第5話 偽る平和

「ただいま」

「ほれ、地図返す。」

魂処理を一通り終え、本拠地となる署の一室へ還る二人。

「おかえり、思ったより速かったね」

「色々あってな。」

「アタシは特に無いんでおやすみ」

お決まりのソファへ寝そべり一人気ままに他人事モード。自由奔放極まれりである。


「カシスオレンジでいいか?」

「なんで良いと思ったんだ、まぁいいけど別に。」

予想外のトリッキードリンクを受け取り、バーカウンターへ座り寛ぐ。疲れという感覚は仮の身体にも訪れるようだ。

「色々っていうのは話せない事か?」

「..管理人ってのに会ったぜ。」

「ほう、彼等はこっちに来てるのか」

「奴らに言わせると、俺達は裁行人(さいこうにん)ってモノらしい。」

グラスを磨くマスターの顔に、冷や汗が浮かんだようにみえた。

「連中はこうも言ってたぜ?

〝あのジイさんは何も話してない〟ってな。」

冷や汗は、垂れていなかった。

だが確実に、焦りを浮かばせ余裕を欠いていた。

「..そういえば、言い忘れていたな。

君達は魂を刈り削る者。

〝裁行人〟と呼ばれているんだ。仮の生を得た者の役割なのだよ」


「そうか、管理人が勝手にそう呼んでるんだな。」

納得をしたフリをした。言い忘れていたという理由だけでは無いと踏んで理解を示した素振りをみせた。しかし留まる事はせず念を押した。

「一応聞くが、敢えて伝えなかった訳じゃないよな?」

「当たり前だろ、疑っているのか?

何故わざわざ伝えずにいるのだ。」


「伝えずに明確な役割を与えずにいる方が自己的に動かしやすい..とかな」

「……」

沈黙を生んだ。

意図された静寂か、都合悪くできたものかは分からないが、ここで一旦環境が元に戻された。

「考え過ぎだ、勘違いにも程がある。

大体お前を手玉にとって、私に何のメリットがあるのだ?」

零から生まれたその問いは、隙が見当たらない程説得力があった。

「そうだな

すまん、考え過ぎた。」

嘘を隠されたかもしれない。そう思ったが、言葉が見つからなかった。ただ肯定し、頷く意外の遣り用は無い。

「俺も少し寝る。

今日は動き過ぎだ」

「ゆっくり休め、何か有れば朝に伝える。」

固いベッドに身を預け、目を閉じる。瞼は朝の日差しを拝むまで瞳を隠す。

祥吾は直ぐに鼾をかき、完全に眠り休む。


「..寝たか、やはり厄介だな。

睦月、祥吾よ」

「呼び捨てかよ..。」

密かな矛盾を天邪鬼はいつも見ている

たとえ己が気付かなくとも。


某ビル街

「よっと」

壁をぬるりとすり抜け物理法則を無視した侵入を見せる黒いフードの男と、付き添いの少女。

「うん、いいね

寝床も二つある、良い部屋だ」

「でもベッド意外何もないよー?」

「テレビもあるよ、面白い事やってないけど、特にこの国は」

どうやら新居を探していたようだ。住みやすさは補完できても娯楽の改善は出来そうにない。特に日本のテレビは根が深い、救い用が無い。

「現(こっち)はホントに宿に困るからな、早めに見つかって良かったよ」

「でも何か書いてあったよー!

英語で名前みたいなの!」


「Hotel(ホテル)って奴か、この部屋の名前じゃないかな」

「そっかー!

ホテルさん、よろしくねー!」

住みよい我が家の名はホテル、物は無くとも快適な一室。難点があるとすれば、度々客が訪れる事くらいだろうか

「誰だアンタら?」


「あ、ここに住んでる者です」

「お客さんだー、いらっしゃーい!」

「悪いけど、他の部屋行ってくれたりするかな?」

家を守るなら、セキュリティが大事。

この部屋の設備は時間レベルで住人を守る。勿論誰も寄せ付けない。

「もー帰っちゃうの?

バイバーイ!」

「まぁた歪んじゃうねこりゃ

..ま、いいか」

曰く付きの部屋は、こうした仕組みで出来ている。何か怪しいと思ったら直ぐに引っ越しする事をお勧めしたい。


「やる事ないな、テレビ見るか」

その刻、街の灯りは消えた。

テレビも、ラジオも、電波の支配下となる者は一斉に眠りについた。

「暗っら、何⁉︎」

「停電だな、今ろうそくを付けよう」

「ムッキー寝てるし、アイツ根暗だもんな。平気だわ」

豊かな新居ホテルも元気を損ね、暗く顔色を変えている。

「悪口言ったからかな、テレビが着いてくれなくなったよ」

「真っ暗だぁ、部屋が夜みたいだねー。お外で寝てるみたい!」

「厄介なのが一枚噛んでそうだなぁ」

街全体の電気を奪う、停電にしては大袈裟過ぎる。ブレーカーを落とした奴がいる。

「朝になって、治ってればいいけど」

偶然の出来事だと祈りつつ、闇を利用し、明日を待つ。街の電力と共に休憩を満喫する。


早朝

朝になり、日差しはさせど部屋は暗いまま。テレビにリモコンを翳すもやはり返事無し。停電は、朝までしっかり持ち越していた。

「街より先に起きちゃったよ、他の皆もやっぱりそうなのかな?」


魂一課署内

「テレビが付かん!」

寝癖付きで荒れ放題の髪を立てながら髭面オヤジは暗闇にて吠え猛る。

「いつからだ?

俺に朝の占いを見逃せってのか!?」

歯を磨きながら運勢を調べる、それが

36歳 天パ根暗刑事の朝の日課だ。

「なぁ、教えてくれよ!

乙女座は何位なんだおい、なぁ!」

「うるせぇなぁ。

乙女座って顔じゃ無いだろアンタ、つーかやめろその女子高生みたいな朝の過ごし方!」


「何言ってんだお前?

その日の運勢は知っとくべきだろ、逆に何で調べねぇ。」

「気持ち悪りぃんだよいい年こいて、どうすんだ?

ラッキーアイテムミニスカートとかだったら!」

「履くに決まってんだろ」

「正気かジジイてめぇ!?」

顔もロクに見えない中での喧嘩が始まった。これから何が起こるかは分からないが、恐らく運勢は最悪だろう。


街の電力はどこへいったのか。

復旧を待つ他回復の見込みは無いが、唯にしても歪みの有る街だ。不具合のみが原因だろうか?

電力に魂は、存在するのだろうか?


「俺は優秀な技師だよなぁ?

誰も文句は言えねぇ、そうだよな!」

闇の中に延びる電線が揺れる。

憤りと憎悪の数だけ揺れて、蠢く。

「そうだ、殺そう。

俺を馬鹿にする奴を、片っ端から痺れされちまえばいいんだ!」

静かに轟く光無き雷雲。

音を忘れて打ち付けられる。

「憎いか?」

「誰だ!

お前も俺を馬鹿にしてるのか?」

下から見上げる黒い影、電線を乗りこなし顔を見下ろすも朝日の光が邪魔をする。

「だったら報復したらどうだ?

お得意の電気技術でな。」

男に復讐を促す謎の影の声、何か企みがあるのだろうか。

「誰だか知らんが良い奴だ、俺を褒めてくれるなんてな!

いいだろう、盛大に報復してやる!」

電気技師と見られる電線よ男は、白い火花を散らして何処かへ消えた。

行き先はわからない、しかし促された通り、人々への復讐が始まる。

「刻は動いた、目覚めよ街よ!

