第8話 棲むのは暴虐と災害と..
「タディ!」
「ちゃんと言え〝ただいま〟って。」
いわゆるパリピの様に仰々しく喚くのは好みでは無いが、度々一人ではしゃぐ事がある。
「ただいまは〝タディ〟だろ。」
「略すなって言ってんだ!」
ちなみにだるまさんがころんだの事は〝ダルコロ〟と言う。
「どっちにしたって誰もいないじゃん、どこ言ったんだアイツ」
「知るかよ、朝っぱらからいなかったんだ。今日は姿を見てねぇよ」
バーカウンターでグラスを磨く頭皮の主張の乏しい男は今何処、知る由も無い。
「いねぇならいねぇで不便だよなぁ、事件を持ってくるのはいつもアイツだったからよ」
「来ないならいいじゃん、楽で。」
「馬鹿言うな、わんさか増えた魂を処理すんのが誰だか知ってんだろ」
祥吾の情報源はテレビ、携帯の類は生前に事件の影響で壊れてから持っていない。今回は大きい話題だった為報道されたが小さいものは確実に取りこぼす、かといって今からスマホの使い方を習得しようとするとそれはまた難解な事件だ。
「足しになりゃいいがな..」
心からの信頼は置けないがせめてもの情報収集の為、今日もリモコンに手を掛ける。
『只今、エンペラーホテルが何者かに爆撃されました!
現場のフロントには小包が残されており、従業員がそれを開いたところ、〝次は鉄のダンスルーム〟と書かれた紙が、犯行予告の類でしょうか?』
「ウソだろ..」「平和で何よりだな」
弾ける日常である。
エンペラーホテル・ロビー
「ここか、現場は。」
駆けつけた警官、魂一課では無く通常の方。人を扱う方の警官だ。
「連れてきました、受付の宮地さんです。」
「宮地さくらです」
部下の刑事が連れてきた受付の女、現場の居合わせた目撃者だ。
「警視庁捜査一課の、田所です。
少し話をお聞かせ下さい」
出た、警視庁捜査一課!
手帳にもしっかりとその文字が。デコレーションも無い、落書きも無い、既存のセットアップのままの手帳だ。
「先ず事件当時の状況をお聞かせ下さい」
受付の女は静かに話し始めた。
「はい。私が受付でお客様の情報整理をしていた処、上の方で大きな音がしたので..」
「どんな音ですか?」
「破裂音、でしょうか。
空間が弾けるような、そんな音です」
話の途中で口を挟んで質問を投げる、人によってはイラつく振る舞いだが仕方ない。相手には権力という卑怯な武器が有る。
「小包のメッセージというのは?」
爆破されたのは客室で、客は殆どいなかった為怪我人は少ないが、ほぼ全ての部屋が破壊された。
「爆破された客室の廊下でホテルボーイが、拾った紙に記されていました」
「そのホテルボーイというのは..」
「私です。」
終わりを待たず言葉を断ち切り介入する。
「こちらがそのメッセージです。」
例の紙とやらを受け取り記された文字を確認する。
「次は鉄のダンスルーム..なんだそれは、暗号か?」
難解化された言葉に首を傾げ目を細める田所。なぞなぞは専門外だ。
「これは一度預からせて貰う。樋之口
、客室を捜査だ」
部下に指示を促し捜査網を拡げるよう伝える。
「はい、ですが..」
「なんだ、どうした?」
戸惑う程では無いが落ち着きのない表情で目を背けてソワソワとしている。
「あの〜..あの方々は放っておいてもよろしいのですか?」
部下が指をさしたホテルの入り口付近には、見覚えのあるおかしな二人組が立っていた。
「あれ、おかしいぞ?
まんま綺麗に残ってるじゃねぇか」
「バカかムッキー、吹っ飛んだのは客室だよ。さっきでっけぇ建物の一部にポッカリ穴空いてんの見たっしょ」
日本刀所持の不潔中年とハイカラパーカー飴玉娘。
「あの二人、魂一課の人ですよね?」
「全面金色かよ、チカチカすんな!」
捜査一課の庭に入ってはしゃぐ男を雷親父は許さない。
「おい貴様ら、何をしている?」
「うおっ、なんだ兄ちゃん!
