馬車の旅


 魔王が乗る馬車ということで、材質は最高級のものを使っています。そのため、音や揺れといったものはほとんど感じられません。見た目はとても悪いですけどね。


 でも、馬車に乗って窓から流れ行く景色を眺めていると、徐々に眠くなってしまいます。


「──という予定じゃ。リーフィアはそれで良いじゃろうか?」


「…………んぁ? ……ああ、それで良いと思いますよぉ」


「よし、それでは当初の予定通りに、」


「待てアカネ」


 睡魔の誘いに身を任せるまま、適当に返事をしていると、ミリアさんの張りのある声が全てを中断させました。


「なんじゃミリア。途中、他にも寄りたいところがあるのか?」


「いや、そうではない。……なぁリーフィア。お前、話聞いていたか?」


「…………聞いてますよー。私はアカネさんに賛成ですぅ」


「ほう? では、どのような話をしていた?」


「え、知りませんけど?」


 私の発言に、アカネさんとミリアさんが『ガクッ』と座りながらコケました。息ぴったりですねぇ。


「話を聞いておらんかったのか……」


「若干眠そうにしていたから、もしかしたらと思ったのだが……まさか本当に、適当に返事を返していたなんてな」


「ミリアもよく気付いたな」


「いつもの、この堕落エルフを見ていればわかる。むしろアカネ。どうしてお前が気づかない? 人の感情を読むのは、お前の方が長けているだろう」


「っ、……う、うむ……確かにそうじゃな。ミリアの言う通り、リーフィアの言動は普通に見ていればすぐに気づくはずじゃった。すまぬ。妾も、婚約ということで少し浮かれていたようじゃ」


「…………お二人とも。私が黙って聞いていれば、随分と酷くないですか?」


 堕落エルフだの、言動がわかりやすいだの。信頼しあっている仲間……特に、アカネさんからしたら私は婚約者です。そんな相手に言うような言葉ではありません。


 しかも、本人が聞いている目の前で至極当然のように言われると、悪口も悪口に聞こえないんですよ。


「「お前が悪い」」


 抗議の声をあげた私に、お二人はきっぱりと言い放ちました。

 これも息ぴったりです。もうお二人が結婚した方が良いんじゃないですか?


「はぁ……もう一度説明するぞ。次は耳に入れてくれ」


「……はーい」


 私の視線は外を向いたまま、アカネさんに耳だけを向けます。


「途中、人間の街に寄って買い物をしたい。……のじゃが、妾とミリアは顔が知れているので、リーフィアに買い物を頼みたいのじゃ」


「はぁ、左様ですか」


 つまりパシられてくれと、私は今そう言われているのですかね。


 ……まぁ、ミリアさんはもちろんとして、アカネさんも十分に顔が知られているのは事実です。人間の街を出歩くのは危険なのでやめた方がいいでしょう。


 ──魔王がいるぞ!

 とか誰かが騒いで囲まれたりしたら、対処が面倒です。魔王軍らしく蹴散らしてしまえば問題ないのかも知れませんが、アカネさんの故郷がある近辺の街で騒ぎを起こすのは、躊躇いがあります。アカネさんも同じ気持ちだから、騒ぎになるリスクを考えて私にお使いを頼んだのでしょう。


 私、この世界でパシられるのは二回目です。

 ……ですが、これは仕方ないと割り切りましょう。


 一応、婚約者のお願いですからね。


「それで、買い物をしたいと言いましたが、何を買ってくればいいのでしょう? ミリアさんのお菓子の買い足しとかだったら絶対に行きませんけど」


「なんでだ! そこはついでに買ってきてくれ!」


 ──いや、買ってきてほしかったんかい。


「ミリアのは別に買って来なくてもいいが──「えっ!?」──、妾が買ってきてほしい物は、今後にとても重要な物なのじゃよ」


「はぁ……とても重要な物なら、どうして先に準備しなかったのですか?」


「…………そ、それは……今の今まで忘れていた、のじゃ……」


「相当、婚約で舞い上がっているようですね」


 あまり婚約は望んでおらず、むしろ面倒事が増えたと疲れた様子で言っていた彼女ですが、内心はそれなりに喜んでいるなんて……可愛いところもあるのですね。


 その婚約がたとえ『偽物』であったとしても、アカネさんがガッカリしないよう、こちらも気を引き締める必要があるかもしれません。…………まぁ、それはあっちに着いたらでいいでしょう。


「うぅ……すまぬ。妾のせいで手間を掛けさせてしまって……」


 アカネさんは、つまらないミスで私に余計な手間を掛けることを、とても反省しているようです。

 心底申し訳なさそうに俯くので、私まで申し訳なくなってきました。


「私は気にしていませんよ。それだけ私との婚約を喜んでくれているとわかりましたし、嬉しいと思うことはあっても、怒りを覚えることはありません」


「リーフィア……」


「それで? 私は街で何を買ってくればいいのでしょう?」


 アカネさんが『今後、絶対に必要となる』と言うほどの物です。

 ということは、私達の婚約に必要な物なのでしょう。そんな物が人間の街に売ってあるかは不明ですが、わざわざ人間の街に寄って買うほどなのですから、頑張って探すとしますか。


 ……でも、婚約に必要な物ってなんでしょう?


 ほぼ必要なものはあっちで用意してくれるみたいですし、こちらが何かする必要は────あっ、そうですよ。アカネさんのご両親に菓子折りを買う必要がありますね。一応私はアカネさんの婚約者で、彼女のご両親から大切な娘さんを貰う側なのですから、それなりの敬意を払う必要があります。


 すっかり失念していました。

 どうせなら魔族領の特産品を贈れれば良かったのですが、後悔しても遅いですよね。


「リーフィアにお使いを頼みたい物じゃが、」


 アカネさんはそこで言葉を区切り、私に頭を下げました。


「リーフィアには──男物の服を買ってきてもらいたいのじゃ」


 ………………うん、ちょっと待ちましょう?



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