..魂の怒りを受けるがいい。」

街は暮らしの要塞から、住人を閉じ込める牢獄へ変わる。


朝8時

電力ロスの早朝から約三時間が経過したが、未だ街の復旧は叶わない。

「マスター、コーヒーくれるか?」

「言うと思って豆を挽いてた、少し苦いぞ。」

要望に備えてドリップされたコーヒー

は、電気が通っていないのにも関わらず暖かい温度を保っている。

「にしても暗いな。

いくら日差しが射してるからっても夜中みたいだぜ?」

高い建物が多い分入り組んで日陰が出来易い。故に陽の恩恵はほぼ期待が出来ない状態だ。

「大体何が原因だ?

電線が切れたか、ブレーカーが落ちたか、それとも何か..」

「人がイジッてるに決まってんだろ」

言葉の横槍で突き刺すのは傍のアイツ


「ガキ、何だその目?」

半分空いた目の下に、ドス黒いくまが浮かび、いかにも寝不足といった具合に顔色が悪い。

「アンタのせいだろが!

とんでもねぇ朝早くに喚きやがって、お陰でこのザマだ嬉しいか?」

「俺のせいじゃねぇ、停電のせいだ」

「んだとこのヤロ..あぁもういいや気持ち悪りぃ。」

付き合ってられるかと雑に放置し、再びソファで横になる。

「クソが、アタシ一応女だぞ馬鹿..」

なけなしの乙女ぼやき、計り知れない色気を誇る。

「俺のせいにすんな!

..と言ってもよ、迷惑してんのは俺も一緒だ。」

祥吾は少しだけ考え、閃いた。

「よし、業者に頼むか!」

いや、思考を放棄していた。

「取り敢えず外に出てみるか、街全体がこんだけ暗きゃ復旧作業している奴もちらほらいるだろ。」

助力と新たな出会いを求め、表へ駆り出す。足跡は影に隠れ、追うことはままならん。帰りの道で確認するしかないだろう。

「わかってはいたけど暗いな外。」

外に出てみると日差しは役目を果たしておらず、夜と然程変わり無い色をしていた。視界を助ける人口の光すら持たない祥吾にとっては、海底を探検する感覚で未知の境地だった。

「とにかく人を探すか..と思ったがよ、普通は外にいねぇよな。」

自然の復旧を屋内で待つ、自ら街を起こしてやろうというアクティブ極まる猛者など居るのだろうか?


「ん?」

遠くの方に薄く小さな光が見える。

直ぐに駆け寄ると、そこには電線の上で手を動かす作業服の音が居た。

「復旧作業中か?」

「..まぁそんなとこだ。」

光の正体はヘルメットのライトだった。愛想の無い男の頭でそれは輝いていた。

「他に動いてる人間はいないのか?」

「知らんな、多分俺だけだ。」

お前など眼中に無い、そんな口調で相手をされた。祥吾は尚も続けて問いかける。

「俺に出来る事はないか?」

手を貸したい訳では無い。

一刻も早く街を復旧させ、光を取り戻すべくの寄り添いの言葉だ。ここが近道だと踏んだ。


「.....ちっ..。

特に無いな、他を当たれ。

態々手を動かしたいのならな」

確実な舌打ちが聞こえた。

何か勘に触る事を言っただろうか?

そんな男の言われもない憤慨な態度をしっかりと祥吾は聞き逃さなかった。

「俺お前何か言ったか?

少なくとも舌打ちされる様な事をよ」

男はあからさまな面倒な顔をした。

「こいつ聞いていたのかよ」とバツの悪さをはっきり顔で表した。

「なんだその顔、お前が舌打ちしたんだろ?」

「………。」

「おい、何黙ってんだ」


「仕方ないだろ、アイツ魂だよ?」

闇の中に響くもう一つの声、それは蛍光ピンクのイカれパーカーの女が織り成す不協和音。

「ガキ!

お前なんでいんだよ、こんなとこ。」

魂一課の紅一点

華のバディ、その名はミルカ!

..と自ら警察手帳に書いている。

「停電してっからさ、今なら棒飴死ぬ程食えると思ったらそもそも店空いてなかった」

私利私欲に釣られて貪欲に狩りに赴いたという訳だ。

「いい加減金払えっての。」

「いいんだよ、だから言ったろ?

アタシは大丈夫だって」

「物欲に執着してるから買い物中は姿消えるってか?

便利かもしれねぇがやってる事ぁ泥棒と変わんねぇからな!」

「うるせぇなぁ。

やったもん勝ちだわさそんなもん」

「遂に開き直りやがったな!

..だわさって。」

仕事でも人でも愛でも無い。

食と娯楽に未練を残したがめつい魂が身体に宿る。ちなみにそんな彼女の死因は〝餓死〟である。

「んな事よりなんだったか..あぁそうだ、アイツが魂だって?」

「そうだよ、何で気付ないんだよ逆にさぁ」

魂を処理する力は格段に祥吾が上、しかし魂を感知したり把握する能力はミルカの方が高く優れている。視界の儘ならぬひっそりとした場所で、祥吾一人の感知能力はほぼ機能してないと言っていい。

ミルカが感知し、祥吾が斬る。

一応はバディの役割分担は出来ている


「こんなとこに出てくるって事は浮遊魂(ふゆうこん)か?」

「浮遊魂がこんなはっきり人型なる訳ないじゃんか、あてもなくただ彷徨うだけの存在なのにさ」

「じゃあ何だってんだ?」

「自縛魂だよ、ここら一帯にへばり付いてる。」

「自縛魂..かよ。」

彷徨う魂にはいくつか種類が存在する。世界線の歪みから居場所を失い、訳も無く彷徨い歩く魂を浮遊魂。

この世に何らかの未練が在り、それを悪戯に果たすべく力を付け自らを縛って繫ぎ止める文字通りの自縛魂。

自縛魂は生前思い入れのある場所や物に憑き決められた範囲で肥大化した感情の力を暴れ震わせる。厄介極まり無い代物だ。


「で、要件は一体なんなんだ?

俺は目が合っただけで舌打ちされたんだけどよ」

「自縛魂の思いは憑いた場所の範囲や大きさに比例する。こりゃ相当でっけぇもん抱えてまっせ」

「恨み晴らさでぇ〜..って奴か?

ゆっくり聞いてやるよ、言ってみろ」

電線の上でだんまりを決め込み続けていた作業服の男は、祥吾の言葉をスイッチにする様に、手の動きをピタリと止め、正面を向き電線に腰を掛けた。

「ハァッ〜...。」

深い溜息の後、ゆっくりと口を開き言葉を発する。

「みんなバカにするんだよなぁ。

オレの事をよぉ...」

「何?」


「知ってるか?

電気技師ってのはよぉ、人間扱いされねぇんだぜ。」

支離滅裂、漠然とした不満を溜息混じりに吐き漏らす。

「電波が遠らねぇ、用がある時だけ声掛けて、済んだらポイだ。オマケに配線をイジって改善が見込まれなきゃ悪もんになる。」


「てめぇたちの都合だけで好き勝手使い捨てるのよ!!

俺達は、人間じゃねぇ!

電気を通すパイプくらいにしか思われてねぇんだよなぁ!?」

暴力的な卑屈、廃れ崩れた根っこが嘆き嗚咽する。

「だから電気を停めたのか?」

「あぁそうよ!

俺達がいないとどれだけ困るか、空いた時間の暇も潰せねぇ事を思い知らせてやんのよぉ!!

大体あいつらムカつくんだよ!

平気で電力消費しやがって、電気が通ってるのが当たり前だと思ってやがるんだよなぁバカがよぉ!!」

自意識を肥大化させ他者を愚弄する。

いじめっ子が力を持つと狂乱の刻を迎え、酔い狂い陶酔に耽る。現状の彼の対義語は謙虚である。


「おっかねぇ事になってんなぁ。

下手に刺激すりゃそれこそ感電しそうだなこりゃ」

慎重に出なければ激昂し兼ねない。何をしでかすか分からない未知は一番恐ろしい。充分用心している祥吾だが、それは祥吾個人の話。気遣いや順応できる者は問題は無い、しかし出来ない者は、とことん出来ず迷走する。

「そんな理由で電気停めたワケ?