俺の姿が見えんのか、多いな最近そういう奴。」
「管轄外だからでしょ、仕事してない事になってんだよ」
「そういう事な、まぁ魂の仕業かどうかもわからんしな。」
「そんな事はどうでもいい、質問に答えろ。ここで一体何をしている?」
抜け目ない質問責めを強いられる。そうそう逃げ場は無さそうだ。
「仕方ねぇだろ、マスターがどっか行っちまったんだからよ。てめぇで仕事取ってくるしかねぇんだよ」
「マスター?
あのジイさんの事か、そういえばよく来てたな。今は席を外してるのか?」
「外してるっていうか、勝手にいなくなったんだ。どこいったんだかよ」
「そうか..」
怒り親父を一言で鎮める、意外に名は知られていたようだ。
「爆発に魂が絡んでいる可能性は有るのか?」
「知るかよんな事、だが大体でけぇ話には魂が宿ってるもんだぜ。」
「なんだそれ、ロッカーみたいな事言いやがって。カッコよくねぇぞ!」
ロッカーは生き様がモノを言う、侍とは逆だ。ちなみに祥吾が好んで聴くのはジャズだ。
「...まぁいい、あまり荒らすなよ?
此方の捜査の邪魔だけはするな。」
快くとは言い難く渋々といったところだが取り敢えずは捜査権を確保した。
「なんだ、思ったより簡単じゃんか」
「相手が俺だからな、行くぞ。」
お前の手柄じゃない。マスターこと大門の名と、なにより多所はロックファン、臭くスカした言葉が好きなイタイ奴なのだ。
「樋之口」 「はい。」
「奴等をバレない程度に見張っとけ」
「バレない程度に..わかりました。」
用意は周到なようだが..。
「さて、どこから調べっかね!」
客室へと移動した二人だが、ほぼ黒く焦げ悲惨な状況の部屋群には手の付けようが無い。
「派手にやってんな、目立つの好きな奴だ。自撮り載せて上げるような奴」
爆撃の仕方から偏見の人間性を算出する、女のこういった勘は結局の処当たっているのが怖ろしい。
「どうだ、魂の感じはあるか?」
「あ〜しらみ潰しに部屋入ってみねぇと詳しくはわかんないけど、多分魂の仕業っしょ。じゃなきゃイカれてんもん、それはそれで」
生身の人間の遣り口であれば、魂の憎悪よりも狂った愚行。魂であってくれと、軽く願いも混じっている。
「魂の犯行なのか、ならば我々は退く事になるな..。」
憶測の段階で、既に捜査一課は陰に追いやられている。
「とりま部屋入ってみっか!」
「なにしったかぶって〝とりま〟とか言ってんだ、そこそこ古いぞそれ」
オジさんがよくやっちゃう恥ずかしい奴だ、でもオジさん本人は本気でやっている。その勇姿は本物らしい。
「捜査一課が入る前に部屋を調べるか、余り良い気はしないな。」
くだらんプライドは通用しない。モラル、デリカシー、片仮名で表現される常識を彼らは基本知らない。
「捜査なんて長らくやってねぇな」
生前は、する事もあったが魂一課では捜査という作業は余り無い。始めから魂の存在する場所に赴き、処理を施すのみだ。偶に調べる事もあるが、手掛かりとなるものが一つあれば事足りる。捜査一課のように事件の痕跡を残した証拠ではなく〝魂の仕業だ〟という証があればそれだけで済むのだ。
今回もそれは例外では無い。
「ん、もう良いのか?」
「ああ、充分だ。
元々専門じゃねぇしな」
誰よりも早く、多所が向かうより先に降りてきた二人。途中で切り上げたのかと判断されてしまうほど仕事が早い
「魂の痕跡はあったのか?」
ミルカに訪ねる。
役割を知っていたのかは不明だが、単純に見ても、祥吾の担当では無いと判断できたのだろう。
「どうなんだ?」
「..根掘り葉掘り聞くなよ。
だから嫌ぇなんだよ警察の連中はさ」
取れるものは搾取する。悪は許さないと豪語している割には、遣り口が泥棒に近くないか?
ミルカは常に権力の翳す正義とやらに疑問を感じている。
「ならばなぜ警官になった!」
「うるせぇな、陰で言ったって意味ねぇだろ。面と向かってバカにしたいんだよアタシは人の事!」
「とんでもねぇクソ野郎じゃねぇか」
声高らかに言ったものの、オープンな性悪が露呈する結果となった。
「いくぞ中年!」
「っとお前、んだよ!
