世界線の間

 彼女の髪はそよ風の中で揺れる。意図的なのか、彼女は顔を遮る横髪を払わずにいた。それでも、彼女は酒で酔ったように顔が紅潮しているのは見え隠れする。

 ――慣れしていないはずがない。と不意に思った。

 二人は目が合った。

 ごくり、と自分の唾を呑んだ音が聞こえる。


*


新城しんじょうの負ーけーだ!」


 三人の男子生徒は机を囲み、スマホでゲームをやっているようだ。二人はスマホを机に放り出して、ケラケラ笑いながら言う。

「新城お前弱すぎだろ!」

「だから俺を誘うなって……」


「罰ゲームだ!」

 新城と呼ばれた少年の話を無視するように、一人は騒いだ。

「だからそういうのいやだっていうのに……」と新城はむっとして文句を漏らす。「俺だけがやったことないゲームなんて勝負にならないだろ」

「仕方ないじゃん。お前がやってるのと俺達と違うんだから。この世は多数決だぜ?」

「イジメでしかねえよ!」


「で、罰ゲームどうするんだ?」

「そうだな……」

「お前ら、無視するな」

 新城の声がまるで聞こえないように、二人は腕を胸の前に組んで考え込んだ。


 ああ、そうだ、と一人が声を漏らした。

はるかさんに告ってこいよ」

「はあ?」

 残りの二人は耳を疑った。

 遥。この学校では高嶺の花だと言われている存在だ。中身はミステリアスで誰にも彼女の素性を知られていないが、その美貌で人々を虜にしていき、薔薇のような女と称されるほどだ。


「ハードル高すぎね? 流石に罰ゲームで新城を逝かせるわけはいかないな」

「いいじゃん。ワンチャンおけもらえるかもしれないだろ?」

「ないない」

 友人の二人が失礼な会話を交わすが、少年は途方に暮れた。


 告る。つまり相手に自分の好意を告白する。遥のことは確かに女子の中では特別な存在であると彼は思ったが、それは客観的な考えである。彼自身は、彼女に恋愛感情を持っているわけではないのだ。

 ――そもそも、恋とはなんだ?


「好きでもないのに告るのは相手に失礼だろ」と漸く彼は言った。

「いいんだよ、あとで一緒に謝ってやるから」

「いや、そういう問題じゃあ……」

「はーるーかーさーん!」


 偶然にも隣を通りかかる彼女を友人は呼び止めた。


*


 髪の下で自分を見つめ返してくる彼女を見、罪悪感が増した。

「ごめんな……?」

 友人の悪ふざけに巻き込まれて、なんて死んでも口から言える言葉じゃない。自分は共犯だからだ。

「……遥さんの教室は遠いから、戻ってもいいからな……?」

 代わりに零れたセリフは、なんか、違う。兎も角、一刻も早くここから逃げ出したいのだ。


 彼女は俯いた。返事しようとも、動こうともしない。沈黙が流れる。

 なんならきっぱり告白を断ってくれ、と彼は心の中で懇願した。高嶺の花だから、断られても言うほど惨めじゃないはずだからだ。

 このままだと気まずい。

 彼女は告られるたびにいつもこうなのか。


 チャイムは鳴り出した。

「あ、あの、遥さん……? 四限始まりましたよ?」

「……い」

 顔が下を向いたまま彼女は言った。それを聞き取れない彼は聞く。

「はい?」

「嬉しいです」

「はい?」と彼は唐突に喋り出した少女に驚いて間抜けな返事をしてしまう。

「嬉しいですよ、告白。ずっとずっと。私はずっと待ってたよ――」


 少年は首を傾げる。しかし少女の雰囲気は一変した。


「――シン」

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