何だよそれ、思い込みじゃん。

ダッサ! 被害妄想(ヒガモ)!」

「バッカお前..読め空気を!

何バッサリいってんだよ、カッコいいと思ったのか?

ハッキリものを言える感じカッコいいと思ったのかよ!?」

嘘は付けないマイロード女。

ボロボロの架け橋をハーレーで走り渡った。

「ダサい..?

そうか、お前もオレをバカにするんだな」

「してねぇよ、別に。

気にし過ぎなんだよ、お前」


「黙れっ!」 「うおっ..」

「電撃か?」

雷の落ちた箇所の道路が薄く焦げ、煙を上げる。

「なんなんだ急に危ねぇな!

言う程人って最低か?

確かに人は平気で嘘付くし、卑怯だし

バカだしクソなのに偉そうだし今だに生物のトップだと思い込んでるけど」

「酷ぇ言いようだな。」

ミルカの思いは更に止まる事を知らず

「てめぇの都合で直ぐ物事変えるし、何も出来ねぇクセに天才みたいな雰囲気出して異端気取るし、誰にも褒めらねぇから自分の顔面の写真撮って褒められようとするし、素人募集って言っときながら集まるのは野心ムンムンの気持ち悪りぃセミプロ共だったりするけど!」


「具体的過ぎんだよ、後半のやつは誰の事言ってんだよ、わからねぇよ。」


「お前はそんなにも、座高が高いじゃんかよ!

諦めんなこの野郎!!」

「褒めが弱ぇーよ。

無理だよんな容量じゃ、詰め込めもっとよ。」

人のエゴサーチに夢中になり初対面の無愛想男の良い所リサーチをすっかり忘れていた。ただし座高はとても高い、これだけは絶対に言える。

「てめぇオレを被害妄想と言ったな?

巫山戯んな!

てめぇみてぇな今どきゴミギャルに何がわかんだよ!?」

「てめぇこそ馬鹿にすんな!」

「今アイツ、今どきゴミギャルって言ったぞ。」

男の一言が、ミルカにより火を着けた

「アタシをあんなのと一緒にすんな!

確かに流行りものには偶に手ェ付けるけど..集団なんて大っ嫌いだし、くだらねぇ音楽に身振り手振り合わせて馬鹿みてぇに踊ったりしねぇよ!」


「敵に回したな、お前もう味方いねぇな、全力敵視を始めたな。」

最早説得する気は全く無い。

というよりそんなもの元々有りはしない。

「そうか、オレを搾取する気だな!

どいつもこいつも..」

頭を掻き毟り絶望を見に纏う男。瞳孔は既に黒く濁りきっていた。卑屈は更に度を増して、遂に全てを支配した。

「そうか、全部奪えばいいんだ。

そうすればもう利用されない」


「オレが人々を、街を食い尽くしてやるよぉぉ!!」

男は天に手を右手を翳す。

街の光は立ち所に戻り、電気は元通り活動を始める。

「復旧した?

どういうつもりだ、コイツ..。」

「根暗がはしゃぐなよなったく」

人々の娯楽が再開される。

媒体を選ばずゲーム、ネット、ラジオテレビ..皆が同時に動き始めた。

しかしそこに映し出されたのは、コミカルなキャラクターでもなければ、清廉された美しい女優でも無い。

「なぁムッキー、見なよアイツの目」

「黒目が、紅くなってやがる。」

奇抜な瞳をした、作業着の男の姿だ。

「民衆よ、跪け!

オレが支配者だ、このミヤザワ様がこの街の王だぁ!!」

男を見た者達は画面の虜となり、自我を失い服従した。瞳を同色に変えて。

「リブライ〜なにこれ〜?」

「さぁね、何かのイタズラじゃないかな、念の為外に出ない方が良さそうだね」


「お客様、ルームサービスをお持ちしました。」

「おやおや、物騒だね

部屋の扉も閉めておかないと」

侵食は既に始まっているようだ。


「さぁニュータウンの誕生だ!

祝砲を上げようぜぇ!!」

人差し指を突き立て三、四本の雷撃を無造作に道路へ放つ。

「っぶね!

てめぇいい加減にしろ、街に一体何しやがった⁉︎」

「聞いてなかったのか?

新しい街を作ったんだよぉ。

ほら見てみろ、民衆が集まって来た」

「なんだよありゃあ..!」

「イカれてますな。」

道路を一杯に敷き詰め、人々が隊列を組み行進の如く此方に向かって近付いてくる。

「アイツらはオレの支配下だ、勿論名前なんかねぇぜ?

人間であるかも定かじゃねぇなぁ!」

己の意識を電波に乗せて作り上げた木偶人形を恍惚の表情を向け、笑い飛ばす様はまさに支配者。立場の逆転した瞬間である。

「どうすんのさムッキー、誰から斬んだよ?」

「..馬鹿かよ。

俺の刀が、生身の人間を斬れる訳無ぇだろ。」

斬れるのは魂のみ、だからといってミヤザワは電線の上だ、届く筈も無い。

「一旦逃げるぞ、ガキ!」

「あ、ちょっ!

どこ逃げんのさ!?」

祥吾はミルカを抱え、闇雲に走る。少ないヒントから、外に居続けるのは危険だと考え、目に付いた適当な建物の中へ飛び込み避難する。

「窓を割っちまった、くそ!

重てぇな、これ」

飛び込む際にガラスを粉砕し、空いた隙間を埋めるべく、洋服タンスを押し進め、窓の吹き抜けを塞ぐ。

「ここは、人の部屋か」

突発的に入ったのは、マンションの一室。部屋は薄暗く散らかっており、布団の上に無造作に置かれた毛布の上に、電源の入ったパソコンが置かれている。暗い部屋の中では画面の光が照明代わりのようだ。

「間抜けの空か、ここの住人もやられたみたいだな。」

「よし、冷蔵庫どこだ?」

「漁んな勝手に!」


「あぁ..」

「ん?

何だ、誰かいんのか。」

誰もいないと見られていた部屋から小さく力の無い、小動物のような声が微かに鼓膜を揺らす。

「ミーアキャットだろ」

「いる訳ねぇだろ。

言うならもっと子犬とかにしろ」

辺りを見廻すと毛布の置かれた布団の奥、壁に寄り掛かる細身の眼鏡を掛けた少年が此方を見つめ震えていた。

「お前、ここの住人か?」

「...あ..は、はい..。」

震えきった声でなんとか返事を返す。

「怯えてるじゃんかよ、何したんだよムッキー」

「何にもしてねぇよ俺は」

「なにもしなくても普通の子には36のオッさんは怖いんだって。」

「勝手に決めんな!」

自分の部屋で平気で痴話喧嘩を始める男女に戸惑いつつ、少年は言葉を紡ぐ


「あの..その..。

お二人は...何者ですか..?」

「泥棒です」 「え...!?」

「余計な事言うな!