ご機嫌ナナメか?」
「ちょっと待て、おい!」
ロクに情報を話さず朝早にホテルを出ていく。
「多所さん」 「樋之口、何だ」
追いかけようとしたが事前に仕込んだ情報源が一声でそれを止めた。
「はっきり聞きました、この事件魂が絡んでるみたいです。証拠となるモノも、一つくらいは持っていったと思います。」
「..そうか、ならもう必要はないな。撤収だ、捜査班に声をかけろ」
「いいんですか?」
「わかってんだろ
相手が人じゃないなら、おれ達の出番は無ぇ。」
人ならざる者は、魂の在り処へ
隠れた掟だ、定めた者は不明だが。
「わかりましたよ、上に声掛けてきます。」
「あぁ、馬鹿馬鹿しいが、そういう事なんでな。」
ジャンクフードのときも同じだ、早々と魂だと断定され、警察は一切動かなくなった。死者が出れば尚更だ。
某ビル内
「こんな事して何するつもりだ?」
「何、少しヒントを与えているに過ぎんよ。」
「現在の連中にか..解るのか?」
「彼らなら直ぐに解き明かすだろう、この場所に来るのも時間の問題だ」
薄暗い廃墟に近い部屋で、ひっそりと話し込んでいる複数の者共。中心に立つのはかつてマスターと呼ばれていた男。
「ホント変わった事するよなアンタ」
「そうか?
珍しい考えに至っているつもりは無いがね。」
「..爆死しなければいいがな、お眼鏡の連中が。」
「問題は無い、何もな」
缶コーヒーを口へ傾ける。いつからドリップをやめたのだろうか?
「うーん、おかしいよなやっぱ」
「何がだよ、普通のケーキだろが。」
「だからおかしいんじゃんか」
二人きりの署内でテーブルに置かれたショートケーキを入念に眺めている。
爆破事件の貴重な証拠物だ。
「あんだけの爆撃で部屋中真っ黒に焦げてたってのにこのケーキは白いまんま、半分欠けてっけど食った跡じゃなさそうだしさ」
「他の部屋のも持ってくりゃよかったのによ、一つでいいのか?」
「他のも似たようなもんだったよ。」
黒焦げのほぼ全ての部屋に、この半分のショートケーキが置かれていた。ホテルのルームサービスだろうか、肝心な処を聞いてこなかった。しかしそれには訳が有る。
「このケーキに微妙だけどさ、魂の感じがあんだよね」
「ホテルに執着する自縛魂か?」
「そこまで読める程へばり付いてないよ、ホント微妙な量だからさ。」
「ったく、仕方ねぇな」
解らない事は放っておき、別の箇所を模索する。
「メッセージは何て書いてあったっけ?」
「えーっとな、〝鉄のダンスパーティ〟とかなんとかよ」
鉄のダンスパーティ、人気のないネット配信者の名前のようなワードだが、一体何の意味があるのだろうか。
「どっかの地名かなんかかね?
調べてみるか。」
思いついたようにミルカはバーのカウンターに回り込み、内側を手探りで荒らし始めた。
「何やってんだお前?」
「ハゲたオッさんが街とか土地の資料よく見てたんだ..あった、これだわ」
カウンターの下の方から分厚い本を取り出して、バーテーブルに乗せ、開く
「街のガイドブックか。」
地図が描かれ、文字や絵柄などで街を紹介している。
「ここが、さっきのホテルだろ。
多分ここから、そんな遠くへは..」
「これは自縛魂に近いねぇ」
「なんだおい..誰だ?」
突然背後から声が聞こえる。丁度さっきまでケーキを眺めていた位置辺りだ
「アンタ、管理人じゃん。
何でこんなことにいるんさ?」
「気配を辿ったらここにいきついてさ、まさかアジトだと思わなかったけどね」
「プルトもいまーす!」
平気で部屋に上がり込みケーキを眺める黒の管理人達。魂感知が出来るのはミルカだけではなく、リブライのそれは管理人とあって並外れて高い。
「何しに来たんだよてめぇらは?」
「うーん、ホテルには憑いてないなぁ、ケーキにしか匂いを感じない」
「ケーキが好きってことー?」
「そういう事なのかなぁ、どうだろ」
話を一切聞いていない。一度部屋に入った時点で認識としてそこは自分の部屋、他の人がいる方がおかしいのだ。
「鉄のダンスパーティっては何かわかったりすんの?」
「おい。」
「いいだろ、詳しい奴に聞きゃ直ぐ済むんだからさ」
助力を請う訳では無い、面倒な解読を丸投げしてやろうという姑息な発想だ。この女が人を信用する筈が無い。
「あーそれはね、ガイドブック貸してみなよ」
「………」 「ほら、はやく」
命令されるのは癪だが、仕方なく本を手渡した。人に指図されるのがただでさえ嫌なのに、人でない概念に指示されるのはおぞましい恐怖だ。
「ケーキに着いてた魂の痕跡を辿っただけだから今はもう移動してるかもしれないけど、鉄が踊る場所、即ち燃やされて形を変える処、つまり工場だ」
小さな痕跡のみでここまで読めるとは、正直脱帽だ。ミルカは酷く悔しいだろう。
「でそのケーキって食えんの?」
というわけでもなさそうだ。
「歯茎無くなると思うよ」
平然と応えるのがまたこわい。
「その工場ってのは何処にある?」
「ここだね」
ガイドブックの一部を指差す。
「遠いなおい。」
「そ、ホテルからも随分遠い、何を示すかというと、工場の近くに何か別のものがある」
場所を遠ざけたのでは無くそもそも何かの近くにある工場を選んだ、というわけだ。
「何があるんだ?」
「うん、そうだねぇ」
漠然とした疑問を投げかける。捜査を撹乱させる為ではない、では何が?
