ」


 悲壮なまでの決意を滲ませるホムラに、私はぎこちない首肯を返すほかになかった。そして得心に至る。私の身柄の確保ではなく、T-6011の完全破壊こそが侵略者インベーダーに与えられた任務である可能性は高い。


 遠く近く、爆撃の振動が続いた。照準器スコープを覗くと、彼らが肩口の砲台キャノンから砲撃を繰り返している姿が確認できる。熱照射器ブラスタにも似た火球が、近隣の野山に次々とクレーターを作っていく。


「うん、認定するよ。あいつらは排除すべき驚異だ。先陣を切って私が撃墜する。サヨさんは後方から援護をお願いしてもいい?」

「ええ、確かに頼まれました。ざっと見積もって2対30。やれやれ、骨が折れそうですね」


 サヨさんはホムラに微笑んだあとで、呆れたようにクレアを見た。クレアはバツが悪そうに視線を逸らすと、忌々しげに言葉を漏らす。


「……という一点においてのみ、俺とホムラの目的は同じだ。だから今回に限り手伝ってやる。くれぐれも俺の足を引っ張るなよ」

「ありがとうクレア。あなたが手を貸してくれるって、ホントは最初から信じてた」


 赤い舌を出して答えたホムラの背を、クレアがやれやれと追いかける。そんな二人の様子を見て、サヨさんは私に囁いたのだった。


凸凹姉妹でこぼこシスターズは、今日も仲睦まじいですね」


 あんまりにもあんまりな表現に、複雑な心中で相槌を打った。


 だけどこうも思ったのだ。

 いつかその凹凸の中に、私も加えてもらえる日がやって来るのだろうかと。




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