ひろしは異世界に行った

銀杏鹿

ひろしは異世界に行った

 俺は激怒した。

ある日の晩、俺はオカンに怒られたからだ。曰く働けとか、部屋にこもるなとか、独り立ちしろだとか。

 

 それを聞いた俺は、自分で言う事じゃないが、いつもの癇癪を起こして大暴れした。ああ、大いに暴れてやった。


 でもオカンは武道家だ、俺が暴れても顎を揺らされたらそれで終わり。


 俺は机をひっくり返したが、その机は次の瞬間に壁に叩きつけられて砕け散った。

オカンは怒り狂って「この穀潰しめ!」と罵ってきた、拳も飛んできた。


 俺は何とか避けて二階の自室に逃げ込んだ、夕食は抜きになった。




◆◆◆◆◆◆◆◆



 インターネットを見ながら寝ていた。

スマホの画面には追尾型広告でエロ本の広告がデカデカと表示されている。

 もし神がいるなら俺をここから連れ出してほしいと願った。


 何故なら俺は大卒ニート。

多少武道の心得はあるが、家族にすら勝てないのだから役には立たない。


「あー神様よぉ、俺は生まれる場所を間違えちまったんだ。もっとこうファンタジーでさ、ドラゴンでスペシャルなんだよ。別に竜退治に飽きててもいい。何でもいい。ありきたりでもいいから…」


「呼んだ?」


ベッドの端にピンク髪の少女が座っていた。


「は?」


「え?」


「どちら様ですか?」


「神様だよ」


 寝室に不審者が現れた。

神さまってのは死んでから現れるもんじゃないのか、いや、知らんが。


「何の用ですか神様」


「ドライだね。わざわざラノベ読んでそれっぽい見た目になってきたのに、描写もしてくれない何て酷くないかな」


「どうせ実は普通の女の子でしたって落ちだろう。現実はシビアなんだ。家に突然現れれば不法侵入だし、施錠された深夜の学校なんて警備員が飛んでくる。俺の物語には不思議存在はいない、故に寝室に現れる神もいない」


「お話がながいね」


「或いは疲れ切った俺の幻覚だな」


「じゃあ触ってみるかい?」


「触れるのか……?」


「さあこい!」


もみもみと揉む。


どこを触っているのかは想像に委ねる。

この物語の本筋はそういった色に染まってはいけないし、かといって全く提供しないわけにもいかないが、さりとてそれを明示する程野暮な…


「楽しい?」


「いや全然」


「そ、もう少し練習した方がいいね」


「余計なお世話だ、で一体何用だ不審者」


「人の事を好きなだけ揉んで、よく偉そうにできるね。まあいいけど。別の世界に行きたいんだよね?」


「そうだな」


「じゃあ、はい。これ」


手渡されたのは、アイマスク。


「これをどうしろと」


「つけて」


「はあ」


 訳の分からん頭のおかしいピンク髪の女に渡されたものなんて付けられるか?

俺はつけてしまう。

何故か、この夜中に布団に現れるんだ。

多分サキュバス的なアレだろう。

そう、期待しているのだ。


「はい、じゃあ口開けて」


 ああ、そうさ開けるさ、そうだろう。

俺は詳しいんだ。


「はい、口閉じて」


 ん?何か工程が省かれていないか?

何か無くなってないか?


「それとっていいよ」


「いったいなんだったんだ……ってえ…何だコレ」


 部屋の窓の先は海だった。海。深いね。


「これぞ神のみわざよ!おそれいったか!」


「え…….え、何だこれ」


「じゃあ願いも叶えたから私はこれで」


「……な、なあ食べ物とかは無いのか?」


「念じたら出てくるよ。大体のものは、じゃあね」


ピンク頭は消えた。




◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして俺の長い航海が、いや後悔が始まった。海上に浮かぶ俺の部屋は嵐が来ても何も壊れなかった。


 食べ物は本当に念じると出てきた。

ドアは開かないので窓から海を流れていく物を拾った。


 ヤシの実が流れていたので拾うと顔が書いてあった。ヤシの実にはピーターと名前をつけた。臭いので捨てた。


 スマホは使えたのでインターネットの掲示板に投稿したが、「飯が出てくるなんて緩すぎ」と言われた。


 電話はかけても通じなかった。便利な設定だ。念じると大体のものが出てきた。


 スレの住人に必要そうなものを聞いてこの部屋を動かす事にした。


 部屋の外側にスクリューを付けたり発電機を置いたりしてみた。


 だがある日別のスレ住人から、「船を出せばいいんじゃね?」という、指摘があった。何故か皆暫く黙っていた。


 念じると船は出てきた。部屋をどうするか悩んだが、これも指摘されて、クレーンを出して船の甲板に部屋を載せた。


 家は大きくなった。大きくなったが、その大きな船は操縦する人間がいなかった。


 今度は巨大な帆船を出した、風が吹けば進む。これは凄かった、でも自分の意思で操縦は出来なかった。


 そうして一年と一日後悔した。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 美少女たちのいる島についた。