「爆撃犯が組織で活動しているのならそのアジト、じゃなければ一時的な住処かな」
「なんかお前適当言ってねぇか?」
「言ってないよー、リブライはねー全部見えちゃうんだよー!」
何故か答えたのはプルトだったがそういう事らしい。だとすれば迷いはない
「その工場ってのに案内してくれ」
「〝俺が爆撃を止める〟って事?
悪いけど、役目が違うよ」
「じゃあ放っとけってのか?」
ホテルの部屋であれだけの被害だ、工場でのソレは想像を絶する事だろう。
万が一何かの燃料的なものに引火でもすれば、誘爆し、拡大する一方だ。
「近くのもんってのが一時的な住処だったとしたら爆破を確認して直ぐに場所を移す、そうなりゃ完全に居場所はわからんわな。」
「その通り、わかってるねピンクちゃん」
「やめろその呼び方、スケベ女がみてぇだなんか」
〝パーカーの色が〟と強調しなければ本当にそれっぽく見えてくる。要は爆破に準じて逃走される危険性がある為現場に直接赴くのは浅はかだという事だ。
「ならどうしろってんだ?」
「もー少しは考えなよ、そういうとこだよ警察のいけないところってさ」
軽いポリスディスりをかまし、その後丁寧に質問に答える。一応応答はする、無視はしない。
「ホテルで頼れる知り合いを見つけた筈だよ、それとなく合図でも送っておけば直ぐに駆けつけるよ、多分ね」
「ほう。」
捜査はその道のプロに、そういう事だ
「そうと決まれば行きますか!」
「ちょっと待てよ、お前らもくんのかよ。そっちの方が楽だけど」
本当はサボりたくて仕方のないミルカ、思わず本音が漏れてしまう。
「ちょっと嫌な予感がするんだよね、裁行人(あんたら)だけじゃなくウチらも脅かされそうで」
「俺たちが脅かされんは前提なのかよ..中年だからか?」
漸く老いの自覚が現れ始めた。あとは真っ直ぐ死ぬだけだ。
「わかんないけどー、わるもののアジトに、いこー!」
「強引だな、娘。」「自由な奴..」
「でしょ、こういうところ有難いんだよね、話が直ぐ先に進むからさ」
見かけによらず特攻隊長、列に従いアジトとやらへ。別働隊への指令も忘れずに。
「なーそういえばアイツ何処いった」
「..何の事だ?」
「あの女だよ、あの性悪女!」
「知るか..放っておけ。」
「お前も知らねぇんじゃねぇか!」
言い合いながらもポーカーに励む、仲は良いようだ。
「つーかここもそろそろヤベェんじゃねーの、大丈夫なのダイモンさん」
「…もう下に来ているぞ」
「うっそマジ!ヤベェじゃん!」
玄関というものが正式にあるわけでは無いが、入り口付近に複数の人影が見える。
「来たなお前達..!」
「何で笑ってんだよあの人」
「..知るか。」
シカサワ工場前
「ここか、奴等の言ってた場所は。」
「鉄のダンスパーティ、多分合ってます多所さん」
祥吾に言われ現場に向かったのは捜査一課のバディ、多所と樋之口。大所帯で向かえば威嚇に繋がると考え二人きりで来た。
「爆撃犯が潜伏してるかもしれん、心してかかれ」
「勿論解ってますけど、良かったんですかね。処理班くらい呼ぶべきではありませんか?」
「気にするな、爆弾の解体なら俺一人で出来る。想定済みだ。」
「ホント、用意周到ですね」
隙が全く無い。
あったとしても早急に埋める、己の名前に由来した動きだ。
彼の名前は多所 護(まもる)、捜査一課の警官だ。
「突入だ!」
「僕ら二人しかいませんけどね。」
拳銃を構え、突入する。
中に別状は無く、鉄臭い香りといかつい機械が迎えるように挨拶している。
「人はいない..休みの日ですか?」
「危害を加えるつもりは無いらしいな、ホテルのときも人は少なかった」
警戒し、辺りを見渡しつつ、奥へ進む
「メッセージを誤読したか?