俺たちは刑事だ、ほら。」

ミルカの失言を払拭する為、懐から手帳を出し身元を明かす。

「刑事..さん...?」

「ちょいと特殊な役職だけどな、間違い無くそうだ。」

色々と、不思議な雰囲気を持つ少年だがその中でも今までにない大きな異色に祥吾はここで漸く気が付いた。

「お前、俺が見えるのか?」

「...はい、見えます...けど..。」


「ミルカ」

「違う、その子は魂じゃないよ」

「人間か、唯の。」

魂の見える人間、初めての存在だ。

概念すらも知りはしない、これを現では〝霊感〟というのだろうか。

「坊主、名前は?」

「..古幡...恭治です..」

「派手な名前」 「..ごめんなさい。」

名乗り+謝罪

謙虚なものである。

「外の状況は解っているか?」

「..いえ、何かが起きた事は...知っているのですが..。」

外の異変は何となくわかる、しかし明確な事は理解の外だ。

「パソコンやら、テレビやらを見てた連中が軒並おかしくなった。自我を失い、意識を支配された。」

「パソコンで..意識が...?」

少年の部屋にもパソコンがある、しかも電源が入っているという事は恐らく近々まで画面をみていたという事だ。

「アンタもそれ、弄ってたんじゃないの?」

証拠残りまくりのパソコンを指差しミルカが言う。

「..あ、これ..。

確かに..でも途中で眠ってしまって、そしたら画面から大きな音がして..」

「紅い目の男が写った。」

「..赤い目、そういえば写ったような...」

うろ覚えの記憶を辿り、真実と当てはめていく。

「多分ですけど..写ったと思います。

...赤い目の、男の人..。」

「みんなそれを見ておかしくなったんだ、お前は何故平気でいられる?」

「..何故かは、詳しくわからないけど、ちゃんと見れていないからかも。

この眼鏡...度が強すぎて良く見えないんですよね..。

お二人の顔も..正直余り良く見えてなくて...。」

己の眼球とマッチせず、本来の用途としての成り立ちを有していない矯正器具が功を制した形のようだ。

物は使いよう、ゴミもダイヤモンドも然程の違いは無い。


「坊主、お前は数少ない生存者だ。」

「別に他の奴も死んでねぇよ」

「..まぁとにかくだ、もしかしたら強い味方になるかもしれねぇ。」

魂を目視でき、支配もされていない。一人で部屋に残しても何があるか分からない。共に連れていくのが得策だと判断した。

「まぁ連れてくのはいいとしてさ、外出てどうすんのさ?

キモい集団はうじゃうじゃいるし、筆頭のアイツはアイツでって話だし」

やりようが無いという奴だ。

策無しで飛び出せば身投げと同じ、死ににいくようなものだ。どうしたものかと頭を抱え考えに耽っていると、二人に眼鏡の少年古幡がふと疑問をなげ掛ける。

「..パソコンやテレビ画面を見て他の人は意識を支配されたんですよね?」

「あぁ、そうだ。」

返事を聞くと軽く頷き、散らかった部屋を手探りで物色する。


「あった..」

手に握っていたのは一枚の冊子、ページをめくるとパラパラと何かを探している。

「それは、地図?

なんでそんなもんをいきなり。」

「この街の地図なんです、確かここら辺に..そう、これだ。」

描かれていたのは、街の全体図。

街の中に存在する店名や施設など、事細かに記されている。

「..ここ、見て下さい...」

注目すべきは街の四隅、後から書き足したように赤いバツ印が刻まれている

「なんだ、これ?」

「以前学校の授業で、街の電源を調べる為に街を歩いた事があるんです。

..これはこの街の、ブレーカーの位置です...。」

街の供給源、電力の源を司るスイッチが、角の四隅にあるという。

「もし、電波が原因なのであれば..ここを下ろせば支配は解けるかも。」

それだけでは無い。

ブレーカーを落とすという事は、当然だが電気が通らないという事だ。つまり電気技師の仕事は当分お預けという事になる。

「でかした坊主」 「やるじゃんか」

「い、いえ..。」

「よし、なら二手に分かれるぞ」

指揮をとり、体制を伝える。


「坊主はガキを連れて四隅のブレーカーを落として来い。俺はその間、奴の元へ向かう。」

「え..?」

「密かに動いてんのがバレたら困るからな、時間稼ぎするんだよ」

身を捧ぐ投資、ブレーカーの在り処を知った地の利のある者が行った方が早い。モタつくよりは、ボロボロになった方が効率良く事は進む。

「ガキ、坊主の事頼むぞ?」

「……分かってるよ。」

むず痒い要望に顔を背けるも承諾、己の役割を充分に理解している。

「これでも持ってけ!」

焦燥を隠すようなぶっきらぼうな声色で、祥吾に何かを投げ与える。

「ん、何だこれ?」

「特殊警棒だ、マスターから掻っ払っといた。..それで生身の奴らも殴れるっしょ?」

「..平気で殴ってか。

わかったよ、使ってやる。」

授かり物を腰に差し、祥吾は背を向け走り去る。

「アタシらもいこうか。

案内頼むわ、派手眼鏡くん」

「派手眼鏡...はい、こっちです..。」

派手な名前の眼鏡という意味だ。

眼鏡が派手な訳では無い。


「民衆達、跪け。

お前達にもう自由は無ぇぞ?」

赤い瞳をした人々が膝を付き頭を下げ、電柱に座る男の隊列を組み、服従する。

「どうだ、下に見られる気分は?」

優越感に浸りつつ、悦を噛み締める。

「人間扱いされないって無様だろ?

そこにいるのに見えてねぇ、生きているのに必要とされねぇ。」


「それが今のお前らなんだよ」

隊列の中心に電撃を落とす。人々は反射的に避けようと電撃を避ける。

「お、意識が無ぇのに逃げんのか!

やっぱ痛てぇよは嫌だよな?」

次々と電撃を落としていく。

その度に人は雷から逃げ、避ける。

「踊れ踊れぇいっ!

身体が焦げるまで踊り狂えよ!」

人体には直接当てず、敢えて間の間隔に電撃を落とし愉しんでいる。陰湿かつ変質、汚物のような二足の草鞋だ。

「いいか?

お前達にはオレが必要だ、オレがいなければお前達は存在できないんだ!」

〝ミヤザワ〟という存在を意識に強く刷り込み一つの概念として組み込む。

彼等にとってミヤザワは、新たな常識の一部となった。

「随分友達が増えたな」

「テメェ帰ってきたのかよ?」

睦月祥吾、颯爽と帰還。

「あぁ、俺も一人は寂しくてよ」

「お前もオレが必要なのか!」

36歳中年刑事初めての友達を作る。

ちゃんとした友人はできるだろうか?

「悪いな、オレと友達になる前に、これだけの知り合いがいるからよぉ。」

ミヤザワデクが、一斉に祥吾に照準を合わせ紅い眼光を向ける。


「ふえぇ〜!

こんだけいりゃあ退屈しなさそうだなぁ。一人残らず仲良くしてやらぁ..」

腰から小さな希望を外し、友達申請の準備に入る。最早言葉は要らないと棒に思いを込めて振るいます。

「届け、俺の思い!」

街VS死にかけ刑事の攻防が幕を開けた。

「面白ぇじゃねぇか、中年デカァ!

やってみろよ、出来んならなぁ!!」

よくこんな言葉を恥ずかしげもなく言えるものだ。


と、バディの娘なら言うのだろう。

「ん?

今なんかベタな台詞が聞こえた気が」

「ベタな台詞..?

...よくわかりませんが、見つかりましたよ、ブレーカー..」

「あホントだ、下ろすべ。」

四つの内の一つ目、小さな蓋の付いた箱のようなものに収納されていたブレーカーを勢い良く下に降ろした。

「思ったより堅っ!

これあと三つも下ろすのかよ」

軽いスイッチを切り替える程度を想像していたようだが実際のブレーカーは黒い鉄のレバーを下ろす形状をしていた。古幡曰く防犯用の工夫らしいが、ならば蓋付きの扉を硬くするべきだ。

「次に行きましょう..。」

「タフだなアンタ、って程でも無いのか。」

細身の眼鏡がレバーを引いただけだ、タフでもなんでもない。


ホテル一室

「ん、ちょっと部屋暗くなったー?」

「わかんなーい、なってるかなー?」

「僕が聞いてるんだけどな、わかんないか」

変わらずベッドで寛ぐ黒フードのお二人は、窓を閉め切りドアには室内にあったモップを立て掛けストッパーを張っている。

「もうガタガタうるさいなぁー、いい加減諦めてくれればいいのに」

「ホテルさんおかしくなっちゃたね」

ホテル内で例の映像を見た従業員達が室内の客を常に狙い続けている。

「そんなにこの映像スゴイのかな?

