修羅場回避です

 その日、珍しく私はヴィエラさんに呼び出しを受けていました。


 私とウンディーネ、ミリアさん。三人で川の字になって寝ているところを突撃され、寝ぼけている間に両手を掴まれた私は、ずるずると廊下を引きずられています。


 ウンディーネは寝惚け眼をこすりながらミリアさんを抱え、ふわふわと私達の後ろを浮遊して付いてきています。まだ寝てても良いのですが、こうして後ろを付いて来てくれるというのは嬉しいですね。


 ……それに、なんか懐かしいですね。


 と、そんな風に他人事のように思っていると、強制的に連れて来られたのは執務室。そこにはディアスさんとアカネさんも居て、朝のティータイムを楽しんでいるようでした。


「んで、何ですかこんな朝早くから連行して……」


「朝じゃない。もうお昼だ」


 あれま、もうそんなお時間ですか。

 ……でもまぁ、私にとっては朝も昼も夜も『朝』みたいなものなので、関係ないですね。


「んで、何ですかこんな昼早くから連行して……」


「朝から昼に言い換えればいいってものじゃないけど、まぁいい。君を呼び出したのは」


「エルフに関して、ですか?」


「…………よくわかったね」


「ま、そんなことだろうとは思っていましたからねぇ」


 ヴィエラさんが部屋に突撃してくるのは珍しいです。ミリアさんは毎日突撃して来ますが、ヴィエラさんや他の人達は、急な用事以外は突撃して来ません。


 本音を言うのであれば、突撃をやめていただきたいですけどね。

 それを以前に言ってみたら「だって、普通に行ったら逃げるだろう?」と、当然のように返されてしまいました。なんか、強引に行けば押し切れると思われているみたいですけど、気のせいですかね?




 まぁ、それは置いておいて、ヴィエラさんがこうして突撃して来たのです。何かエルフのことで問題が生じたんだろうなぁと予想するのは容易でした。


『エルフ……また、リーフィアの邪魔をするの。やっぱり全ての資源を枯らす方が……』


 ブツブツと、ウンディーネが物騒なことを言っています。

 そんな彼女からは僅かな殺気が滲み出ていて、普通に怖いと思いました。思い返せば、ウンディーネがここまでキレて殺気を出すのは初めてですよね。


 それだけエルフ族に怒りを覚えているということですけど、原初の精霊をここまで怒らせるエルフ族って凄いですよね。


 実際、人間とエルフはその怒りの矛先を向けられただけで、過去最悪の飢饉に陥っています。その怒りが完全に振り下ろされた時、人間とエルフは滅びるでしょう。


 その決定は、私とウンディーネだけに委ねられている。

 もしこの場で私が「やってしまいなさい」と言えば、ウンディーネはすぐ行動に移ります。


 でも、流石に今決断を下すのは、やり過ぎだと思います。

 感情に任せて滅ぼしてしまうと、色々と問題が起こりますからね。




「落ち着いてくださいウンディーネ」


 ウンディーネを抱き寄せ、よしよしと頭を撫でます。

 徐々に殺気が収まり、彼女は喉を鳴らして気持ち良さように目を細めました。


「まだ彼らが何かをしようとしてきたわけじゃありませんし、資源を枯らすのはまだ早いです」


 罰を下すのは、本格的にエルフが動き出した時。

 そして──全ての準備が整った時です。


「リーフィアの言う通り、まだ危害を加えてくるほどのことじゃないけど、ようやくエルフ達の動きがわかったから、すぐにでも報告をしておこうと思ったんだ」


 報告程度なら、そんなに急ぐこと必要はありません。

 なのに、ヴィエラさんは必要以上に早く、私に情報を与えようとしている。


 それは彼らが動いた目的が、私にあると言っているようなものです。


「これは兵士からの報告なんだけどね」


 ヴィエラさんはそこで言葉を区切り、疲れ切ったような表情を浮かべました。


「どうやら、エルフが兵士に接触したらしいんだ」


「……兵士への被害は?」


「流石に大人しかったらしいよ。雰囲気を除いて、ね」


 雰囲気を除いてということは、エルフ側はかなり殺気立っていると考えて良さそうですね。


「そのエルフは今どうしているのです?」


「門の前で待たせている。20分前の出来事だ」


 20分前。行動が早いですね。


 エルフから話を聞いた兵士がすぐ報告に来て、それを受けたヴィエラさんが私を連行した。


 ……あれ? 私、連行される必要ありました?


「エルフは兵士にこう言ったそうだ。『リーフィア・ウィンドを出せ』と」


「即刻、お帰りをお願いします」


 エルフが私を呼んでいる。

 そんなの考えなくても、面倒なことが起こるとわかります。


「勿論、兵士もリーフィアには会わせられないと言ったそうだよ。でも」


「どうせ、聞かないのでしょう?」


「……よくわかったね」


「まぁ……それがエルフですからね」


 彼らと普通の会話が可能と思わない方がいいです。

 ちゃんと話そうと思って対面したら、ストレスゲージ爆上がりです。


「リーフィアはわかっていると思うけど、君が出ない限り、彼らは一生あの場から動かないだろうね」




「……私に、エルフと会えと?」




 殺気を乗せ、ヴィエラさんを睨みます。

 ウンディーネも彼女の言葉に思うところがあったのでしょう。私の後ろを陣取り、そこから漂う敵意は、振り返らずとも強く感じるほど、濃厚なものでした。


 二人分の殺気を真正面から受けたヴィエラさんは、額に汗を浮かべ、微かに体を震わせていました。中にいた他のメンバーも顔を強張らせ、いつでも彼女を庇えるように構えます。


『ヴィエラ……次の言葉次第では、覚悟して』


 ですが、ウンディーネにとって、この場に居るメンバーの力は赤子同然。邪魔されたとしても、力で捩じ伏せることが可能です。


 ──だからって、彼女を悪役にさせるわけにはいきません。


「ウンディーネ。落ち着いてください。ヴィエラさんも無理矢理エルフと会わせようとは思っていませんよ。……ですよね?」


「あ、ああ……私も、リーフィアとエルフを会わせるつもりはない。むしろ会わせるとロクなことにならないから、絶対に会わせたくないと思っている。今のは事実を言っただけで…………紛らわしいことを言ってしまい、申し訳ない」


 ヴィエラさんは深々と頭を下げます。


「問題ありません。……ね、ウンディーネ?」


『う、うん……うちも、考え無しでごめんなさい』


 ウンディーネも暴走しかけたのを反省したのか、素直に謝りました。


 …………とりあえず、修羅場は回避できましたかね?

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