特に何も見当たらないが」
「あれ..何ですかね?」
樋之口が指差す先に、ゴウンゴウンと音を立て、一人でに動く機械が見える
「ベルトコンベアが動いているな」
「僕ちょっと見てきます。」
コンベアに近付くと、均一な大きさの物体が隙間無く流れていた。
「シュークリームですね、なんでこんなものが..。」
「シュークリーム?
ここは鉄工場の筈だろ」
鉄で出来た菓子、という訳でもなさそうだ。誰かがふざけて横から流しているのか?
「そういえばホテルの客室にも残っていたな、半分のケーキが」
今更にホテルの違和感を頭で思い出す。綺麗に残った白い違和感を。
「あれが仮に、起爆のスイッチだったとしたら..」
現状と合致した、形こそ違えど同じ原理だ。
「偽物じゃあ..なさそうだな、証拠として幾つかもって帰りますか?」
「馬鹿っ!
気安く手に持つな!」
「ん..?」
コンベアの調子が変わった。正常に動作していたのが速度を極端に遅らせて、徐々に静かになっていく。流れるシュークリームは連結し、横に棒のように繋がる集合体となった。
「どうしたんだ?
一つを取ったら止まってしまった」
首を傾げる樋之口だったが、多所はなんとなく理解していた。一つがスイッチで、他が悲劇を生むことを。
「離れろ、樋之口!」
「えっ、多所さ..」
掌の中のデザートが眩く煌めく。
「なんだ、コレ..?」
光に呼応するようにコンベアの菓子が膨らみを帯びる。
「逃げろ!!」
言葉が外に漏れる事は無かった。
それよりも大きな音が、外に響いたからだ。ホテルと同じ、もしくはそれ以上の爆撃が。
「今のなんだよ?」
「爆発音だね、確実な」
「大きかったねー、どっかーんて!」
建物を介して尚響き渡る音に不審感を煽り、ビルの中を進んでいく魂の人々。現状を把握出来ない為他人事としての捉え方しかままならない。
「んな事よりホントにここで合ってんの、階段カビ臭いし、ボロボロだしさ、ほぼ廃墟に見えるんだけど?」
住処に選ぶにはやっつけ漂う出来栄えの物件の幽霊ビルに、誰かが住まうなど考えられないと嘆いた。現に今も何処へと続くか想像つかぬ崩れかけの階段を登っている。
「見かけによらねぇってやつだろ」
不細工なもの程美味いというが建物も然り、良いものばかりとは限らないが。階段を 上りきると、一つの部屋へ出た。何もない、コンクリが偶々部屋の形をなしていたような場所だが、そのに一人の女が立っている。
「なんだアイツ、誰だ?」
「いちいち僕に聞かないでくれる?
説明役嫌なんだよね、まぁ答えるけど、そうだな、爆弾魔じゃないかな」
首謀者である何方かが目の前に、意外にも女だったようだ。やはりストレスによるものか?
「アンタが爆破狂か、こっち向きな。
顔見せてみろ」
先陣を切って啖呵を切ったのは祥吾、他に発信力のあるものが特にいない為必然的にそうなるのだが。
「キャハハ!
声かけて来た、やっぱり男が寄ってくるんだねー。ワタシだもんね!」
キャピついたやかましい女はこちらを気にも留めず、スマホのシャッターを己の顔面に向けピースサインを決め込んでいる。
「あれ君の友達?」
「バカ言うなって、知らねぇよあんなバカ。」
「どっちがバカなのさ」
「で、お前は何者なんだ?」
「それ聞いちゃう?ねぇ聞いちゃう」
クネクネ動く独創的モーションで中年を巻き込む、確実に女のペースだ。
「はーい!