どのチャンネル掛けても映ってるけどさ」

街全体に影響を及ぼした映像を彼等は小一時間裸眼で見続けているが、これといった変化は無い。人間の脳波設定では、到底操作できない代物らしい。

「テレビつまんなーい!」

「仕方ないよ、テレビは元々つまらないものなんだよ」

室内ですら安らぎは薄い。

見たくも無いテレビはいくらリモコンのボタンを押しても電源が消えない、外からはガチャガチャと延々とノブを捻る音が響く。当人も予想はしなかっただろう、苦労して見つけた新居が一日と経たず騒音トラブルに見舞われるなど。

「早めにどうにかしてくれよ、裁行人さん?」

あくまでも人任せ、キーワードは怠惰と他力本願だ。


「無謀なオっさんだなぁ。

今はまだ動けてるけど、放っときゃ直ぐにグロッキーよ」

島国の街に王が一人、それに従わされる意識無き人形と、力の限り争う男が更に一人。

「うらっ!

思い入れが無い分平気で殴れるが、後に傷は残んのか?」

思ったより薄情に人を害する仮にも刑事のこの男、単純に手段が無いというだけの問題で、あれば人でも軽くいなすのだ。

「しっかしキリがねぇ。

数は増えねぇが、倒れねぇ!

どうすりゃいいんだこれ」

「当たり前ぇだろ?

俺が脳に直接電波送って起こしてんだからよ!」

「余計な事しやがる..」

戦闘不能になった人形を再び起こして利用する。

「つまりはお前を叩けば動かなくなる訳か?」

「どうだろうなぁ、オレが直接脳波に語りかける前に充分意識に介入してるからな!」

やっぱりもう遅せぇのか?

コイツらはネットならテレビなりの画面見てこうなった。..そういえば坊主の部屋に入ったとき、パソコンの電源は入ったままだった。少し弄ってみたが、画面は変わらず野郎を映してたな。


「..そうか、そういう事だな」

「どうしたよ、考え事か?

それとも生きるの諦めたぁ!?」

「悪りぃけどお前の相手は後だ、暫くそこでそうしてな。」

「やっぱり生きるの諦めたのか!

悲しい中年だぜ、ホントよぉ!!」

正式に時間を稼ぐ理由ができた。

ガキ共、早いとこブレーカー落とせ!

「お前ひっばたくのはそん時だ」


渦中のガキ共

「あった..!」

「二つ目クリアか、しんどいな。」

二つ目のブレーカー、地図の箇所でいうと右上隅のバツ印を今切り替えた。

「あとはあっち側の角か、遠くね?」

左方面は祥吾が進んだ方向。近付くだけでも危険の伴う場所、魂側の道だ。

「でも..行くしか、無いんだと...思います..。」

「..アンタ、思ったより男じゃん」

「え?

い、いや..そんな...」

ミルカの思ってもみない反応に顔を赤らめ、喜びつつも否定する。

「ほら、行くぞ少年!」

「は、はいっ..!」

ブレーカー組、後半戦に突入。


魂一課署内

物音一つしない部屋で、男はグラスを磨いていた。

「みんな遅いな、何処までいったのだろう?」

部屋が長らく暗かった為、外の時間軸が掴めず寝過ごしてしまったようだ。

普段そのような事は決して無い為、強めの動揺を生んだ。

「警察の連中も一人も署内に居なかった、外で何が起きている?」

魂署内のテレビは祥吾が外に出る前に「着かないのに見てても仕方ねぇ」と元線を抜いていったので男の映像は流れていない。その上で寝過ごした大門は、街の人々に起きた事や現状の情報を何も知らないのだ。

「いつ帰ってくるかはわからんが、コーヒー豆を挽いておこう」

彼に今出来る事はドリップ、そしてシェイクくらいだ。


「うっし!

これで何体めだ?」

「0体だバァ〜カッ!」

殴ればまた起き上がる、ゾンビの如く

「キリがねぇよ。」

「今更言うな、クソオヤジ!」

電柱にあぐらをかいて見下ろす元電気技師の国王。

初めは何処まで持つのかと気を乗らせ見ていたものの、今となっては気を紛らす程度の暇つぶしにまで興味が薄れている。

「つまらんなぁ..退屈だ。

...ん〜?」

気持ちに余裕がてきたからだろうか、緩慢な時間の、目立つ違和感に疑念を覚えた。


「おいクソオヤジ、さっきまで一緒にいた生意気な女は何処に行った?」

祥吾の身体が一時硬直した。

用心し、気に留めていた箇所へ遂に奴の足が踏み込み始めた。

「俺が知るかアイツの居場所なんてよ、どっかで菓子でも食ってんだろ」

「……」

人差し指を下側に伸ばし電線へ触れる。

「電力が弱まってる..」

「ちっ…!」

万事、休すってやつか。


「そうか。

余計な事しやがって..やりやがったなクソ共がぁっ!」

「声上げ過ぎだバカ..!」

激昂し、節度を欠いて怒鳴り散らす国王は重たい腰を漸く上げ、高らかと電柱に二本の足を乗せる。

「デク共、女を探せ!

ブレーカーを狙ってやがる。」

祥吾を囲んでいた人形の一部が広範囲に及び街の向こうへ、確実にミルカ班を狙う。

「ちぃっ!」

「おっと、何処行くつもりだぁ?

お前はここで遊んでろって!」

人形達が羽交い締め、祥吾の動きを拘束する。

「くそったれが、離せっての!」

あのガキ。

何で俺に警棒預けやがったんだ!


「少年、バテんな」

「..はぁ...すみません..。」

「あそこのむき出しのとこ超えりゃ左側に移れる。気付かれさえしなきゃ大丈夫だからさ」

建物の無い道路の交差点を渡れば左の通路へ移動ができる。あと一歩でブレーカーの元へ近付けく事が出来るのだ

「走るよ、息整えときな。」

正念場でのエスコート、超えてさえしまえば畏れるものは無いのだが、悪意は深く、執拗に絡みつくものだ。

「..ミルカさん、あれ...」

「何?

..うっそ、マジかよ!」

交差点の向こう側から、赤眼の兵士が表情も無く攻めてくる。

「どうしよ..」

「いいから渡れ、取り敢えず」

導かれるままに手を引かれ、左側へと渡り駆ける。完全に渡り切ると、ミルカは腕を投げるように離し、古幡を突き飛ばした。

「...ミルカさん?」

此方に背を向け動かない。

「その地図持って、残りのブレーカー落としてきなよ。

アンタの方が道詳しいだろ?」

「え..」

見様見真似の己よりも、地の利の深い古幡が効率良い。的確ではあるが、納得は出来なかった。

「早く行けって

逃げ続けても限界早いんだからさ、アタシが皆引き受けてやっから」

「いや、でも..それは...」


「いいから行けバカ面倒くせぇなぁ!

言う事聞けないのかよ?」

「ひっ!

は、はい...行きます..!」

小動物は威嚇に弱い、不利な状況なら尚更だ。

「やっと行ったかよ。

..それにしてもこいつら、殆ど警察署の連中だよな?」

見慣れた顔触れ、見覚えのある服装。

接点こそほぼ無いものの、飽きる程見続けた者ばかり。

「こんな連中寄越して来るって事は奴さんも本気なんだ、ウッゼー」

パーカーのポケットから棒着きの飴を取り出し口に咥える。

「仕方無ぇな、キモいからあんまり使いたくねぇんだけどさ。」

文句を言いつつ先端の丸い飴を包んでいた紙を手前に放り捨てる。地面に落ちた包み紙は大きく拡がり形を変え、小柄な人物の形状を成した。

「いくよ、アタシの分身」

「指図すんなよ、アタシ如きがさ。」

二人のミルカは二方に別れ、連中を撹乱するようにバラバラに動いた。

「あんま長くは持たねぇけど、まぁいいや。上手いことやれよ、少年」

多対一を強いられるのは此方も同じ、攻めるか防(まも)るかそれだけの違いだ。


「攻撃あるのみだっ!」

「なかなかしぶとい馬鹿だなアイツ」

特攻組のムッキーこと睦月祥吾は散り散りに消えた人形を追う事を諦め変わらず警棒片手に人々を殴(ボコ)って

いた。

「数が減りゃあ単純に疲労も半減だ、ミスったなお前。

俺を甘く見過ぎだぜ!」

「そうかもな、少し舐めてたみたいだわ。悪りぃな」

再び兵が起き上がる、このモーションをここまで何度見た事か。

「数が少ねぇ分、密度を上げねぇと失礼ってもんだよな?」

人形達と身体が青白く発光する。

輝きがシルエットに馴染み消えかかると、傍の女兵士が祥吾を目掛け、力任せに拳を投げた。咄嗟に構えた腕で防ぎはしたが、尚もギシギシと音を軋ませのし掛かる。

「どうした急に、ここまで力自慢だったか姉ちゃん?」

「これで文句ないだろ、物足りなかったんだろ?

