外伝 偽善者

偽善者

親は選べない。これは絶対の真理だ。選べるなら、もっと小遣いをくれる親を選ぶ。

子も選べない。これも絶対の真理だ。選べるなら、もっと聞き分けの良い子を選ぶ。

兄弟姉妹は選べない。選べるなら、何でも言うこと聞くやつを選ぶ。

そう、友人や恋人を選ぶことは出来ても生まれながらの家族を選ぶとことは出来ない。


ぼくには忘れられない日がある。

兄が泣きながら帰って来た日。


兄が泣いているのは始めて見た。

とても、とても心が痛かった。どんな声をかけたら良いかわからなかった。

いつの間にかぼくは泣いていた。

兄がどれ程苦しいかわかったから。

結局苦しみから解放されてなかったから。


兄の苦しみは知っていた。でも、聞かなかった。兄は必死に気付かないようにしていたから。兄は友人を大切に思っていたから。

結局兄の苦しみが晴れる日は来ないだろう。何度も同じ事を繰り返すのだろう。相手の言葉をろくに聞きはしないのだろう。自分を押し殺す事が相手のためだと盲信して。




私には忘れられない日がある。

弟が心を痛めて帰って来た日。

私にはただ、弟の傷を癒すことのできない慰めの言葉をかけることしかできなかった。

いつの間にか私は泣いていた。

弟がどれ程傷付いたかわかったから。

どれ程後悔しているかわかったから。


弟の迷いは知っていた。でも、聞かなかった。弟自身が問題から目を背けていたから。弟は彼を失いたくないと思っていたから。

結局弟は、自分で決断する事が出来なくて逃げただけ。だから一生後悔するのだろう。何度も同じような過ちを繰り返すのだろう。自分の気持ちを人に委ねる事は、愚か者のする事だと弟が気付かない限り。



「俺は間違っていない。」

「僕は間違っていない。」

この言葉を聞いたとき思った。

「ああ。彼らは相手が傷付けないために、自分を傷付けたと思っているのだ。」

と。

実際には己だけではなく相手も傷付けているのに。

それに気付いているのに気付かない振りをしている。



「馬鹿ね。」

思わず言ってしまった。

どうしようもなく傲慢で愚かな弟。

狂おしいほどに愛しい弟。

愚かな、愚かな愛しい弟。

誰のせいかも知らずに泣きじゃくる。


「馬鹿じゃないの?」

思わず言葉にしてしまった。

どうしようもなく自分勝手で愚かな兄。

狂おしいほどに愛しい兄。

愚かな、愚かな愛しい兄。

誰のせいかも知らずに涙を流す。



「ごめんなさいね。」

「ごめんね?」

この言葉をのみ込む。だって今弱いところを見せてくれているから。それがどうしようもなく嬉しいから。

一生の秘密だから謝らない。だって相手が知らなければ謝る必要も無いでしょう?


厳しい父に二人の事を告げ口した事は。

友人の父に二人の事を告げ口した事は。


死ぬまで......いや、死んでも教えない。


愛しい、愛しい私だけの弟。

愛しい、愛しいぼくだけの兄。



そう。


ぼくは間違っていない。

私は間違っていないわ。



大丈夫。

どれだけ後悔しても。

どれだけ苦しくても。

何度後悔しても。

何度繰り返しても。


誰も受け入れられなくても。

誰にも受け入れられなくても。


ずっと。ずっと側に。


居てあげるからね。



死んでもずっと。

ね?寂しくないでしょ?


だから悩まなくていい。

いつでも、いつまでも 一緒に。



愛してるよ。

愛してるわ。


ぼくはずっと兄さんの味方。

私はずっと貴方の味方。


全ては貴方のためなの。

全ては兄さんのためだ。



自分勝手で傲慢で愚かでもいい。

それが自分だから。

それほどまでに愛しているから。

嘘をつき続けていればそれが本当になるように、偽善だってずっと続けていれば…。

いや、違う。

偽善者はいつまでたっても偽善者だ。

でもそれでいい。


自分勝手で愚かな偽善者と言われてもいい。

それでもこうすることを選んだ。

好きだから。

愛しているから。


だって社会的に認めてない人もいる存在になって欲しくなかったから。

彼らが、好奇の目に晒(さら)されるなんて嫌だったから。それに彼らが耐えられるとは思えなかったから。

周りが理解してくれる人ばかりではないから。


互いに気持ちを受け入れることが、受け入れられることが出来ないのなら、離れた方がいい。


偽善者はいつだって偽善者だ。

自分勝手に自らの善を押し付ける。

自分勝手で傲慢な自己満足家。


それでいい。


もし、彼らに荒波を乗り越える力と勇気があるならば、今頃二人で笑っていただろう。


もし、何も起こらなかったとしても今頃二人で笑っていただろう。

でも、それでは二人とも幸せにならない。


ならば。ならば…二人は共にいない方が良いだろう。

十中八九こうなることはわかっていた。でもこうしなければいつか、彼らの関係は歪んでしまう。

断ち切るか、強固な関係になるかの選択だった。


彼らは断ち切ることを選択した。


それでいい。それでもいいんだ。


選択に正しいも、正しくもない。

でも、選択したことに後悔はしてはいけない。だってそれは人生を後悔することだから。人生を後悔するとはいわば、自分を否定することと同じだから。


彼らの道は彼らだけのもの。悩んだり、学ぶ事はあっても後悔する必要はない。


そして時間を巻き戻ることや、選択をしなおしたりは出来ない。けれど、違うと思った時に新たな選択をすればいい。


彼らがいつか、その事に気が付くと良いのだけれど。



愛しくも愚かな彼らがいつか。



再び笑って過ごせる日が来ますように。



強く、逞しく成長した彼らが荒波を乗り越えて。




偽善者はそんな日を夢見て、今はただ、彼らの背中を撫でながら、柔らかで優しい言葉を彼らに。

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