ワタシはマカロンちゃんでーす♪
お菓子大好き、爆破も好きかな?」
「やっぱお前が犯人か。」
「犯人じゃないですー!
マカロンちゃんですー!」
「うるせぇなぁ..」
「機嫌悪いね、僕も嫌いだけど」
あざとさを冗談で敢えて持ち上げ際立たせる親切な奴がいるが、理屈抜きで吐き気を催す者もいる。というより寧ろ意味嫌う奴しかいない、勘違いするな。
「ここはお前ン家か?」
「んー家っていうかー、部屋?
四階まであってね、一人ずつ部屋を持ってるんだ!ステップアップです!」
アヒルの様な口と上目遣いで面倒くさく応える。この手の女は普通の振る舞いが出来ない。
「そうか、ならここから上は..」
「もういいよ!」「どうしたガキ?」
後ろで見ていたパーカーピンクが満を持しての渾身シャウト。限界に達した瞬間である。
「あーらどうしたのお姉さん?」
「うるせぇ、もう嫌なんだよ。お前みたいな目立ちたがり屋が平気で笑ってん見んのはさ!」
「嫉妬してるのね、見苦しいわ〜!」
「嫉妬する程魅力ねぇぞお前」
「..なんですって?」
おちゃらけが突然目つきを変え、ピリつきを見に纏う。
「先にいけムッキー、この女はアタシがどうにかすっから」
「あんたがワタシを?
できると思ってんのー?」
「うるせぇよ..ハテナ多過ぎんだよ!」
苛々を和らげる為かポケットから棒突き飴を取り出し口に乱暴に含む。あと一息力を加えたら噛み砕いてしまいそうだ。
「キレてやがんな」
「面倒だね、言われた通りにしたほうがいいかもよ、そこに階段あるし」
「先にいくぞー!」
女の向こう側、次の部屋へと続く階段が見える。そうそう通してくれる気配も無いが、止まっていても危険が伴う。祥吾の下した決断は..
「わかった、お前に任せる。」
「そうか、ならいきなよ早く」
「簡単に行かせると思う?」
案の定の台詞、しかし気に留めない奴にとっては御構い無しだ。
「わーい!」 「えっ?」
颯爽と駆け抜け、階段まで辿り着く少女の姿。
「こっちこっちー!」
「うっそ」 「簡単に着いたな。」
格好を着けた上に、いとも容易く道を開けるという残念な振る舞いを晒してしまった。元々罠など張っていないので、はったりと言う事が露呈した。
「先に行ってるからな」「じゃあね」
平然と上に上がっていく。
「……」
「お前、ダセェな」
「うるさいわよ!
よくも恥かかせたわね?」
両手一杯に焼き菓子を出現させミルカへ放り投げる。
「何だこれ、マドレーヌか。」
「違うわ、爆弾よ!」
散らばる焼き菓子はミルカの周囲で弾け、一斉に爆ぜる。
「中までしっかり火が通ってるわ。」
廃ビル二階
「階段短けぇな」
「部屋を仕切るだけだからね、長く作る必要も無いと思うよ?」
完全な床から一階に登るまでのストロークが長かった分違和感を覚える。一階に向かうのに階段を登る意味も分からないが。
「ここにも奴さんがいる訳だろ、どんなやつだお次は。」
殺風景な四角い空間にやはり一人立っている、今度は男だ。
「なんかいるなぁ、なんでいつも後ろ向いてんの?」
正面を向く者が誰もいない。後ろめたさでもあるのだろうか。
「ったく、また歩み寄りか」
「だーれでーすかー?
こっちむいてくーださーい!」
「うおっ、急に声出すな」
距離感ゼロの生粋のアユミヨラー、プルトがシャイなアイツに一歩近付く。
「おーい!」
「..なんだよ、ガキまで連れて来てんのか。つくづくの連中だなぁおい」
「..なんかこの部屋、熱くねぇか?」
「そうかな、ゴメン感じないや」
温度の概念を持たない管理人はさておき祥吾は感じる。部屋が熱を帯びている事を。
「なんでこんな連中に期待掛けてんだろうなぁ、あのオッサンはよ!」
壁の表面が薄く燃え上がる。このビルには派手好きが多くて目が疲れる。
「熱っ!
なんだこの部屋」 「先行けばぁ..」
「何だって?」
突然の促し、こうも短いスパンでベタなバトンを受け取るのも稀な話だ。
「これだけ熱いと戦えないでしょ?