今までのクオリティじゃよぉ!」

「余計な事しやがって..」

「おっと、後ろ気をつけなぁ。」

身動きが儘ならぬ状態の背後からふいの突き刺すハイキック、防御策の無い祥吾はモロにそれを受ける。

「てめぇ、二人掛かりで蹴り入れやがって..卑怯もんが...!」

背に二発、槍の突きを受けたようなものだ。悶絶甚だしい事態だ。

「次は肺に風穴空けてやるよ」

「..お前、後で覚えてやがれよ?」

衰えを見せず、寧ろ火がついた。


街外れ左付近

「そろそろヤッバイな、継ぎ足ししとくか」

棒飴を口にし、包み紙を捨てる。

「よっと、おはよーさーん。」

「どこでもいいから曲がって走れ、少年のいる方向にゃ行くなよ?」

「わーったよ、行きゃいいんだろ行きゃさ。」

分身体となったソレはオリジナルの指示通り、適当な曲がり道を見つけ走り出す。

「ほーらこっちだよオッさん達、着いて来いよ。」

煽るように誘導し、数人の男を撹乱する。

「ちっ、やっぱ全員は無理か

だけど三分の一は消えたな、流石警察、固定観念でしかものを見れない愚かな奴ら」

一度定めた情報や概念以上の見方をしない視野の狭さが功を制した。今のところは溺れず策士が船を漕ぎ続けている。

「残るアメは三本か、使う処を上手く考えねぇと。」

飴を舐め、包み紙を己と同じ質量、温度、クオリティの分身体に変える事が出来る。しかしそれは飴を舐め終わる迄の間だけ、口から消えれば消滅する。

「使いたくねぇんだよ

計算なんか出来ないし、自分がいっぱいいるなんて考えただけでもそんなんキモいっしょ!」

欲に執着した結果の代償がこれだ。

ミルカが助力をしてるのも、祥吾が奮闘しているのも、全ては彼の為。

視力の悪い、見えないものが見える少年。お陰様で彼は今、三つ目のブレーカーに手を掛けている。

「よし、切り替えた..。

...ミルカさん、大丈夫かな..?」

傷一つ負わず角を三つ目取った。

オセロなら圧勝も良いところだがスコラテジーゲームでは訳が違う。

角が一つ残っていれば如何様にでも覆る、白も黒も表も裏も無い。あるのは一つの城のみだ。


「も一つリセットだ。」

警棒だけでは飽き足らず拳を用い手数を増やしてクラッシュし、今何度目かの圧倒をやり遂げた。

「力は相変わらず強いが、倒れるのが速くなったな。繋ぎ止めるのも厳しくなってきたか?」

「またブレーカーを落とされたか。

余計な事ばっかしやがって!!」

電力は通常の半分以下、全開と比べると劇的に減少し、弱まっている。力や速度は自らの力で調節できても、元の稼働時間は弄れない。

「…もうヤメだ、お前の限界なんか知るかよ。」

「..なんだ?」

人形達の動きが止まった。

疎らに散らばった者共は分かりはしないが、見える範囲の人々は不気味な程に直立不動だ。

「降参かよ?」 「……」

諦めともとれる言葉、暴動の停止。

奇行か愚行か、分かりかねる光景だ。

「奴を叩くのをやめろ。

一律して、ブレーカーを護れ」

戦略は無限大、攻めに特化していた形態を守りにシフトチェンジ。

「下されたブレーカーもあげてこい!

余計な事を覆せ!」

加えて体力を取り戻すつもりでもあるようだ。大勢の手駒は指示通り疎らに動き、リカバリーを開始する。

「抜け目は無えってか!」


「何処行くんだぁ中年?」

「あんだよ!?」

「お前の相手をしてぇ奴がいんのよ」

四方に散った人形を追わずそこに立ち、祥吾を正面から見つめる者がただ一人。

「..逃がさねぇってか。

一途だなぁ、姉ちゃんよ。」

ミヤザワに力を加えられた際、初めに祥吾に拳を振るった女が赤い睨みを利かせていた、といっても無表情だが。

「気をつけた方がいいぞー、ソイツには相当の電流を流しておいた。

ぶん殴られて潰されねぇようにな!」


「女殴るのは気が引けんだよな。

..殴られて潰れるってもうゴリラじゃねぇかそいつ。」

重んじはする

だがデリカシーは無い。

「加減できねぇだろうが文句言ってくれるなよゴリラ女!」

敬いはする、だが気遣いは皆無。

案の定警棒をフル可動、暴威の極み。


「そうか、少年レベルの問題じゃ無くなってきてんなもう、ウッゼー」

建物の陰に隠れ、無線機の様な物を片手に一人ごちる。ピンクパーカーキャンディことミルカさんだ。

「警棒と繋げといてよかったわ無線、ベラベラ話すから筒抜けだかんね?」

祥吾に渡した特殊警棒には無線機能が付いており、特定の無線機と電波を結べば通話や情報収集が可能となる。

「予備電力なんて姑息なもんが付いてて助かったわ、都合良いよなホント」

便器の小ボタン然りコントローラーのマイク然り、機器の予備機能は無意味だと言われる事が多いが使い時という瞬間の為、常に待機し続け備えているのだ。

「お陰さんでやる事もわかってきた」

無線機を持つのはミルカただ一人、しかしミルカ今一人では無い。

一体につき、一つずつだ。


「アタシ達、聞こえってかー?

やる事は一つでっせ。

..少年とブレーカーを守れ」

通信を終えると残りの飴を口に含み、新たに三体の分身を創り出した。

「アンタ等は店なり何なりに行って飴玉を調達して分身を量産してくんな。忘れんなよ、棒付きの奴だかんな」

分身を分身で賄う、己の口にはもう入らない故他の口を使う、単純な道理だ

「さて、アタシも向かうとすっかね」

救世主の如き信頼を置かれ、国宝級に護られる渦中の男は、矮小なテロレベルの脅威に追われていた。


「ひっ、ひっ、ひっ..!

...急に人が..増えたっ...!」

ひっそりと静かに過ごして来た彼にとって、悪意の増員は想像を絶するコミュニケーションだった。

「急がなきゃ..襲われる...!」

息は既に、切れている。気力で踏ん張る他は無い。根性や気合いなどとは疎遠だった古幡 恭二にとっては、苦痛の二文字でしかない愚行だ。

「..ここを真っ直ぐ行けば、ブレーカーがある...もう少しだ。」

一方通行、止まれば捕まる曲がれば奪われる。今時流行らないが、前向いて突っ走るしかねぇみたいだ。

「..あった!