美少女はいきなり俺に向かって罵声を浴びせた。酷いものだ。


 多分言語が違うからだろう。それでも俺は日本語で話す事を諦めなかった。


 やがて相手は罵声をやめたがこちらに近付く事もなかった。


 俺は1年ぶりの美少女に興奮していた。だから念じた。俺に従わせる為の催眠術の教科書を。


 そんなものあるのかと思ったが、待つとあっさり現れた。その教科書には魔法書とか書いてあったがとくに気にしなかった。


 そして催眠術を使って俺は島の皇帝となった。催眠術使って黄色い声をした美少女たちを服従させたのだ。


 俺は言った。


「では、皆のもの!チートハーレムを始めよう!」


 それも踊りながらな。

どんな踊りかってそりゃまあ、そうだな。うん、見せられないな。

 でもまあ飽きるんだ。どんなものでも。 

 

 それも全く変わらないと。


「どうかしましたか陛下?」


「お加減よろしくないのですか?」


「寝室に参りますか?それとも…こちらで?」


「あらあら、大変ですわ」


 女どもは誰を見ているのか分からなかった。少なくとも俺を見てはいなかった。


 彼女たちは俺を不快にさせる事は一切言わない。耳障りの良いこと、俺を喜ばせること、それしか口にしなかった。


 俺を否定する事もなく、例え俺が間違った判断をしてもそれを指摘もしない。


 ただただ、俺を見ていた。偶像化された俺を見ていた。延々と俺を肯定し続けていた。俺は長い事享楽に耽っていたがやがて、それらに気がつくと飽き始めた。


 城下を巡って新鮮さを求めてもダメだった。催眠術はもう使っていないのに、俺をみる人間は全て俺を肯定的に見た。


 皇帝として扱った。誰一人として俺と対等の存在はいなかった。


 俺が念じて出現させる多くの財、それらを狙って他国から様々な者が攻めてきた。


 だから彼らには多くの財を与えてやった。遠くにいる彼らにそれを送ろうとしたが、飛んで行った財宝は矢のように降り注いでその国々を滅ぼした。


 そしてこの世界で財宝の山の上に、俺はたった一人立っていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「もう たくさんだ。やめえ!」


 俺は叫んだ。

宴は突然止まった、娘達は何事か伺ってくる。


 どこか遠い世界の向こうから

懐かしい匂いがしてきていた、そんな気がして周囲を見回した。


 もう沢山だった。食べ物に酒、女に恵まれていた、だが俺は寂しくなっていた。


 実際孤独だった。優しい誰かさんのところに帰りたくなった。

俺は皇帝を辞めることにした。


「まってくれ!お前を食べたい程愛しているんだ!食べてやるから戻って来てくれ!」


 女達は追いかけてきた。

俺が宴を中座して走っていくのを見て直ぐにだ。そこら中の女達が追いかけてくる。


 振り返ると、彼女達の整った姿は崩れて歪んだ化け物のように見えた。


「嫌だね」


 俺は手を振ってさっさと船に乗り込んだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 一年と一日後悔した。

やはり退屈でも、この海の上の生活よりか幾分かましだったんじゃないかとも思いつつ。


 でも何よりも、あの日食べ損なった夕食が食べたかった。


 もう二度と口にできないと思うと、涙が流れた。


 例えいかなる美少女や恵まれた財貨なんか無くても良い、普通の世界で生きていきたい、他にも人間のいる世界で俺は生きていたい。


 なんなら就職だってしてもいい。平凡でも何でも良いから本当に優しかったあの世界に俺に帰してくれ。


「呼んだ?」


ピンク髪の美少女が立っていた。


「えっ?」


「だから、呼んだ?」


「神様…」


「そうです神様です」


「頼みます俺を家に返して下さい…」


「あら、この世界がお望みだったんじゃないのかしら」


「俺は生きる場所を間違えちまったんだ。もっとこうファンタジーじゃなくてさ、ドラゴンでスペシャルじゃなくていい。別に竜退治だってゲームで出来るなら何だっていいさ。何でもいい。ありきたりでもいいから…家に返してくれよぉ…」


「ふうん。そうなの。じゃあもう一度叶えてあげるよ」


「本当か!」


「ええ、だって私のことを神様だって……信じるんでしょ?」


「当たり前じゃないか!」


「そうよね」


そう言って彼女は笑った。


 一瞬の目眩を感じて目を抑えるといつの間にか窓の外は夜になっていた。


 廊下からいい匂いが漂ってくる。

今まで開かなかった部屋の入り口は簡単に開いた。


 廊下には夕御飯が置いてあった。

まだほかほかと温かかった。

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