僕は分からないけど、それに多分上はもっと強い筆頭かラスボスだもんね」
理解あるアシストではなく単純に、目立ちたくないし強大な者と争うなど面倒なので中ボスレベルの相手でダラダラしていたいという道理だ。彼の歩む道には常に怠惰が寄り添う。
「早く行きなよ」「おう、わかった」
「何処行くんだよ?」
出口へ走る祥吾に火炎を放つ。熱を帯びないリブライは着火する前に間へ入り、素手でそれを薙ぎ払う。
「行かせてやりなよ、何でここの人は直ぐ引き止めるのさ?」
「お前..何もんだ。」
「何でもいいでしょ、別にね」
「プルトもいるよー」
ラウンド2開始!
処を戻し一つ目の戦場では..。
「ニューモデル誕生〜♪
飾り付けには不細工だけどね!」
立ち込める煙にフラッシュを焚きスマホを立てる女、映えれば何でもいい心持ちのようだ。
「工場でもぶっ放したけど爽快よね、ドカンッて音が堪らないわ。」
「そうか、さっきの音もあんさんの仕業なんどすなぁ」
「..何その喋り方?」
弾け飛ばした空間の中心で、声が聞こえる。跡形も無い筈だが、人影がくっきりと煙に残っている。
「派手好きだけど、人とつるまないところみると嫌われるてんな。誰も支持はしてねぇってこった」
「負け犬の遠吠えかしら?
皆敵わないと近付かないのよ」
「声震えてんぞ、若造り。」
「若..!
何ですって小娘っ!!」
小娘..。
前提に図星でないと出てこない言葉だ
「だ、大体なんで無事なのよ!
至近距離で爆発したのよ!?」
「..あぁ、これ爆弾だったのか。
飛んできたから全部食っちまった」
晴れた煙の向こうに、頬をパンパンに膨らませ、爆弾菓子を頬張るピンクの小娘が居た。
「なかなか美味いじゃん、これ。」
「バケモノね..!」
彼女が残した未練は溢れんばかりの物欲、特に食い意地は見窄らしい程だ。
「手作りだろ?
それは気持ち悪りぃけど、手アカ食ってるみたいでさ」
「失礼ね、ワタシは生前菓子職人よ?
衛生面も充分よ!」
「生前..そういえばアンタ何者さ?
魂って感じがしないんだけど。」
生前といったワードみな共通している事柄だが、魂の種類があやふやだ。
「..仕方ないわね、教えてあげるわ。
ワタシ達は一度死んで再び魂を入れられた自縛魂、アナタ達の前に裁行人として動いていた者よ!」
裁行人のOG..忘れた頃に再び結成される、ファンなど既にいないのにみっともなく音楽番組で復活するアイドルグループのような連中だ。
「未練タラタラだなアンタ」
「ええ、そりゃあもう。
身も心も全部活き活きしてるわよ!」
本音を聞かされ、すっからかんになった後、今この瞬間に、漸くミルカは心からこの言葉を言う事が出来る。
「ダッセ!」
「いい気になるなよ小娘、ワタシは幾らでもお菓子を作れる。何処までたいらげられるかしらね?」
両手一杯に生成したマカロンを、一斉にミルカへ放る。自縛と自縛、矛と盾
「悪いけど、アタシの腹に限界なんかないよ?」
〝残さず食べる〟が彼女の生き様。
「おらおらぁ!焼くぞ焼くぞぉ!!」
「うるっさいな..こういう奴ってすぐはしゃぐんだよなぁ」
己の城を己で焼いて騒ぐバカ、恐らく学生時代は野球部だろう。しかしはしゃいでいるのは運動部だけでは無かった。
「わーい火だー!燃えろー!」
「こらプルト、ダメだよあんな奴と仲良くしちゃ、根性論で頭メタメタなんだから」
「そーなのー?」
「そうだよ、どうせそろそろ〝最近の奴はヌルい〟とかくだらない事言い出すんだからさ」
「んな事言うかよ!
聞こえてんぞテメェこらぁ‼︎」
人に関心が無いくせに偏見で物をいうリブライに憤慨を見せる火炎男、恐らくそろそろ無理矢理二人組を組ませてパス練を強要してくるだろう。
「あ、そうだ見てこれじゃーん!」
プルトが懐から串を取り出す。
「何それ、どこで拾ってきたの」
「ソーセージです!