最後のブレーカー、あれを下ろせば」

目と鼻の先に街の電源が見えた。しかしそれは一瞬で、瞬きをすれば人影が、視界を覆う世界に変わっていた。


「ひっ..!」

間に合わなかった。

増員は既に先手を打って、待ち構えていた。当然背後からの追っ手も消えず、古幡を追い詰める。〝絶体絶命〟

誰かがベタと茶化しそうな展開だ。

「ごめんなさい、ミルカさん..。

役目は果たせそうにありません...」

膝をつき、逃げる事を諦めた。やはり根性論は合わなかったか。


「諦めんなよ、少年。

いつもより人が多いってだけだろ?」

通路脇に聳える建物の上、究極の上から目線で物を言うピンクパーカーの女が一人。

「ミルカさん..⁉︎」

「あ、一人で来れるならお前がやれよみたいなそういうの無しな?

しんどいから、後の文句とかマジで」

感謝はされても責任は負わない、補えぬ欠点を持つバディだ。

混ぜたら火達磨。

「よっと、クッションみーっけ!!」

体躯の優れた人形目掛けて飛び降り自殺、一命は取り留めた。派手な登場は演出か、アドリブか。

「さてどうすっか、取り敢えずこのでっけぇ壁を超えないといかんわな」


「気にくわねぇ女だな相変わらずよ」

「何、お前喋れんの?」

「てめぇがやってる無線と似たようなもんだ、電波流して話してんだよ!」

「気持ち悪りぃ、肉無線じゃんか」

「キモい事言うなバカが!!」

モラルの欠片も無い、一応これでもちゃんと女子だ。

「そっちの野郎は初めて見るな」

「あ..初めまして...。」

無線相手にも礼儀を忘れない謙虚兼誠実の眼鏡男子、安定性が心地良い。

「で?

何の用だよ、暇だったん?

ソッチの様子はどうですかドーゾー」


「こっちの様子か?

こっちはなぁ..中年男が、ボコボコの、ヘトヘトだ。」

無線越しに荒い息遣いが微かに響く。

「ムッキー..あんまイジめんなよ、腰痛持ちなんだぜその子」

「それともう一つ報せだ。」

「何なのさ」

「気付かないか

オレ以外の声聞こえてねぇだろ?」

「てんめぇ..」

「街のとある三箇所で、お前に似た女を三人殴(ボコ)られてんのを見つけたぜぇ!?」

分身達が倒された。

それは他のブレーカーが、全て敵に渡った事を意味する。

「わかってるよなぁ!?

今のお前らの状況、これを〝負け〟って言うんだぜぇ!

諦めた方が楽って事よ!!」

驕り高ぶる支配者は言葉を超えた主張を手にする。賞賛された事の無い者をつけあがらせると、止まらず、大きな振る舞いを見せる。

それを知っている自然体ワガママ女は、至って冷静な態度で奴に言ってのける。

「元々アンタなんか相手にしてねぇんだけど?

勝手に興味持たれてると思わないでくんないかな、キモいんですけど」


「..生意気なガキだなぁ!」

「それよりそこに居るヒゲ中年放っといていいの?

ソイツ結構めんどくさいけど。」

「何言ってんだよてめぇ、希望でも賭けてんのか?

アイツは今頃オレの目の前でボコボコになってんだからよ!」

「よく見ろってバーカ。」

祥吾は以前にして特化した人形と拳を鳴らしている。クラップ音のような破裂音が絶えず響きわたり、ミヤザワの鼓膜を轟かせている。

「どう見ても押されてやがるよな..」

手数は互角、だがヒットは人形が大いに上、悶える程に拳を入れている。

「あんだよ、口から出まかせじゃねぇかくだらねぇ。

おい!

もういいぜ、決めちまえ。そいつは終わりだからよぉ!」

祥吾の拳を何度か撃ち返し、数発のラッシュの後、渾身の右を腹に入れる。

最後の決定打、トドメと定めた一発だ

「………」

「よっしゃあ決まったぜ!

モロに腹にグサっとな!」


「……溜まったぜ」

「あん、何だって?」

食い込む拳に軽く手を添えぽつりと呟く。

「もうお前の腕は何てこと無ぇ。

その辺の石ころとおんなじもんだ」

「頭おかしくなったのか、言ってる事がわかんねぇよ!」

圧されていた訳ではない。

拳に対して身体が遅れをとり、衝撃に馴染んでいなかっただけの事。

「年取ると駄目だなホントによ、衰えちまって上手く動けねぇや。

ストロークが長くなっちまって」

攻と防が一体化する、こうしてはじめて男の拳は本領を開花する。

「んじゃ、貰った分きちんと返すぜ、少し多くなるかもしれねぇが、多い分には問題ねぇだろ?」

右の拳を強く握る。

勢いのまま同じ箇所、土手っ腹に投下する。力加減は張り切って、暴発気味のハイスペック。受けた側の人形は、力の限り吹き飛んで、ミヤザワの立つ電柱に大突撃。

「くっ、うおぉっ!」

揺れる城、狼狽える国王。

いくら軋み悶えようとも崩れぬ城に、主の図太さが反映され、垣間見える。

「あとはお前だな、ウメザワ!」

「ミヤザワだ馬鹿!!」


「上手い事やったか、時間掛けやがって..次はアタシの番なのかね?」

気怠そうな表情で力無く事態にそう問いかける。

「..何をすればいい、ですかね...?」

「アンタはさっきと一緒だよ、前向いて走ってりゃいいっしょ」

「..でも、前には人が一杯...。」

「いいから走れってば

んで、ブレーカー落としなよ?」

「..は、はい!」

素直の古坊、言われるがままに正面の賊軍の元へ。

「はぁ、しんど」

古幡が男達と接触するか否かといった頃合いにパーカーのファスナーを下ろし、内側を露わにする。

「ほれ、くれてやんよ」

パーカーの裏に備えていたのは複数の花火。ミルカはその内のロケット花火に火を灯し、人形の顔へ飛ばす。

「ミルカさん..!」

「振り向くなー、前向いてブレーカーを目指せー」

「は、はい...!」

「目ん玉赤くて良かったわ、お陰ですげぇ当てやすい。」

忠誠の証が、予期せぬデメリットを生むとは。的に当てやすい対象ではあるが、前方だけには止まらない。

「おっと、後ろにもいんじゃん忘れてたわ。」

道中で補充した飴玉を口に含む。


「後ろ頼むわ

一本あって良かったわマジで」

「あいよ、派手なの好きじゃねぇけどやってやんよ。」

新たな包み紙製の花火師を一人雇いました。


処を戻し王の城前

「後はお前だけだ、覚悟しろってやつだな。」

拳を振るっていた男が遂に、日本刀を抜いた。漸く魂を斬るのだ。

「覚悟しろねぇ..本気で言ってんのか、それ?

馬鹿にすんじゃねぇよ、街にはオレの下僕がウジャウジャいんだぜ」

手数の利、形成はいつでも覆せると大盤な余裕を見せる。

「ブレーカーは殆ど落ちてんだぜ?

ハエみたいな戦力束ねて威張れんのかよ、王様気取り」

「ブレーカーが落ちてる?

なら上げればいいだろが!」

捻りの無い当たり前な事をけたたましくシャウトする自称王様。だがそれを言われれば〝確かに〟と言わざるを得ない。

「ハエとか言ったか!

竜の間違いじゃねぇのかぁ!?」

「いや、それは無い」

ごもっともだ。

「何にせよ

この街はオレのもんよ!」

光が立ち戻る。

街は暗いままだが、紅い瞳は再び輝き刺し睨み活気に満ちた。

「ブレーカーがリセットされたか..」


「どうだ?

まぁた振り出しだ! 初めっからだ!

これからまたゴールになんて辿り着けるかぁ!?」

再起不能の特化人形も、吹き返すように再び腰を上げる。しかし本来危険なのは祥吾では無い。

〝あちら側〟だ。


「ダメだわ、全っ然効かねぇ」

「急にどうしたよ?

やっぱ花火じゃダメなのかね」

「万事休すか女よぉ?

まだブレーカー守ってンのかぁ!?」

無線機からの不快な声も良く聞こえるようになっていた。電力の増加によって音質が向上したのだろう。

「アンタがいなきゃやってねぇよんなことさ、マジでウザいから消えてくんない?」

「アッヒャッヒャッ!

悪りぃなぁ、消えるどころか増えちまったよ。」

「他のブレーカー上げたんだ?」

三隅のブレーカーを再度上げられた、

現状街の電力は全開の状態だ。

「街は暗いままなんですけどー」

「そりゃオレが支配してるからよ!」

「..まぁでも一つは、少年がやってくれっからさ」

始めの一手に成り下がるが奥で古幡がブレーカーを下げている、これでまた一段階電力は下がる。

「んな事しても、直ぐに下僕が直しにいくぜ?

現にお前の〝かたわれ〟はもうおしまいよ!」


「アタシ..後は任せっからさ。」

「ちっ、やってくれんじゃんか!」

隣り合わせで戦っていた分身体が、強化された人形に潰され弾け散る。

「残酷じゃねぇか!

ガラスの破片みてぇに粉々によぉ!」

「元々そういう構造なんだよ」

血は流れない、悲鳴も上げない。

ただ限界が訪れれば、砕けて消える。

さながら口の中で割れた飴玉のように

「お前を潰したらどうなんだ?」

「見たいのかよ変態。」

「ふぅ..下ろしたは良いけど、どうしよ...囲まれちゃった..。」

各々四面楚歌、八方塞がり、様々な言葉で表現できるが皆意味は同じ。

逃げ場無く、後が無い


「だったら見せて貰おうじゃねぇかぁ!!」

「来いよ..!」

一斉に飛び掛かる人形、ミルカはそれを避ける事なく受け入れ、的となる。

「素直かバーカ。」

人形達は中心で大きな音を立て、弾け飛ぶ。

「ミルカさん!?」

声に反応し、残りの兵が古幡を見る。

「うあ..!」

向かってくると思われたが、幾つかのロケット花火が投げ込まれ兵達は足を崩す。

「ミルカさん..」

安堵する古幡の足元へ、何かが落ちる

「..これは...。」


「アッヒャッヒャッア!!

やーりー!」

「なんだってんだ!?」

高らかな若い声に、怒り混じりに問いかける。

「なんだってなぁ!

お前の部下よぉ、追い詰められて自爆したみてぇだぜぇ!?

面白ぇ事するよなホントよ!」

「何やってやがんだあの野郎っ..!」

派手な散り様、まさかそんな死を選ぶとは、意外性抜群の演出だ。


「無線機..なんでこんなものがここに...。」

煙から飛び出した無線機は、微かに砂嵐の様な雑音が響いている。耳を向けてもそれ以外は聞こえない。ならばいっそと、此方から話してみる事にした

「あの..聞こえますか?

古幡...恭二といいます..。」

『……古幡恭二..少年か?』

ザザッという雑音の後に、そう聞こえた。

「少年..?

...まぁそう言われればそう、ですかね..。」

物理的な時系列では少年と呼ばれてもおかしくは無い、そう思った。

『アタシからの伝言だ。

そこを動くな、ブレーカーを護れ。』

アタシ..聞いた事のある一人称だった

「他の場所は..?」

『それは気にすんな、アタシらが何とかする。..それともう一つ、聞こえてるか?』


『睦月 祥吾!』

「あん?

一体どっから声が..これか。」

腰に下げた警棒を耳にあてがい、返事をする。

「名前フルで呼ぶなボケ!」

『あだ名の方がいいのかよ。

んな事よりよく聞けよ、アタシらがブレーカー落とした瞬間がチャンスだ、今度いつ戻されるかわかんねぇ。』

ブレーカーが落ち、完全に電力が消えたとき、元を断てという訳だ。

「わーった、それはいいんだけどよ。

..お前誰だよ?」


『ウソだろ、声聞いてわかんねぇのかよ?

言ったろ、〝アタシら〟だって。』

無線の主は飴を加えて己と同じ姿のおびただしい数の人物を従えている。

「ちょっと増やし過ぎちまった、流石にこんなにいらんくない?」

人数は詳しく数え切れないが、赤い目の集団がいたとしたらそれと同等くらいだろうか。いや、それ以上だ。

「一応確認すっけど、ちゃあんと準備できてっかい?」


「余裕」「たりめー」

「イケる」「充分っしょ?」

両手に花火、懐に更に花火。

「じゃいきまっせ!たーまやー!!」

西で東で左で右で、夏でも無いのにドンパチと、焔の花が乱れ咲く。

この日街中で、棒飴と花火が消えた。

とんだ大祭りである。

「1、2、3!

ほらギアはもう張り切ってんぞ!」

瞳の赤が消え、人形達は活動を失う。

「街の人達が..!」

線を抜かれたようにバタバタと倒れる

無論特化した人形も。

「ブレーカーが!

あの女ぁ!!」

『ムッキー、今だやれ!』

「命令すんな!

..たがまぁ、やってやるよ!」

高く飛び上がり、日本刀の先端をミヤザワへ突き立てる。

「うわあぁ!!

来るんじゃねぇオレは王なんだよ!」

力任せに雷撃を落とすも弾かれる。

魂の力は刀に通用しない。

「日本は帝国だ!

王なんかどこ探してもいねぇ!!

さっさと自分の国に帰りやがれぃ!」

『ベタだなおい。』

ベタな刀は腹を貫きミヤザワを玉座から落とす。仮に王がいたとしても、彼はその器では無かったようだ。

地に足を、いや身体を打ち付け無様に消滅(きえ)る。

「みんな..オレを、馬鹿にする...」

「……する方が悪りぃんだ。気にすんなそんな奴ら、放っときゃ消える。

今のお前みたいによ」

「消える..そうか...。」

消えかかっていて良くは見えなかったが、最後は静かに満足気な表情を浮かべていた。

『終わったか、ムッキー』

「あぁ、つーかどうするつもりだ?

そんだけ数増やしてよ。」

『知らんよそんなん

アタシオリジナルじゃないし。』

「親が親なら子も子だな、ったく」


「終わった..はぁ、疲れた...」

日常を生きる彼には辛い話だ。

一息つきたい事だろうが、暫く忘れる事はないだろう。

「……げふっ..」 「ひっ!」

人の山から唸る声、未だ残党が潜んでいたか。

「重てぇ、邪魔だわさ!

あー痛てぇ無茶しなきゃ良かったわ」

「ミルカさん!..だわさって。」

「少年生きてたのか、良かったな」

大男を蹴っ飛ばして山からオリジナルが参上、タフな女だ。

「ミルカさんこそ自爆したんじゃ..」

「花火で人が死ぬ訳ないじゃんか」

「あぁ..」

街に増えた分身達はブレーカーを元に戻した後ミルカが整理した。利用され寝転がる人々は一度署に還り、住民票などの情報を確認しながら眠ったまま其々の家へと返した。それらの作業が至難を極め、終わる頃にはすっかりと日が暮れ夜に変わっていた。光を求めブレーカーを直した筈が、太陽は既に眠っていたのだ。その日は日を拝む事なく、朝日を待つのみとなった。


「じゃあな坊主、色々と助かったぜ」

「いえ..僕は何も...。」

「そうだよな、やったの殆どアタシだかんね」

「調子乗んなガキ!」

嘘は付いていないのだが、気に入らないのだろう。

「気を付けて帰れよ。」

「さいならー」

古幡は深くお辞儀をし、帰路を歩いていった。

「俺達も帰んぞ」

「わーってるよ、あの変なオッさんのいるトコだろ?

ていうかあの人今日何してたんだ?」

「知るか!

俺は眠たいんだよ。」

「それこそ知らねぇけど?」

光あるところに影がある、影に染まれば、光を待つ。鈍いから眩いかは刻次第。嘘も真実も、照らし出す。

「せいぜいこの程度か、だろうな」

しかしいくら照らしても、影が消える訳では無い。

場合によってはより黒く..。
























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