こんびにでかってきましたー!」
「大きいねぇ」
「はい、これリブライの分。」
後から出てきた日本目のフランクを受け取り、燃え上がる炎に翳す。
「わーいい匂いだぁー!」
「結構いいね、品数増やそうか」
「いいねー!」
「じゃあ僕コンビニ行ってくるね!
あ、何か要る?」
「ふざけてんのかテメェら!」
現代の技術では不可能な〝室内バーベキュー〟が気に入らない様子だ、考えが少し古いのだろう。
「舐めてるみてぇだな、このMr.フレイム様をよぉ..!」
「名前ダサ」 「殺す!!」
「ねー、なんであのお兄さんはあんなに怒ってるのー?」
少女にはわからない感情である怒り、その出処などより理解不能だ。
「あ、そーか!
お兄さんも食べたいんだね、いーよーちょっと待っててね!」
炎で焼き上げ、少し焦げのついたソーセージを半分辺りでパキリと契り、フレイムの元へ駆け寄る。
「はい!全部じゃないけどいいよね!
焼きたては美味しいぞー!」
差し出して、笑顔で手渡す。
「..ふん。」
「ホント人見知りしない子だよね」
社交性がまるで無いリブライも関心するコミュニケーション力。
「どう、美味しい!?」
「..ああ、ありがとうよ。
こんなに近くに来てくれてぇ!!」
プルトの身体が炎に包まれる。つらつら燃える業火の中へ。
「えっ?」
「しまった、あの子変な癖があるんだよ..」
人の懐に入るとき、自らを具現化し、無意識に干渉できるようにしてしまう
「アッハッハッハッハッハァッ!
馬っ鹿でぇ、火達磨になってやんの」
腹を抱えて燃え盛る少女を笑い者にする。鬼畜極まりない行為だ。
「あっはっはー!」
「..何笑ってんだガキィ!」
「お兄さんの真似だよ!
楽しそうだねーやっと笑ってくれたよー。」
「何言ってんだ?」
もしかすれば、常に無表情のリブライと共にいる事で、彼女は誰かの笑顔に飢えていたのかもしない。
「不気味な事言ってんじゃねぇー!」
火力を昇げてより炙る。炎は拡大し更に燃え上がる。
「うわー..」「やり過ぎだよね少し」
「お前、いつの間にっ!」
「アンタがキャンプを夢中になってる間だよ」
火柱となったプルトの元にリブライが顔を覗かせる。
「リブライー、ワタシも美味しくなるかなー?」
「どうだろうね、ソーセージじゃないからさ」
「そっかー、もし美味しくなったら一番にたべてね!やくそくだよ?」
「..わかった、一人でたらふく全部食べて、ゆっくり寝るよ。」
「わーい!
そのときはみせてね、リブライの..」
言葉の途中で焼き消えた。フードと共に、黒き灰となって..。
「はっ、漸く消し炭かよ!
呆気ないもんだなぁ、アッハッハ!」
「..死にはしないよ
僕ら人間でも魂でも無いからね」
「ならウダウダ言うんじゃねぇよ!」
「悪いけどさ、そういう問題じゃないんだよ..わかってる?」
冷酷な瞳、悪鬼の如き気迫。
リブライが初めて持った感情は、底知れぬ〝殺意〟だった。
「もういいや、酷く疲れてしんどくなるけど、外そう」
「な、何するつもりだテメェ!!」
「うるさいよ、黙っててくれる?」
男は静かに、頭のフードを脱いだ。
「長ぇ階段だな」
一人三階へと続く階段を登る祥吾。心細さは微塵も無い、元々友達はいないからだ。
「下の方でバチバチ鼓膜に迷惑な音が鳴り響いてるが、大丈夫なのか?」
仲間外れはパーティに誘われなかったようだ。
「お、入り口か。
罠とは張ってないんだな別に」
敵にすら警戒されず無視されるとは、どこまでも悲惨な奴だ。お陰でするりと三階に着いてしまった。
「ふぅ、相変わらず何にも無ぇところに着くんだな」
「..待っていたぞ。」「本当かよ?」
待ちわびる男に謎の疑いをかけ、面を向かわせる。
「お前がリーダーか?」
「..リーダー?
オレはキリング、元裁行人だ。」
「元裁行人?
..そうか、そういう事かよ」
二丁拳銃を構える髷の男、勇ましい威厳が伺える。
「世代交代って言葉知ってるか?」
「..知らんな。」
「なら教えてやるよ!」
銃口に日本刀の鋒を突き立てる。
「..こいっ!」
新旧魂対決の勃発。
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